第4話 宿屋にて(カズマ視点)

「あ!帰ってきた!…めぐみん、やっとカズマさんが帰って来たわよ!」

 アクアが他の部屋の迷惑も考えずに、廊下の向こうで俺を見つけるなりデカい声で、めぐみんにしらせていた。

 軽い風邪とはいえ、せっかく病人を泊めてもいいという優しい主人のいる宿屋が見つかったと言うのに、つまみ出されたらどうすんだよ?この駄女神め。

 突き当たりの部屋に入ると、先に入ったアクアとベッドに横になって息苦しそうにしている、めぐみんがいた。

 俺は取り敢えず薄いタオルの様な布切れを口にあてて、頭の後ろで縛って気休めのマスク代わりにする。

「なんで、こんなに時間が掛かっていたのよ?」

 簡易マスクもせずに椅子に座りながらアクアが質問をしてきた。

「ちょっとウィズの店でトラブっていたんだよ。」

「なによそれ?あんた、まさか華麗に借金をこさえて来たんじゃないでしょうね?」

「おめーじゃ、ねーからっ!」

 展示してあった鎧へのイタズラ書きの件で、借金になりそうな心当たりが無くもないが…多分、大丈夫だと思って二人には黙っておく事にした。

 まぁ、何かあればウィズの方から教えてくれる筈だろうし…。


 俺はめぐみんに視線を移すと、目がトロンとした彼女に結果を伝えた。

「悪い、めぐみん…ウィズの店でも丁度いい風邪に効くアイテムが見つからなかった。申し訳ないけど今日は大人しく寝ていてくれ。」

「…すみません…ケホッ…こんな状態で…二人とも、移ると不味まずいので…あまり近付かないで下さい…。」

「なるべく、そうさせて貰うけど…あんま気にすんなよ…。俺はキチンとうがいと手洗いとマスクをしてるし、アクアは絶対に風邪をひかないから…。」

「そうよ、めぐみん…私、今まで一度だって風邪なんてひいた事ないんだから気にしないで…なんで、カズマが知ってるの?」

「なんとかは風邪を引かないって言ってな。常識だろ?」

「なんとかって?」

 この馬鹿に、そこまで教えてやる義務は俺には無い。

 めぐみんは苦笑いをしている。

 ウィズの店にあった本人以外の二人に風邪を移して治療するポーションで、女神であるアクアが風邪をひくかどうかを試してみたい気はするが、巻き添えを食うのは流石さすがに御免だ…。

 まぁ、めぐみんの症状が重くなったら買ってこよう。

 このロリっ子よりは、流石に俺たちの方が抵抗力は上だろうし…。


「ダクネスが実家に筋トレしに帰っている時で良かったわ。」

 洗面器に冷たい水を指先から注ぎながらアクアが言った。

 まぁダクネスに風邪を移す心配がないからと言えば、その通りなのだが…。

「それを言うなら、低難易度クエストが無い時で良かった、だろ?」

 冷水で濡らした布をしぼりながら、俺はアクアの言葉を訂正した。

 そうなのだ。

 魔王の幹部が出現した事により弱いモンスターはおびえて姿を隠してしまった。

 そのせいで初心者向けの低難易度クエストが全て無くなってしまったのだ。

 だから今は、ちょうど暇なんだよなぁ…。

 アクアは、もうバイトを始めている。

 俺はと言えば…。

「カズマ…お願いがあります…。」

 めぐみんの額に冷水で湿らせた布を被せると、彼女はそう言ってきた。

「なにを?まぁ今なら大抵の事は聞いてやるよ…。」

「私を今すぐ、あの廃城の側まで連れて行って下さい…。」

 またか…。

 最近の俺は、めぐみんの日課とやらで爆裂魔法の試し撃ちに付き合わされている。

 廃城とは、誰もいないのを良い事に爆裂魔法のターゲットにされている、この街の近くにある古城の事だ。

 俺は、自分のこめかみを軽く押さえた。

「あのなぁ…昨日みたいな冷たい雨の降っている最中さなか…日課だから欠かせません!…とか言って無理矢理出掛けるから、今こんな目に遭っているんだろうが?俺は言ったよな?あんな氷雨の中で傘も差さずに爆裂魔法の詠唱なんかして、服が濡れたまま帰ったら絶対に風邪ひくぞ?…ってなぁ?」

 呆れた爆裂魔法馬鹿だな、こいつは…。

「実は、私は一日一回必ず爆裂魔法を撃たないと死ぬ身体だったのです!この熱も死が近付いている証拠です!早く爆裂魔法を撃たせて下さい!」

「…マジか?」

 俺は乗っかった振りをする。

「マジです。」

「本当なのか?」

「本当です。」

「生まれた時からなのか?」

「生まれた時からです。」

 おいこら、ちょっと待て。

 赤ん坊の頃から爆裂魔法を使えたっつーんか?おのれは?

「嘘も大概にしろっ!」

「嘘ではありませんっ!」

 俺はめぐみんの顔を正面から見据えた。

 彼女は真剣な表情をしていた。

 俺はめぐみんに告げる。

「めぐみん…気が付いているか?お前…嘘をつく時には必ず鼻の穴が大きく開くぞ?」

 めぐみんは慌てて鼻を隠した。

「やっぱ、嘘じゃねーかっ!」

「あーっ!騙しましたねっ?!ズルいです、酷いです!カマをかけるなんてっ!」

 アクアがカエル揚げを喰いながら、俺とめぐみんのコントを眺めていた。


 ひとしきり抗議をして疲れためぐみんが眠った後で、俺はアクアに尋ねる。

「なぁ?本当に回復魔法で治せないのか?」

「治せないわよ。」

 なんでだよ…使えねぇアークプリースト様だな。

「病気の類いは魔法でも治せないのか…。」

「治せる場合と治せない場合があるのよ。今回のケースは後者ね…。」

 へ?

「そりゃまた何で?」

「まぁ先ずはプリーストの力不足が理由の場合もあるけど…この世界向けに力が限定されているとはいえ、女神である私にはあてはまらないわ。この世界では最上級のアークプリーストでもあるし…。」

 つまり、この世界の全てのプリーストに出来る事なら、アクアに出来ない事は無いって事か…。

「じゃ何で今回の風邪は治せないんだ?」

「この世界の風邪じゃないからよ。この世界の回復魔法で別の世界の病気まで治せないわ。」

 は?

「カズマが自分の世界から持ち込んだウィルスが今回の風邪の主な原因よ?」

 え?

「ど、ど、どういう事なんだ?それは…?」

「本来なら、きちんと消毒してから、この世界に送り込むんだけどねー。あの子…ほら私に代わってアンタを送り込んだ女神がいたでしょ?まだ不慣れだったせいか色々手順をすっ飛ばしちゃったのよね…。」

 な、なんだってーっ?

「あんたが長らく引き籠もっていたせいで、あんたの元の部屋ってゴキブリやダニやノミだけでなく、細菌やウィルスの温床だったのよねぇ…。ありとあらゆるバイ菌が、うじゃうじゃよ?あんなんだから身体も心も病気になっちゃうのよ?プー、クスクス…。」

 何も言い返せにゃい…。

「まかり間違っていたら、インフルエンザやノロウィルスまで持ち込む所だったんだから…。こんな小さな街なんて、それこそパンデミック起こして即滅亡よ?スペイン風邪というかアクセル風邪って命名されて、後世まで語り継がれる所だったでしょうね…。」

 …アクアらしからぬ頭の回転の速さに小難しい単語の連発…。

 こいつ…まさか自分が気が付いていないだけで、風邪を引いているんじゃあるまいな?


「めぐみ~ん、腹減ってないか?芋粥いもがゆ作ってやったぞ?たんと喰え。他に喰いたい物があったら何でも作ってやるからな?」

 少し寝たおかげで多少元気になった、めぐみんを一生懸命に看病する俺がいた。

 何故そんなに気持ち悪いくらい一生懸命なのかは聞かないでくれ…。

「…は、はぁ…ありがとう…ございます…。」

 芋粥の入った器を受け取りつつも、若干めぐみんが引いている様な気がする。

 アクアはニヤニヤしていた。

「ねぇ、めぐみん…カズマさんってば今なら何でも言うことを聞いてくれるかもよ?」

「本当ですか?!」

 めぐみんの顔が、ぱあぁっと明るくなる。

 俺は、その顔を見て色々諦めた。

「…はぁ…まぁ何でも聞いてやるけれど、寝る前みたいな廃城の側へ連れて行ってくれってのは、無しな?」

「もちろんです!私も流石にアレは無理なお願いだと思い直しました!」

 ほう、殊勝しゅしょうな心がけだな。

 ならば、願いを聞いてやらねばなるまい。

「…まぁ、それ以外なら…俺の出来る事なら何でもしてやるよ。何がいい?」

 めぐみんは元気な声で言い切った。


「この部屋で爆裂魔法を撃たせて下さい。」


「駄目に決まってんだろ。」


 自分でも意外にドスのきいた声が出た。


 翌日、めぐみんは風邪も治って、すっかり元気になった。

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