#3 厄介な不意打ち

「お待たせいたしました。ホットコーヒーと、ホットミルクティーとサンドイッチでございます」


「ありがとうございます」


 店員がいなくなると、彼女は僕にわざわざ聞いてきた。



「あの……食べてもいいですか?」


「ええで。お腹空いてたんやろ」


「ありがとうございます。いただきます!」


 相当お腹が空いていたんだろう。美味しそうに食べ進めていく。


「あの、晴翔さんは食べないんですか?」


「ああ、俺はさっき食べてきたからええわ。風子ちゃんが食べてええよ」


「いいんですか!ありがとうございます」


「お腹ペコペコやったんやな。ゆっくり食べてええからな。急いで食べたら喉詰まるし、急に糖が回ってまた倒れてまうし、急いでもなんもええことないからな」


「ほんと、すいませんでした」


「全然ええよ。そんなに気使わんでええから」


「ありがとうございます」


 コーヒーを飲みながらパクパクと食べていく彼女を横で眺めていると、先ほどよりだいぶ顔色が良くなって、チークもリップも可愛く色づき、僕は不意にドキッとした。



「さっき、教授に会いに行く言うてたけど、風子ちゃんって大学生?」


「はい、大学生です。でも、もうすぐ卒業します」


「ああ、この近くのな。そしたら4年生?」


「はい、4年生です」


「それじゃあ、春から就職なん?」


「はい、一応内定いただいてるので」


「そうなんや。おめでとう!どういうお仕事するの?」


「デザイン事務所なんですけど、最初は先輩のアシスタントとしてやっていって、認められたら自分でも仕事をさせてくれるみたいで」


「へえ、すごいな!デザインって何の?」


「新しくできるお店とか、学校とか会社とかの内装とか、ざっくり言うと空間デザインってやつですかね」


「なんかかっこいいな!じゃあ、仕事任せられたら、どこかのお店を風子ちゃんがデザインするんやな」


「そうです。一人前になれるように頑張ります!」


「おう!頑張ってな!でも、無理したらあかんよ」


「はい、気をつけます!」


 嬉しそうに話す彼女がとても愛くるしかった。

 申し訳なさそうにシュンとしたり、美味しそうにパクパク食べたり、楽しそうにおもいきり笑ったり、頬を赤く染めながら喜んだり。

 全力で感情を表現する彼女を見ていると、なぜだか勝手に穏やかな気持ちになっていた。



 なんやろ……この気持ち。



 サンドイッチを食べ終えて、ミルクティーで一息ついている彼女に先ほどから気になってることを聞いてみた。


「そういえば、どこの誰だか知らん男とお茶しててええの?」


「えっ?なんでですか?」


「いや、その……風子ちゃん、彼氏とかおるのかなって思って……」


「ああ!彼氏いないですよ。それに晴翔さんには助けていただいたし、こんなに楽しくお話してますし、もう知らん男じゃないですよ」


 そう言って微笑んだり、さらっと僕の言い回しを真似する彼女にまたドキッとした。



「そんならよかったわ。大学の近くやったら友達とかに見られたら、あかんやろなって思って」


「私は全然大丈夫ですけど、晴翔さんこそ彼女さんとかいらっしゃるんじゃないですか?」


「おらへんよ!おったら女の子と会社の近くでお茶せえへんよ」


「あっ!ごめんなさい!この近くだったら、会社の方に見られちゃいませんか……」


「別に見られてもええよ。なんか言われたらちゃんと事情話せばええし、緊急やったから仕方ないし、なんもやましいことしてへんし」


「ほんと、すいませんでした!お仕事中なのに……」


「ええって!俺も楽しかったし、風子ちゃんが元気になってくれてよかった」


「本当にありがとうございました」


 彼女は体をわざわざこちらに向けて深々とお辞儀した。


「全然ええよ。それじゃあ、そろそろ俺は仕事戻るけど、風子ちゃんはどうする?まだ休んどく?」


「もう大丈夫なので、私もそろそろ」


「それじゃあ、出よか。これ俺払っとくから、先出ててええよ」


「いや、私に払わせてください!助けていただいたので、ここはぜひとも私に!」


「ええよ。俺からの就職祝いやと思っといてよ」


「そんなわけにいかないです!」


「ええから、俺からの気持ちやから!」


 そうやって伝票を持って席を立とうとした瞬間だった。


「でしたら……今度、一緒にご飯に行きませんか?お礼させてください」


「お礼なんてええよ!大したことしてへんし」


「嬉しかったんです……晴翔さんが助けてくれて。あのとき意識がボヤけてたけど、たくさんの人が私を見ながら通って行くのが見えて……なんか悲しかったなあ。でも、晴翔さんがすぐに来てくれて……救世主って感じで!それにここまでしていただいて。だからお願いします、お礼させてください!」


「気持ちは嬉しいけど、女の子に払わせたくないからなあ……そんならご馳走させてよ」


「ご馳走なんてダメです!私がぜひ!」


「そんなら……割り勘はどう?」


「いや、でも……」


「君を助けた俺からの提案やで。ここまで言うてもあかん?」


 なかなか折れない彼女を覗き込みながら恩着せがましく提案すると、渋々受け入れてくれた。


 連絡先を交換して僕が支払いを済ませ、カフェを出た。


「それじゃあ、帰るときも気いつけてな」


「はい!ありがとうございました!晴翔さんもお仕事頑張ってください」


「ありがとう。それじゃあ、また!」


 そして彼女に背を向けようとしたら……


「晴翔さん、ネクタイ曲がってます……よし、これで大丈夫!」


「あっ、ありがとう……」


 急に彼女の綺麗な指先が首に伸びてきて、またしてもドキッとした。


「じゃ、また」


「はい、楽しみにしてます!」


 不意打ちすぎてどんな顔したらいいかわからないほど、心臓がドクンと大きく動いた。

 振り返ることなく、気づけば早足になって会社に向かっていた。

 今も心臓が大きく動き、血液が勢いよく脈打っていた。


 あれがもし意図してやっていたものなら、ただの小悪魔だ。

 でも、もし意図していないものなら……これはなかなか厄介なやつだ。

 女心はよくわからないが彼女はなんとなく……後者な気がした。


 そう思うと余計、厄介な気がした。



 会社に戻り難なく仕事をこなしていた。見た目だけは……

 でも、頭の中は正直、ゴチャゴチャになっていた。

 体に染み付いてるだけあって手元は動くが、思考が働かない。

 いつものように数字を打ち込むが、数字じゃなかったらきっとダメだ。


 今は取引先にメールを打てそうにない。



 そのとき、後ろから聞き馴染みのある声がした……

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