第3話 爆裂魔法 不発

 俺は今、例の駆け出しの冒険者どもの街、アクセルに踏み込んでいる。

 馬では無く徒歩で。

 冒険者を目指している旅の者だと言ったら、門番達は快く入れてくれた。

 そういう事が出来る秘密は、俺が今着ている真っ白な鎧にある。

 この鎧は全身を覆うフルプレートタイプの物で、とある異世界からの勇者が、とある女神にこちらの世界に送り込まれた時に持たされたらしい。

 この鎧は、ほぼ破壊が不可能であり、あらゆる瘴気しょうきから身を守ってくれるという特徴がある。

 だから逆に言えば、俺が着ると周りに瘴気を撒き散らす事がないので、アンデッドであるという正体がばれないという利点がある。

 もちろん今は、頭の入った兜は鎧の上だ。

 ちなみに元の持ち主である勇者は、鎧ごとあちこちに投げて、ぶつけまくってやったら中で気絶していた。


 さて街に潜入できたはいいが、手がかりらしき物に心当たりは無い。

 普段なら街中まちじゅうの魔術師に片っ端から死の宣告をして回るのだが、まずは例の神聖な気配の正体を探りたい所だ…。

 とりあえず、こちらに個人的な理由で先に越してきた知り合いを訪ねて、何か知らないかを聞いてみる事にするか…。

 …協力的だと助かるのだが…。


 今、俺の目の前にはマジックアイテムを売る小さな店がある。

 入り口の扉を開けて中に入ると、店主が笑顔で出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ!」

 向日葵ひまわりの様な明るい笑顔に心が癒される。

「久方振りだな。」

 俺は店主に、そう声を掛けた。

 店主は心当たりがないといった風な怪訝そうな表情を見せる。

「はっはっは。分からないかな?俺だよ…。」

 そう言って俺は、兜を中身ごと取った。

「…ベルディアさん?!」

 マジックアイテムショップの女店主こと、魔王軍女性幹部であるリッチーのウィズは、心底驚いたという顔をしていた。


「よっこらせっと…。」

 俺は兜を頭ごと店のカウンターに置いた。

 目の前にウィズの巨乳が拡がる。

 はあはあ。

「あの…ベルディアさん?…兜を脱がれるのは構いませんが、首の無いままだと…他のお客様がみえられた時に…その…。」

「おおっと失礼…ほんのジョークですよ。はっはっは。」

 兜を取って元の胴体の上に戻す。

 …絶対に、わざとだ…というなかば諦めた様なウィズの視線が心地良い…。

 頬を染めて、うつむいて、恥ずかしそうにもじもじしている所も、グッド。

 しょうがないなぁ…というような感じで目をつむり、溜息をついた後にウィズは尋ねてきた。

「それで今回は、どういった御用件なんですか?」

「実は、これなんだが…」

 そう言って俺は、昨日のダイワのプラモの箱をウィズに見せた。

「これと同じ物が、そちらに置いていないだろうか?」

「ベルディアさん…うちはマジックアイテムショップです。雑貨屋じゃありません。異世界の商品なんて置いてありませんよ…。」

 え?雑貨屋なら置いてある可能性あるの?

 恐るべし雑貨屋…。

 帰りに覗いてみよう。

「魔王軍の幹部が近くの古城を占拠したと聞いた時は、そんなに仕事熱心なのはベルディアさんくらいかな?とは思っていましたけれど…。」

 ウィズは、どことなく懐かしむ様な顔をして俺を見た。

「それで?本題は何ですか?」

 いや、さっきのも個人的には結構重要な話だったんだが…。


 俺は窓際のテーブル席にウィズと向かい合わせに座って紅茶を頂いている。

 いい香りだ。

 それに美味しい。

 水が苦手なのに、生き血とかワインとかスープとかは飲んでも平気。

 我ながら不思議な身体だ。

「街の周囲に漂う神聖な気配の正体ですか…?」

「そうだ、ここに越してきて長い貴女なら、何か知っているかと思ってね…。」

 もったいぶってもしょうがない…俺は、いきなり核心から質問していた。

「…。」

 ウィズは少しだけ考えると、

「申し訳ありません、ベルディアさん…その件に関しては、お話をする事が出来ません。」

 と答えた。

「それは何かを知っていると答えているも同じ事だが?」

 彼女の答えに俺が言葉を返すと、ウィズは少しだけ…しまった…という様な表情を見せる。

 だが、それっきり彼女は押し黙ってしまう。

 やはり協力的では無いか…。

 元々、魔王様とは結界を維持する事だけ約束して、後は自由という契約をしている女性だしなぁ…。

 こちらも無理に聞き出すことは出来ない。

 元人間の騎士としての矜持もあるが、ガチでやり合ったら負けないまでも勝てる気はしない相手だ。

「どうあっても協力は出来ないと?」

「…はい。」

「場合によっては街の者達に尋ねる事になるが?」

 その台詞を言った瞬間に、はっきりとした殺意がウィズの中で膨れ上がる。


 やだー、こわーい。


 しかし、こちらも子供の遣いで来ている訳では無いので退くわけにはいかない。

「ベルディアさん…街の皆さんに何かをする気なら、事によっては中立の私でも容赦はしません…。」

「貴女の出方次第だ…。」

 俺は指を組んで両肘をテーブルにつけて言った。

 悪役っぽい台詞を美女の前で言うのって、ドキドキするなぁ…。

「街の方々が、いったいベルディアさんに何をしたと言うのです?」


 なにをした?

 ん?

 なにを?


「何をうぅーーーーーーーーーーーーーっ?!」

 俺は溜まらずに立ち上がって、そう叫んだ。

 …なにをも糞も、せっかく越してきた城に、ぽんぽんぽんぽん爆裂魔法を撃ち込んで来る頭のおかしい馬鹿が、この街にいるじゃねーかYo!…

 とは口には出さなかったが…。

 驚いて目を丸くしているウィズを見下ろすと俺は、ひとつだけ咳払いをして着席をした。

「もうひとつ尋ねたい事があるんだが…?」

「なんでしょう?」

「この街で爆裂魔法を使える魔法使いに心当たりは?」

「駆け出しとはいえ冒険者の方々の多い街ですから…何人かおられるかもしれません。それに、私も爆裂魔法を使える魔法使いの内の一人です。」

 俺はウィズの胸を見た。


 ぼいーん。


 次に去っていった魔法使いの胸の辺りを思い出す。


 ぺたーん。


「…貴女ではないな。」

「…何の話ですか?」

 ウィズは顔を赤らめながら不思議そうな顔をして俺を見つめた。


 俺は、しばらく考えていた。

 ウィズは俺の考えが終わるのを待ってくれている。

 ふと、彼女は視線を窓の外に向けた。

 口を手で抑えて驚いた表情を見せる。

 彼女は慌てた様子で俺に声を掛けてきた。

「大変!お客様だわ?!ベルディアさん!隠れて下さい!」

「なんだと?!」

 俺は彼女に言われるままに隠れようとした。

 しかし、一体どこに隠れる場所が…?


「ちわーす!ウィズいるー?」

「いらっしゃい、カズマさん。」

 名前を呼ばれている所を聞くと、入って来た客は知り合いらしい。

 らしいと言うのは、今の状態だと確認が出来ないからだ。

 俺の身体は店内の棚の横で直立不動になっている。

 頭は兜と一緒にウィズの胸に抱きかかえられていた。

 目の前に大きなおっぱいがあるのに、兜越しの感触がもどかしい…。

 はあはあ。

「なに、この真っ白な鎧…売り物?」

「あ…えーと…展示…そう、展示をしている借り物なんです。雰囲気が大事かな?って思って…。」

 どうやら俺の身に着けている鎧について尋ねられたらしい。

「今日は、どういった御用件ですか?」

「いやぁ…パーティの一人が風邪を引いちゃってさぁ…。」

「…風邪ですか?」

 言いながらウィズは俺の兜を鎧の上に置いてくれた。

 しかし相手の男の正体は、未だに確認出来ない。

 おーい、ウィズさん?

 これ、前と後ろが逆ですよ?

「で、まあ今日は馬小屋はやめて安い宿で看病してるんだけど、医者に診せようと思ったら薬も合わせて結構値段が高くて…。」

「そうなんですよね…皆さん苦労しておられますし…。」

 考えてみれば…こんな彫像の振りをするより、先客を装った方が良かったんじゃないのか?

 頭が外れてたり、首が反対を向いてたりしておいて今更…やぁ、こんにちは。君はウィズさんの知り合いなのかい?…とか言う訳にもいかんがな。

「そこで、ウィズの店で風邪に効く安めのマジックアイテムかなんかが無いかな?って、探しに来たんだけど?」

「そうでしたか…それでしたら丁度いいものがありますよ?」

 楽しそうに会話をしていて、いいなぁ。

 軽く嫉妬を覚えるなぁ。

「これなんか、どうですか?」

「何これ?」

「他の二人に移して飲んだ本人は必ず治る。風邪用のマジックポーションです。」

「…相変わらず役に立たないアイテム売ってんなー。」

「そんなぁ…結構売れるんですよ?これ…。」

「…どんな人達が買うんだよ?」

「小さなお子さんを、お持ちの御両親とかです。抵抗力が弱い子供から強い自分達に移して子供を守る為ですよ。」

「…なるほど、納得した。」

 兜の後ろからウィズの屈託のない笑い声が聞こえる。

 …どうせ雑魚しかいない街だ。

 彼女の為にも強行策を取るのはやめて、静かに調査するか…。

 俺は、そう考えていた。


「ごめんウィズ、ポーションには惹かれるけど…買うのは今度にするわ。病人には大人しく寝ていて貰う事にするよ。」

「そうですか…お役に立てずに済みません。皆さんに宜しくお伝え下さいね。」

 どうやら、男は帰る様子だ。

 足音が出口に向かっている様に聞こえる。

 だが、途中で止まった。

「…ウィズ、この『よく落ちるペン』ってポップに書かれてある筆記用具は、試し書き出来るのか?」

「ええ、出来ますよ?そちらの紙に試し書きしてみて下さい。」

「ふーん…。」

 …なんだ?

 男から、こちらに向けて殺気に似た様な気配を感じる。

 バレるのを覚悟で動くか?

 しかし、これは似ているが殺気とは違う…。

 あえて他に似ている気配を探すなら悪戯いたずら心に近い…。

 危険性が無いのなら、正体を明かす様な愚は控えた方が良いが…。

「ふーふふふんふーん。」

「きゃあぁっ!カズマさん!何をなさっているんですか?!」

 ぎゃあああああああっ!

 こいつ、俺の鎧にイタズラ書きしてるぅ〜っ?!

「あはははは。ほんの出来心だよ。…それじゃ、はい。」

「なんですか?この手?」

「何って…拭くものを貸してよ。消すからさ…。」

「…消えませんよ?これ。」

「え?」

 え?

「だって、よく落ちるペンって…。」

「このペンは、おまじないを施した紙に相手の名前をペンで書いてから告白すると、相手がよくという恋愛成就のマジックアイテムですよ?」

「ま、紛らわしいポップを貼らないでくれよ…。」

 全くだ…。


「ごめんウィズ…責任を持って、この鎧を買い取るよ…。幾らなんだい?あと、分割払いにして貰える?」

「…と申されましても借り物ですので…私にも詳しい値段は、さっぱり…。」

 ウィズのため息が聞こえる。

「展示物なので持ち帰られても困りますし…私の方で何とかしますので、今日の所は風邪を引いた仲間の方も御待ちでしょうし…お帰り下さい。大丈夫ですから…。」

 ウィズは中に俺がいる事を考えて、機転を利かせて対応してくれている様子だ。

 有難い…。

「本当にゴメン…何かあったら教えてくれ。それじゃあな。」

 扉が開く音がして外を走り去る足音が続いた。

 どうやら、ようやく店を出て行ってくれたらしい。

 俺が兜を掴んで顔の向きを直すと、申し訳なさそうなウィズと目が合った。

「すみません、ベルディアさん。弁償させていただきます…。おいくらですか?」

「いや、構わんよ。これくらい子供のイタズラだと思えば、どうという事はない…。」

 俺も、この鎧の値段なんて良く分からんし…。

 それにしても…。

 俺は鎧の胸部に書かれたイタズラ書きを見る。

 何処どこかの国の文字の様だが見た事が無い。

 形をそのまま説明するなら、


 OPPAI


 と書かれてある。

 一体なんなのだ?これは…。

 城に帰ったら魔術師に魔法で翻訳して貰うとするか…。


「…さて、俺も戻るとするかな?」

 名残惜しいが、いつ迄も商売の邪魔をする訳にもいかん。

「ベルディアさん…。」

 ウィズは何処と無く真剣な面持ちで見送りの言葉をかけてくれた。

「弁償の代わりという訳ではありませんが…ひとつだけ忠告させて下さい。」

「なにかな?」

「可能であれば、このまま何もせずにこの街から撤退なされる事をお薦めします。」

「…なせだ?」

 彼女は少し考えた後で答えた。

「貴方の探し物は、恐らく貴方の天敵でしょうから…。」

 俺は驚いた。

 俺の天敵?

 俺の力を良く知る彼女に、そこまで言わしめる神聖な存在とは何者なのだろう?

 凄腕のアークプリーストだろうか?

 あらゆる死霊を斬り伏せる聖剣を携えたクルセイダーだろうか?

 …いや、その程度でウィズが俺の天敵と呼ぶだろうか?

「まるで相手が女神かの様な言い草だな…。」

 俺は笑った、

 しかし、ウィズは驚いた顔をする。

 …え?嘘だろ?

 まさか、ビンゴ?

 俺は、もう一度だけ彼女の顔を良く見直したが、先程見せた表情は既にしていなかった。

 多分、俺の気のせいなのだろう。

 あまりにも突拍子とっぴょうしも無い事を言って、彼女を驚かせてしまったようだ。

 俺は気にするのをやめて、彼女に背を向けて扉から外に出ようとする。

 そして、振り向きざまに彼女に言った。

「最後にひとつだけ質問があるのだが、いいかな?」

 彼女は静かに答える。

「どうぞ…私に答えられる事なら何でも聞いて下さい…。」

 俺は軽く息を吸うと彼女に尋ねた。

「…雑貨屋って、どの辺にあるんだ?」


 俺は、自分の城の前に戻ってきた。

 城の結界からは、ダメージが感じられない。

 今日は爆裂魔法を撃ち込まれていない様子だった。

 偶然か?

 あるいは必然なのか…?

 背後に感じる神聖な気配を振り払うかの如く、俺は城に帰った。

 …雑貨屋には、ダイワは無かった。

 だが代わりに異世界の、それも文字からみてニホンの物だと思われる本が見つかった。

 雑貨屋すげぇ…。

 これも、何かの運命なのかもしれない…。

 そういえば雑貨屋から出る時に、すれ違いざまに鎧のイタズラ書きを凝視してくる青年がいたなぁ…。

 街の人間どもはチラリと見るくらいで、あんなに驚いた顔はしなかったのだが…。

 声が違ったから、このイタズラ書きをした本人では無い筈だ。

 彼は、いったい何者なのだろう?

 かなりレベルの高いソードマスターだった様だが…?


「あんのクソガキャアァーーーーーーーーーッ!」

 俺は怒り心頭だった。

 イタズラ書きの内容が配下の魔術師の翻訳によって判明したからだ。

 よりによって乳房!

 つまりは『OPPAI』とは、おっぱいの事だったのだ。

 あの、カズヤだか、クズマだか、カスマだか、姿が見られなかった男の正体が分かったら…必ず、ぶっ殺してやる!

 …この文字も異世界の文字である可能性が高いらしい。

 だから街の連中は…珍しいデザインの鎧だなぁ?…とか思ったくらいで、書かれてある文字の意味も分からないでチラ見で済んでいたのだ。

 だが、あの雑貨屋ですれ違った青年は、きっと意味を理解して驚愕していたのだろう。

 俺は今、猛烈に恥ずかしい…。

 俺だって、鎧の胸部にでかでかと『おっぱい』とか書かれている騎士に出会ったら、そりゃ驚くわな…。

 だがそうなると、あの青年も異世界から女神に送られてきた勇者という事になる…。

 『OPPAI』野郎もだ!

 本当に、いったい彼等は何処の異世界から来た何者達なのだろう?

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