第6話 爆裂魔法 五発目
なーんも、やる気がせん。
そうなると思っていた。
事実、『おでん』の食い過ぎで夕飯過ぎは動けないでいたし、動く気にもならなかった。
アクセルの街とか、神聖な気配とか、おっぱいリッチーとか、どうでも良くなっていた。
だが、その後が違った。
まさか、この俺が完徹をする事になるとは、思わなかった。
ようやっと『おでん』の消化も落ち着いてきた深夜。
アンデッドでも腐らないが生えても来ない頭髪が、ここ数日のストレスで抜けて禿げるんじゃないかと心配していた時にだ。
ふと思い出したのだ。
こんなストレスの溜まった時に、うってつけの異世界アイテムを持ってきている事に…。
とある勇者の持ち物の中に存在していたそれを、俺は倉庫から持ってきて寝室で遊ぶ事にした。
そう、これは持ち主の勇者の遺言によると、ストレス解消に持ってこいの遊び道具らしい…。
遊び方は彼が生きている間に大体レクチャーして貰っていたが、本格的に遊ぶのは、これが初めてだった。
俺は、その長方形の薄い二段になっている箱を本の様に開くと、勇者に教わった『電源ボタン』なるものを押した…。
本の様に開いた両側にある二つの小窓の様な硝子板から、煌びやかに輝く細かい模様が映し出される。
そして何と驚いた事に楽団の姿が見えないにも関わらず、この本の様な箱の中から音楽が聞こえてくるのだった。
不思議だ。
一体どんな魔法を使っているのだろう?
様々な色で輝く小さな点の集合体が意思を持っているかのように一つの単語を描き出した。
それは異世界の言葉で『岩男』と読むのだと、亡くなった持ち主は言っていた。
そして、この『スタートボタン』とやらを押すと遊戯が始まるらしいので、押してみる。
この煌めいている小窓の事は画面と言っていたな…。
その画面とやらに人型の何かが映し出される。
人型といっても人間では無い様だ。
こいつが物語の主人公で自分で操れると言っていた。
あの時に少し教わった事を思い出してみよう。
確かこの十文字になっている出っ張りを押すと動くのだ。
右に出っ張っている部分を押す。
画面の中の主人公が右に走った。
左に出っ張っている部分を押す。
画面の中の主人公が左に走った。
…面白い。
…確か、この出っ張りで跳ねるんだったな?
押してみると、画面の中の主人公がジャンプした。
…自分の背丈の三倍の高さを悠々と越えた所を見ると、やはり人間では無いらしい。
隣の出っ張りを押すと攻撃だと言っていたかな?
押してみると、画面の中の主人公が岩を投げた。
…面白い。
右に押して少し進むと、何か似たような人型が出てきた。
…これに岩を当てれば良いのだろうか?
出っ張りを押してみる。
主人公が投げた岩が命中すると、人型が爆発した。
…恐ろしい威力だ。
なるほど、今のが主人公の敵というわけだな。
段々と持ち主に教わった事を思い出してきたぞ…。
その後は、もう遊戯の虜だった。
ジャンプで障害物を避けたり離れた場所へ飛んだり、普段は重装備の自分では出来ない事ができるのが楽しかった。
岩を敵に当てるのにも慣れてきて、次々と出てくる敵を一人で岩をぶつけて倒してゆく気分は爽快だった。
元々、疲れを知らない不死の身体だ。
むしろ、夜の方が体調の良いアンデッドの身。
俺は明け方近くになっても、遊戯を楽しんでいた。
確かにストレスなど、何処かへ吹き飛んで行ってしまった。
…朝日が昇る頃に、あの敵に出会うまでは…。
恐ろしい敵だった。
そいつは竜巻を発生させる呪文を使い、俺をズタズタに切り裂いて殺そうとしてきた。
そいつに岩を投げ当てる為に近付こうとするのだが、強力な風を起こして近づけさせまいとしてくる。
まるで歯が立たなかった。
コンティニューとやらを繰り返すのだが、それも尽きると一からやり直す羽目になった。
楽しく敵を倒せている間は良いのだが、強敵に出会って倒せないでいると、逆にストレスが溜まってゆく感じがする…。
…だが、やめられなかった。
なんとかして、こいつを倒してみたかった。
意固地になっていた。
チャンスが訪れた。
大体の攻略法を掴んで再戦を繰り返していた時である。
もう朝日は昇って、朝食の時間が迫っている。
それまでには、こいつだけでも倒したい。
こちらの体力ゲージも残り少ないが、敵もあと僅かなのだ。
運良く敵の竜巻を全て、かいくぐって近づく事が出来た。
今こそ勝機!
俺は岩を投げる出っ張りを的確なタイミングで押そうとし…
「『エクスプロージョン』ッッ!!」
こんな朝っぱらからぁっ?!
完全に油断したっ!
朝食抜きで爆裂魔法を撃ちに来たとでも言うのかっ?!
どんだけ頭が、おかしいんだ?
あのアークウィザードの少女はっ!
哀れ、岩は敵を外れてしまい、俺は次の敵の攻撃で無残にもズタズタにされてしまった。
くそ!
コンティニューだ!
コンティニュー…。
気が付くと画面は真っ暗になっていた。
色々な出っ張りを押してみるが、ウンともスンとも言わない。
そういえば持ち主が…。
この世界ではバッテリーとやらの充電が出来ないから、一度バッテリーが無くなってしまうと、以後は遊戯が出来なくなる。
と、言っていた事を思い出した…。
ふふ。
ふはは…。
わはははははははははははははははは。
うっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ…。
哄笑が止まらなくなった俺は、アンデッドにも関わらず、そのまま気絶して泥のように眠った。
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