#6 ゆるふわラテ

 彼女からご飯のお誘いが来た。


 口約束で終わらせてしまう人はたくさんいるのに、律儀な人だ。

 しかも、日時もきっちり提示してくれる。誘われた側ものりやすい。


 週休二日制とはいえ、

 土日もたまに出ることがあるが幸いなことに今週の土曜は午前中に仕事を片付ければ、あとはフリーだ。


 さっそく返信して、

 当日は彼女のバイト先の最寄り駅で待ち合わせすることになった。


 だけど、働いてる姿が見たくなった僕は彼女に内緒でバイト先のカフェに迎えに行くことにした。

 キッチンを担当してる彼女は、

 ラテアートもお手の物だそうだ。

 彼女の作るラテ飲んでみたいな。



 あれからやりとりをしていると、

 彼女は同じ沿線で僕の隣駅に住んでいることがわかった。


 僕の会社と彼女の大学が同じ駅。

 乗り換えも一緒で、

 僕のひとつ先の街に住む彼女。


 ただの偶然だけど、きっとみんなこういうのを運命だと勘違いしてしまうんだろうな。

 僕も勘違いしたひとりだけど。


 もし君も同じ勘違いしてくれてたら、勘違いやなくなるんやけどな……




 何度もやりとりを繰り返してるうちにあっという間に約束の土曜日が来た。


 午前中は仕事だけど夕方から彼女に会えると思うと、

 朝のだるさもウソみたいに消えていつもより陽射しが温かくて風が心地良かった。



 11月なのになんだかぽかぽか温かく感じるのはきっと僕だけなんやろな。

 トレンチコートいらんくらいやで。

 でも、帰りは寂しいから体感温度もおもいっきり下がるんやろな……

 ちゃんと着とかなあかんな。



 みんなが休みの日に仕事に向かうときは今すぐ家に帰りたい気分になるのに、今日は足取りが軽い。


 会社で事務処理をするだけの日なのに新しいネクタイをおろしてきた。


 大事な取引先に向かう日でもないのに。


 僕がこんなにわかりやすくなるなんて、今までなかった。

 年上のお姉さんが相手だったからわけではなく、

 恋愛してもこんな女子みたいにわかりやすく変わらなかった。


 なんか恋する乙女みたいやん……

 気持ち悪っ!何やっとんねん、俺。




 足元ふわふわな自分をなんとか抑えながら黙々とこなして、なんとかお昼ごろまでに仕事を終えた。

 会社の近くでゆっくりランチをしながら夜に行くお店をじっくり吟味する。


 彼女に食べ物やお店を聞いたら、

「好き嫌いないです!美味しければなんでも食べれます!」とか、

「場所はどこでも大丈夫です。晴翔さんにおまかせします!」とか……


 完全に僕まかせな答えしか返ってこなかった。

 なかなか決められず当日を迎えてしまった。



 こういうのが一番困るんやで……

 少しくらい君の意見はないんか?

 なんか試されてるみたいやん。

 きっとそんな意味で言ったわけやないと思うけど。




 彼女は学生だし、今回は割り勘だし、なるべくリーズナブルで且つせっかく行くならおしゃれで美味しいお店にしたいし、それに……

 この間のカフェとは状況が違うんだ。



 男やからここは気合入れて選ばなあかんやろ。



 なんとか雰囲気の良さそうなイタリアンバルを見つけて予約した。場所は彼女のバイト先から程近いところで。

 これで準備は大丈夫。


 時間も迫って来たので、電車に乗って彼女のバイト先の駅に向かった。

 いつも使う路線だけど、ここの駅はあんまり降りない。

 雑貨屋も、洋服屋も、カフェも、住む人たちも、

 まるでファッション雑誌の中身のような小洒落たこの街は、僕にはむず痒く感じて元カノと別れてから一度も来てなかった。

 ひとりの僕にはちょっと庶民的な街の方が居心地がいい。



 電車を降りて改札を出るとなんだか少し緊張してきた。

 それはこの街のせいなのか、それとも彼女に会うからなのか……



 駅から歩いて5分くらいの距離で、

 彼女の働くカフェに着いた。


 白いペンキで塗られた木目調の外観に、

 小さなカウンターの席と、4つのテーブルにソファ。

 小さなカフェだけど、ゆっくりできそうな雰囲気。


 お店に入るとお客さんがすでに何人かいて、ソファ席が埋まっていた。

 ちょっと恥ずかしいけど、カウンターに座ろう。


 カウンターに座ると赤いエプロン姿の彼女はすぐに気づいて僕のところに来てくれた。



「晴翔さん!わざわざお店まで来てくれたんですか?」


「ごめんな!バイト中にお邪魔したら申し訳ないなあって思ってんけど、時間もあったし、どんなとこか気になって来てしもうた」


 彼女は頬をほのかに赤く染めて答えた。

「いやいや!むしろ嬉しいです!あと10分くらいで終わるので、ゆっくりしててください。あっ、そういえば、何かご注文されますか?」


「そやった!それじゃあ、カフェラテください」


「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 そう言うと彼女はキッチンに戻り、バイト先の女の子と楽しそうに話しながら僕のカフェラテを作り始めた。



 キッチンに立つ彼女を眺めていると、

 僕の隣にカフェのオーナーらしき優しそうな笑顔の中年男性が水を持って来た。

 すっと水を出してながら僕に話しかけてきた。


「いらっしゃいませ。これから風子ちゃんとデートですか?」


「いや、その!デ、 デートやなくて……この間のお礼がしたいってご飯に誘われたので」


「ああ、やっぱり君がウワサの彼だったのか。風子ちゃんのこと助けてくれたんでしょ?ほんとありがとうね!僕の可愛い風子ちゃんを」


「ええ、まあそうですけど……ぼっ、僕の風子ちゃん?!ど、どういうご関係で?」


「いやいや、娘みたいなもんなんだよここでバイトしてる子達がね!」


「ああ!そ、そうですよね!よかった……」


 そりゃそうやろ……彼氏おらん言うてたし。いくらなんでも歳離れすぎやし、ありえへんやろ。

 変なこと言わんといてくれよ!


「あの子一生懸命だから……勉強も頑張ってるし、あんまり親に頼りたくないからってバイトもいっぱい入ってくれるし、ほんとどこで寝てるかわかんないから心配になるんだよね。頑張り屋さんなのはいいけどさ……」


 そうオーナーは今にも泣きそうな顔で僕に話した。



 そうやったんや。通ってるのは名門大学で勉強も大変なのに、親に頼らずバイトしてるとか、どんだけでええ子なんや。



「頑張り屋さんはええけど、ほんま無理は良くないですね」


「そうでしょ!だから、僕もよく言ってるんだよ。でも風子ちゃん、無理してないです!しか言わないし……だからさ、君からも言ってやってよ!」


「ああ……はい。僕で良ければ言っておきます」


「よろしくね!……あとさ、仲良くするのはいいけど風子ちゃん泣かせたら許さないからね」


 先ほどまでの明るいトーンから一転して、オーナーは僕の耳元で低い声で釘を刺してきた。


「はい……そ、それはもちろん!」


「よろしくね!今日は僕からのおごりでいいから、この後楽しんで来てね」


 そう言ってまたニコニコと笑顔の顔に戻り、僕の肩をポンポンと軽く叩いた。


「あ、ありがとうございます!」




「ちょっとオーナー!余計なこと言ってませんでしたか?」


 彼女はキッチンから僕のカフェラテを運んで来た。


「余計なことなんか言ってないよ!風子ちゃんと楽しんで来てね♪しか言ってないよ」


「もうお客さんに絡んでないで、仕事してください!私ももう上がりだし」


「ごめんごめん!これ終わったらもう上がっていいよ」


「いいんですか!ありがとうございます!」


「いいから、早く彼にカフェラテ出してあげなさい」


「あっ、はい!晴翔さんお待たせしました、カフェラテです」


「ありがとう!このラテアート、風子ちゃんが描いたん?可愛いなあ」


「そうです!私が作りました」


 そのカフェラテにはいかにも女子なタッチの可愛いイラストが描かれていた。うさぎとかクマとか描きそうなタッチで、そこには僕らしき男の子のイラストが浮かんでいた。


「これってもしかして、俺のこと描いてくれたん?」


「はい……ヘタクソなんですが」

 恥ずかしそうに彼女はおぼんを両手でぎゅっと掴んだ。


「ヘタクソちゃうよ!めちゃくちゃ上手やん!すごく可愛いで。わざわざありがとう」


「いえいえ。準備してきますので、これ飲んでゆっくり待っててくださいね」


「うん!急がんでええからね。待ってるから」


「はい!ありがとうございます」


 そう言って彼女は店の奥へと消えていった。


 こんな可愛いカフェラテ、飲むのもったいないくらいやな。

 うわあ、ハートも描いてあるで!

 いや、意味とかないと思うけどいちいち考えてまうわ……



 僕を描いてくれるなんて嬉しい。

 僕のことを思って描いてくれたのを想像すると、胸がギュッと痛くなって、ピリピリと体が痺れるような不思議な感覚で体がじわーっと熱くなった。


 スマホで写真を撮って、ありがたくカフェラテに口をつけた。


 ふんわり優しいラテ。彼女の雰囲気そのものみたいなふわふわした泡とコーヒーのゆったり落ち着く香りが合わさって、なんだか心和む味がした。


 ハートのイラストだけで心がぐらぐら揺れてしまう僕は、今完全に浮かれてるんだと思う。

 浮かれてハメはずないように気をつけなきゃ……


 僕に釘を刺してきたオーナーだったり、バイトの友達だったり、彼女はみんなに愛されてるんだな。


 そんなこと思いながら、彼女のカフェラテを飲んで待っていた。




「晴翔さん!お待たせしました」


 彼女の声に振り返ると、僕はまたドキッとした。

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