#5 あたらしい記憶
無意識で手に取ったスマホには【吉川 風子】と表示されていた。
「ちょっ!今はあかんって……」
恐怖の時間の後だけに、思わず周りをキョロキョロと見渡した。
大丈夫、誰も見てない。
このタイミングはあかんと思いつつ、心なしかドキドキしている自分がいた。
あっ、もちろん先ほどのドキドキとはまったくの別物だ。
でも、ちょっと待て。僕はなんでこんなにドキドキしてるんだ?
今日初めて会った、少しの間話した、8歳も下の女子大生だぞ。
僕は今まで年上の女性と付き合って来た。
まあ、人数は少ないのだが……
二人の姉がいる僕は末っ子だけあって年上の人と話すことに抵抗がなくて、だいぶ甘えて育ってきた。
面倒見が良くて、僕の弱いところを包んでくれて、心身ともに甘えさせてくれる、そんなお姉さんがタイプなのだ。
そんな理由なので正直なところ、
彼女は僕のストライクゾーンから外れている……はず、なのに。
それに年下の女性とは話が合わなかったり、ちょっと怖いイメージがあった。
だから今までなら、
それっきりで会わない、何も思わずすぐ忘れる存在だった。
なのに彼女は僕の中に強く残っている。
それは……
ピンチの女性を助けてヒーローにでもなったような優越感がほんのりあるからなのか。
一緒にいて妙に居心地良く感じたからなのか。
それとも、別れ際のネクタイのことが尾を引いてるからなのか。
どれのせいで気になり始めてしまったんだ?
22歳だから犯罪ではないが……僕にはちょっと若すぎる相手だ。
いくら悩んでも答えが出ない。
余計に胸の高鳴りがうるさくなっただけだ。
これはもっとあかん!みんなにバレてまう!
一度深呼吸をして、とりあえず届いたメッセージを開いた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(吉川 風子)
先ほどはありがとう
ございました!
大変お世話になりました。
あの後、お仕事大丈夫
でしたか?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
何気ないメッセージなのに、気に掛けてくれてるのが嬉しい。
思わず指先が動き出す。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(皆川 晴翔)
俺は全然大丈夫やで!
風子ちゃんが元気に
なってくれてよかった。
そういえば、
風子ちゃんは教授に
心配されへんかった?
何時に会いに行くとか
約束してたんやろなって
思ったんやけど。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あのとき僕に気を使って時間のことを気にさせないようにしてたのかなって、なんとなく思った。
僕も楽しかったからついつい話してしまったが、時間とか予定が大丈夫だったか心配になる。
僕が返信するとすぐに既読になり、彼女から返事が来た。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(吉川 風子)
大した用事ではなかったので、
大丈夫だったのですが……
実は私の友達に晴翔さんに
助けていただいたところとか、
カフェでお話してたところを
見られてまして。。。
それでいろいろ大変でした(笑)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
やっぱり見られてたんや……
僕も見られてたけど。
学校や会社の近くで浮いたことはできないなあ。迷惑かけてないかな。
今思えば、僕のしてたことは少しチャラかったような……
倒れてたとはいえ、顔も近かったし、体も随分と密着して、初対面なのにあんなカップル席に座って馴れ馴れしくして、側から見たらナンパに見えても仕方ないよな……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(皆川 晴翔)
大丈夫そうでよかった!
でも見られてたんや(笑)
よう知らん男と話してたから
友達も心配したんちゃう?
ナンパされたんかと
思わんかったかな。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
友達には嫌な男に見えたかな?
あんなに純粋で真っ直ぐな女の子に年上のおっさんがくっついて話してたらそりゃあ心配するだろうな。
彼女たちから見たら、
僕もいい年齢の男だし。
少し経ってから彼女から返事が来た。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(吉川 風子)
それが心配されるどころか
だいぶ冷やかされました(笑)
友達が晴翔さんのこと
イケメンだって言ってたし、
風子の彼氏なの?とか
どこで出逢ったの?とか
紹介してよ!とか……
散々いじられました(笑)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
正直驚いた。
ボスの件もあって、てっきり悪いことだと思っていたら……
知らないところで褒められているのは嬉しいようなむず痒いような……
イケメンでもないし、自分にそんなに自信があるわけではないから、なんとも複雑だ。
でも、文面だけでも彼女が嫌な思いをしてないのはわかる。
それだけで僕もちょっと嬉しい。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(皆川 晴翔)
全然イケメンちゃうで(笑)
風子ちゃんの友達も俺のこと
美化して見てたんちゃう?
俺、30のおっさんやで!
助けたのもたまたま近くに
おったからできたことやったし
紹介されても風子ちゃんみたい
に話合わへんと思うし(笑)
そんなええ男やないけど、
良く言ってもらえて嬉しいで!
友達にもよろしくお伝えください!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
他愛もないやりとりを繰り返しながら、仕事を終えて家路へ着いた。
帰りの電車はいつも立ったまま寝てしまうほどくたくたで、
最寄り駅まであんまり記憶がないが、
今日はなんだか違う。
彼女からの返事が来ないか少しそわそわしたり、返事が来ると思わず頬が緩んでしまって一人でニヤニヤしてしまうのを必死に抑えたり。
今までの恋愛対象とは違う彼女にときめいたのは正直戸惑った。
僕らしくないって思ってた。
でも、今までのことは関係ないって気づいた。
好きになったら、今まで保存した記憶なんて無意味になる。
男の僕は上書き保存はできないけど、
新しく芽生えた記憶にわくわくしている。
さっき確信した。
僕は彼女が好きだ。
理由はないけど。
でも、そういうものなんでしょ。
お風呂上がりスマホをチェックすると彼女からメッセージが来ていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(吉川 風子)
晴翔さんは今週の土曜日
って空いてますか?
私、17時でバイト上がり
なのですが……
もし良ければ
ご飯行きませんか?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
心臓の音がうるさくなっていく。
すっと馴染んで落ち着いたり、
全身が脈打つようにドキドキしたり、
彼女を想うと感情が忙しくなる。
僕は生きてるんだって気づくほど、
騒がしくなる。
僕の中で彼女は、逢いたくて想い続けるもう忘れることのできない存在になったのだ。
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