#2 鳥と風の交わる場所
エレベーターに乗り、地上に出ると歩いて1分もしない距離にカフェはあった。
店に入ると昼下がりだがほぼ満席で、カップルが座るようなラブチェアの席しか空いてなかった。
「他空いてへんから、あそこでもええか?」
初対面の女の子には申し訳ない気もしたが緊急を要する状況。それにもうそろそろで僕の体力も限界……
華奢な体だが一度気を失い力が抜けた人間は、小柄な女性でも意外と重い。一刻も早く座らせなくては!
彼女は僕の言葉に小さく頷き、なんとかソファまで辿り着いた。
とりあえず彼女を座らせ、二つのカバンをテーブルの横に置いた。
「ちょっと歩かせてしもてごめんな」
「こちらこそ、お忙しいのにここまでさせてしまってすいません」
やっと座れて安心したのか、先ほどより少し顔色が良くなってきた。
「なあ、隣……座ってもええ?」
僕が聞くと彼女は慌ててソファの端に寄った。
「もっ、もちろん!座ってください!」
「失礼します」
気を遣ってなるべく端に寄って座るが、さすがにカップル専用席なのもあって彼女の膝がスレスレで密着しそうな距離になった。
照れているようで彼女は少し俯きながら話した。
「あの……助けていただいて本当にありがとうございました」
「ええよ。女の子が倒れてんのに助けへんわけないやろ。それより具合どう?倒れたとき、怪我とかせえへんかった?」
彼女は胸に手を当てながら答えた。
「まだちょっと気持ち悪いけど、少し楽になってきました。怪我は……たぶん大丈夫です」
彼女は気づいてないようだが、倒れたときに腕を擦りむき赤くなっていた。
「ほんまか?腕擦りむいてんで」
「ウソ!?あっ、ほんとだ!これくらいは平気です」
「血出てへんみたいやけど、あんまり倒れてたら傷だらけになってまうから、気いつけてや」
「大変ご迷惑をおかけしました!」
「ええよ。とりあえず君が無事で良かった」
「そういえば、お兄さんお時間大丈夫ですか?」
「俺は営業やから時間調整いくらでも聞くから平気やで。さっきから俺の心配ばっかりしてくれるけど、君こそ平気なん?」
「私はゼミでお世話になった教授に会いに行こうと思ってたので、全然平気です」
「そっか、それならよかった」
店員が水をテーブルに運んで来る。
「お決まりでしたらお伺いいたします」
「俺はホットコーヒーで、君はどれにする?お腹とか空いてへんか?」
図星だったようで恥ずかしそうにお腹を押さえた。
「空いて……ます」
「それやったら好きなもん頼み」
「えっと……ミルクティーのホットと、あとサンドイッチもお願いします」
「ご注文は以上でよろしいですか?」
「はい、お願いします」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
店員がいなくなると、彼女は思い出したかのように言った。
「そういえば、お名前聞いてませんでしたよね?私は吉川 風子(ふうこ)と申します」
「俺は皆川 晴翔(はると)と申します」
ポケットの名刺入れから一枚差し出す。
「ありがとうございます。晴れの日に翔ぶと書いて晴翔さん。素敵なお名前ですね」
「そんなん素敵ちゃうで。君の名前はどういう字書くの?」
彼女は少し拗ねたように笑いながら言った。
「私のは風に子どもと書いて、風子です。とっても単純な名前です」
「風子ちゃんってあんまり聞かへんけど、可愛い名前やん」
「小学生でもすぐに書けるし、昔レッサーパンダの風太くんって有名になってたから小さい頃は風太!風太!ってよく冷やかされまして。だから、あんまり気に入ってないんですね」
「そういえば風太くんっていたなあ!でもレッサーパンダちゃうし、風子ちゃんってちゃんと意味ありそうやしええな思うけど」
「母がつけてくれたんですけど、私の生まれた日がものすごく風の強い日だったから思いついたみたいで。風のように気ままに、何かあっても明日は明日の風が吹くって思って自由に生きてほしいって」
「めっちゃええ名前やん!風強いから思いついたってのはちょっと単純に思えるけどな。でも、お母さんすごいな」
「ふふふ。そんな褒めていただいても何も出ませんよ。そういえば、晴翔さんのお名前はどんな意味があるんですか?」
「俺のも風子ちゃんのにちょっと近いかもな。生まれた日が雲ひとつない晴天やったんやけど、そんで俺のおとん写真撮んのが趣味でな、生まれた記念に言うて病院の屋上で一枚撮ってみたらちょうど鳥が飛んでスッと写りよってん。あまりにもええ感じに鳥が写りよっておとんがその写真気に入ってもうて。そんでそれが由来で、晴れた日に翔んだから晴翔になってん」
「すごく素敵ですね。鳥がちょうど写っちゃうのもなんだか縁があるみたいで」
「でも、晴れた日に翔んだの鳥やけどな。俺翔んでへんのに」
「ふふふ。確かに晴翔さん翔んでませんよね」
「ちなみに写った鳥、すずめやで!」
「すずめですか!?私のイメージではもうちょっと……大きい鳥だと思いました」
「そやろ!名前の由来にするくらいやから、さぞかし鷲とか鷹みたいなかっこいい鳥が大きな翼広げて飛んで行ったんやと思たら、まさかのすずめって!」
「随分と可愛らしい鳥だったんですね」
「そんでこの話小学生のときに知ったんやけど、すずめが由来とか嫌や!って言うたらおとんが言うねん。“すずめでもええやろ。あいつらやって小さな体で一生懸命生きてるんやで。大きな動物に狙われて危険と隣り合わせの中で仲間と一緒に身を寄せ合いながら毎日必死に頑張ってるんやで。俺はかっこいいと思うけどな”って。そんなん言われたら俺、何も言われへんかった」
「そんなに深い意味が……」
「俺もおとんから言われたらちょっと考え方変わってん。見た目だけじゃなくて、中身もかっこいい男になろう思ってん」
「すずめって見た目が可愛らしいけど、一生懸命なところとか中身は男前ですよね。見た目も大事かもしれないけど、中身のかっこいい人の方が私も好きです」
なんでもない話をこんなに盛り上がれるなんて思ってもみなかった。
出会って数十分、名前を知って数分の相手に。
僕だけかな、こんなに落ち着くのは……
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