14.やっぱり幹部はまた来る その4
俺は戦場の後方、負傷した冒険者達を治療しているプリースト達のもとへと駆けていた。
背中の方からは地面が割れる轟音が聞こえる。戦闘が始まっているのだろう。
走り抜ける戦場のあちらこちらには、正気を失って呻いている冒険者達が押さえつけられている。
–––早く正気に戻してやるからな。
目的地へと辿り着き、近くにいたプリーストにテインの居場所を聞く。
あばらを折られ気を失っていたテインは既に目を覚ましており、こちらに気がつくと「よぉ」と軽く手を挙げた。
「大丈夫か?」
「おう、ジッとしてりゃ大丈夫だってさ。なんだ、心配してくれたのか? そんな大きな怪我じゃ……あ、おねーさん。ちょっと痛いから回復魔法ちょーだい」
テインは近くにいたプリーストのお姉さんに声をかける。しかし、「さっきもかけたでしょ」と言われ断られている。
「なんかお前……節操無いな」
「なに言ってんだよ。俺なんかあれだ、結構一途だぞ 」
「へいへいそうですか」
こいつイケメンのくせにこういうところが残念なんだよなぁ。
っと、こんな事してる場合じゃない、早く本題に入らないと。
「ちょっと頼みがあるんだが」
「ん? なんだ?」
「その魔石、俺にくれないか? それがありゃ幹部を倒せるかもしれないんだ」
「なんだ、そんなことか。ほらよ、その代わり倒せたらちゃんと『テインさんの魔石のおかげで倒せました』って言えよな!」
テインに感謝を告げ、ズッシリとした袋を受け取る。–––これで、勝てる。
そして俺はまた、最前線へと駆け始めた。
ブランドリーのもとへ近づいていくに連れて大きな歓声が聞こえてくる。
どうやら間に合ったようだ。
ブランドリーを相手にクロエとケイが立ち回っていた。
クロエがブランドリーと対峙し、そのクロエの後方でケイが待機している。
クロエは攻撃が当たらないので防御に徹しているようだ。様々な太刀筋を長剣で防ぎ、ブランドリーが大振りの一撃を放つ瞬間にそれを
「『
ナイトの固有スキルを使い、瞬間的にクロエとケイが入れ替わる。
その勢いを使ってケイが邪剣で攻撃を繰り出す……が。その強固な鎧に
どうやらブランドリーの鎧にケイの邪剣のような短剣は相性が悪いようだ。あの鎧を破るには大剣か大槌ぐらいの武器が必要になるだろう。
近づく俺にミーアが気がつく。そのまま近づいてミーアに魔石の入った袋を渡す。
「何よこれ」と聞いてきたミーアに魔石だ、とだけ告げると悟ったように頷く。
「さっきから攻撃は当ててるのよ。だけど……」
「あぁ、そうだな。せめてクロエの攻撃が当てることが出来れば……」
すると、
「良い、良い連携だ。それほどまでの連携を組める冒険者はなかなかいないぞ。……面白い! それでは、戦いはまだこれからということを教えてやろう!」
ブランドリーは攻撃の手を止めて後ろへ跳ぶ。そして長剣を地面へと突き刺して目を閉じる。……いや目は無いんだけど、そんな雰囲気がする。
「私の剣の真髄、とくと味わえ!!」
剣を刺した地面から黒い瘴気のようなものが溢れ出てきた。それは球体となってブランドリーを覆い隠す。
その瘴気が晴れると、先ほどとは雰囲気が違うブランドリーがいた。その双眸の炎は赤へと変わり、何やら凶悪そうなオーラを放っている。
「フフ、フハハハ!! これでお前らの勝ち目は無くなった! 見せてやろう、これが私の真髄だ!」
ブランドリーが前へ出るよりも早く、冒険者達がブランドリーを取り囲む。その中で、戦士風の装備をした冒険者が叫ぶ。
「なんか分からないけど今がチャンスだ! やれ、みんな!!」
「あ、バカ! 三下のセリフだそれ!!」
戦士風の冒険者が手に持つ剣で襲いかかる。それに合わせて周りの冒険者達も次々と斬りかかる。……が。
「……右上段からの斬りおろし、左後方からの突き、右後方から
ボソリと呟くと、まるで冒険者達がブランドリーを避けているかのように次々と攻撃が外れる。ブランドリーはその場から一歩を動かずに上半身だけで全ての攻撃を避けた。
その瞬間。一撃、たったの一撃である。
周りにいた五、六人ほどの冒険者達は一斉に吹き飛んだ。致命傷とまではいかないが誰もが深傷を負っており、戦闘続行は不可能だろう。
「フハハハ!! これが、これこそが
–––圧倒的、これが魔王軍幹部の本当の力。その力に誰もが恐怖して静まり返る。……一人を除いて。
「おいケイ! 相手は攻撃が来る場所が分かっていた。相手の心を読むか少し先の未来が分かるか、つまり未知の能力持ちだ! 考えなしに……」
「だから、だからこそ私が行くのです。必ず能力を突き止めます」
俺の制止を振り切り、ケイはブランドリーの前へとおどり出る。
「ほう、貴様か。わざわざ殺されに来るとはいい度胸だ、さぁ来い!」
瞬間、交わる刃。甲高い音が響く。
無理だ……、相手が何かしらの力でこちらの動きを読んでいる限り。
–––勝ち目は無い。
「ちょ、おまっ! 何考えてんだコラッ!!」
急にブランドリーが攻撃の手を止めて怒り出した。……顔が赤くなってるんだが。
「マスター! コイツは人の心を読んで攻撃をしています!」
「あ、しまった……!」
なんかブランドリーがクロエをチラチラと見てる……?
いきなりの出来事に俺達が戸惑っていると、ケイが説明する。
「人は意識してなくても攻撃する際にどこに攻撃するか考えているものです。つまり、コイツは人の心を読んでいるのではないかという疑問を抱いたのです」
淡々と話すケイがなぜか真面目だ。……なんか調子狂うな。いつもはふざけているくせに!
「そこで私は戦いながら考えていました。……クロエの裸を」
「な、な、なななななななんだとぉぉ!!」
なるほど、それであのブランドリーの反応も頷ける。
俺の隣ではクロエが顔を真っ赤にして剣を落とす。
「なんで私なんだ!?」
「いいじゃないですか、減るもんじゃないし」
「減るっ! 何かしら減っている! 裸なら私以外にもいただろっ! た、例えば……タケルとか!」
「私、マスターの裸を見たことがないので」
「そ、そうか……じゃなくて! あぁもう!」
うん、いつものケイだ。
顔を膝に
「フハハハ! 私の能力を見破ったからといって、私に勝てるわけではなかろう!」
ブランドリーはフハハハと哄笑を上げる。何だろう、この魔王軍幹部の雑魚感は。
すると、さっきまでうずくまっていたクロエが立ち上がり、何かを呟く。
「……て……る」
「え、何だって?」
ブランドリーが聞き返すと、
「忘れろぉ! お前の記憶から私を消してやるぅ!!」
「そ、そんなこと私に言うな! そこの小娘が勝手に! まぁ、忘れないけどね!」
「ぶっ殺す!!」
顔を真っ赤にしながら長剣を振り回してブランドリーに向かっていくクロエ。
ちょっと面白そうだから少しだけ見ておこう。
すると、服の裾を誰かが引っ張る。
「ねえ、私の出番まだなんですか? 暇すぎて死にそうなんですけど」
「あ、忘れてた。……んじゃ、詠唱してとりあえず待機」
「私の扱い雑じゃない!?」
–––ガギィィィン。
途端に金属を引っ掻くような音が鳴り響く。
「んな!?」
見ると、ブランドリーの鎧の胸当てが一文字に大きな傷を受けている。
その傷を与えた人物は……クロエだ。
誰もが口を開けてポカンと眺めている。傷を与えた本人さえポカンとしている。
「ば、バカな!? 貴様は今剣での突きを考えていたはず!! ど、どういうことだ!?」
……あぁなるほど。考えていることと違うことをしてしまうやつだった、コイツは。……方向音痴でごめんなさい!!
「ふ、ふは、ふははは! こ、これが私の力だ!」
汗をダラダラとかきながらそう叫ぶ。
いや違うだろ、と突っ込んだのは俺だけじゃないはずだ。
勢いがついたクロエは次々と剣撃を放つ。
「く、クソ!! ぐぁああ!」
どうにか防いでいたブランドリーだが、堪らず同じところにもう一撃を食らってしまう。
同じところを真一文字に斬りつけられた鎧は、嫌な音を上げて崩れ去る。途端に、鎧が纏っていた青白い光が消えていく。
俺達の周りからは歓声が上がる、どうやら呪いが解けたようだ。
「く、くそぉ! こんなやつに! こんな奴らに負けてたまるかぁ! ぎゃあああ!」
「当たる! 攻撃が当たるぞタケル!! あはははは!!」
攻撃が当たるのがよっぽど嬉しいのか、奇妙な笑い声をあげながらブランドリーを斬りつけていく。
ブランドリーは次々とクロエに斬りつけられ、その体にどんどんと切り傷を作っていく。
これで死ぬことはないだろうが相当弱っているはずだ。
すると、
「ねぇ、まだぁ? 私魔力溜めすぎてそろそろ限界なんですけど〜」
「うーん、それじゃあ俺の合図で放ってくれ」
俺の言葉に嬉しそうに顔を輝かせる。
まあ、失敗したときは失敗したときだ。
何とかなる!!
「私が、
「魔王軍幹部ブランドリー、お前は強い。だが……私を、私達を相手にしたことが間違いなのだ!」
ブランドリーとクロエが勇者と魔王のような会話を繰り広げている。
あれ、今ってチャンスじゃね?
「ふ、フフフ。少々貴様らを侮っていたようだな。さぁ、殺し合いの再開といこうか!」
「来い、魔王軍幹部……」
「今だ」
「『ファイアボール』!!!」
「「まだ喋ってる途中なんだがー!!!!」」
溜めに溜めきった『ファイアボール』は惑星の如き大きさとなり、ブランドリーと近くにいたクロエへと落ちた。
辺りに凄まじい轟音と地響きが鳴り響く。
吹き抜ける熱風に顔を隠しながらも視線はそこから外すことは無かった。
モクモクと立ち上る土煙を前に今度はフラグとなる言葉を上げる者はいなかった。
今度こそ皆んな確信している。–––魔王軍幹部を倒したのだと。
未だに晴れぬ土煙の中で何かがユラリと揺れる。次第に土煙が晴れると、そこには長剣を地面へ突き刺して立つブランドリーがいた。
体の至る所は灰となり、今にも全身が崩れ去りそうだ。瞳の炎もろうそくの光ほどに小さくなり、ユラユラと揺れている。
「まさか、本当に駆け出しの冒険者に破れようとはな……」
そう呟くブランドリーに先ほどまでの凶悪さは残っていなかった。
「貴様、タケルといったか?」
「あぁ、そうだ」
「フッ、貴様と仲間達には謝罪せねばな。ポンコツとなじり、侮ったことを」
そう言うと頭を深々と下げる。
最後に残る
「私の呪いで上書き出来ぬ程の呪い、か。辛かったろうに……」
そう呟いてケイに視線を向ける。
「ふ、お前達は役立たずの集まりだと思っていたのだがな……私の目測違いということか。やはり衰えたな……」
「確かに俺のパーティはポンコツばっかりだよ。だけど、……だけどやっぱり、俺のパーティに役立たずなんていないんだよ。誰かが欠けたら俺達は前へ進めないんだ」
サラサラと体が崩れゆくブランドリーは俺達一人一人に視線を向ける。
「出来たのなら……生前に貴様らのような奴らに出会えたのなら、私はアンデッドナイトとして生き返ることも無かったのかも知れないな」
そう呟いて、魔王軍幹部は–––消滅した。
パチパチと拍手と歓声が響くギルドの中で俺達は表彰を受けていた。
俺はギルドの職員から報酬の金貨を受け取ると、仲間のもとへ戻る。
「まさか私達が幹部を倒しちゃうなんてね、ビックリよね本当」
「まぁ、私の手にかかればこんなもんですかね」
「あんたは本当にブレないわね……」
ギルドに併設された酒場の一席で俺達はプチ打ち上げをおこなっていた。
モキュモキュと料理を頬張るケイとは裏腹にクロエの表情は浮かない。
「……アンデッドナイトとは生前に大きな後悔や憎しみを抱いた者が死後になるモンスターだ。ブランドリーもそうなのだろうか、せめて今は安らかに眠ってほしいものだ……」
胸の前で十字を切って祈りを捧げるクロエ。
そんなクロエの口に俺はなんか分からん鳥の唐揚げを突っ込む。
「ッ!?」
「まぁ、なんだ。そんな顔してたらあいつも浮かばれねぇよ、今は楽しもうぜ」
「……そうだな」
「クロエ、食べないのでしたらそれ貰ってもいいでしょうか?」
「ダメだ……ってもう取っているじゃないか。あ、そういえばケイ! お前には話があるぞ!!」
「私にはないので関係ないです!」
「なんだとぉ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める仲間達。うん、これこそ俺達の自然体だ。
「ねぇタケル私頑張ったでしょ、私頑張ったわよね? それで……報酬で買いたい物があるんだけど……」
「まぁ、今回の一番の功労者はミーアだからな。いいぜ、明日買いに行くか」
「やったぁ! タケルだ〜い好き!」
「はいはい」
まあ最初はどうなるかと思った異世界の生活だけど、これはこれでいいのかも知れないな。
「マスター、どうかしたのでふか?」
頬をハムスターのように膨らませながら顔を覗き込んで言うケイ。
せめて飲み込んでから喋れよ……。
「なんでもないよ。さぁ、飯を食おうか……あ! もうほとんど無いじゃないか!!」
「食べるのが遅いマスターが悪いんです」
「この野郎〜!!」
俺達のやり取りに周りが笑い声を上げ、釣られて俺達も笑い声を上げていた。
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