11.やっぱり幹部はまた来る その1
「私の名は……、ブランドリー……。そう言えばわかるかな?」
ファストの門、前回来た時と同じ
三日ぶりのその表情は相変わらず読み取れないが、瞳の代わりの小さな炎がユラユラと揺れている。
街中に流れた警報を聞いて駆けつけた冒険者達が「またか……」や「次は何の用だ?」などと緊張感のない事を次々に口にしている。
それらの言葉を聞いたブランドリーが低い声で用件を話す。
「それでは話を始めよう。……近頃森の中で大きな戦闘があったと聞いたのだが。何やらオオカラスを一撃で沈めた冒険者がこの街にいるとか」
その言葉を聞いてミーアが一瞬ビクッと体を震わせた。
–––まさか復讐にきたのか!?
モンスターがモンスターの敵討ちをするなど聞いたことがないが、知性を備えた幹部クラスのモンスターならあり得ることだ。もし、オオカラスとブランドリーに何かしらの接点があったなら尚更だ。
しかし、ブランドリーの口から出た言葉は意外な事だった。
「いや、私は素直に素晴らしいと言いに来たのだった。この始まりの街でオオカラスを一撃で沈めるほどの冒険者がいるとは。オオカラスはお世辞に言っても強いモンスターではないが、一撃で仕留めるなんてそうやすやすとできないだろう」
「ッ!? そ、そうよね、私凄いのよ!」
急に褒められて嬉しかったのか、ミーアが名乗りを上げながら胸を張って前に出る。
ミーアは炎の瞳が自分に向けられると一瞬ビクッとしたが、踏ん張って顔を背けずに見返す。
その様子を見たブランドリーは「ほう……」と呟く。
「なかなか
そう言われ嬉しそうにしているミーア。
普段からあまり褒められないからなのだろう。素直に褒められて嬉しくないわけがない。しかも、元
でも、
–––なんか、気に入らないな。
そう思った瞬間に体が前に出ていた。ミーアの前に立ち塞がり、ジッとブランドリーを見据える。
「……コイツは俺の大切な仲間だから」
「なっ!? な、何言ってんのよタケル! ば、バカじゃないの!」
そんな俺達の様子を見てブランドリーが低い声で笑う、笑いを堪え切れないという風に。
「何だよ、おかしいかよ」
「ハッハッハ、いや、少し自分が冒険者だった頃のことを思い出してな。他の冒険者の仲間を引き抜こうなどと、不粋な真似をしたな。すまない」
そう言って頭を下げる魔王軍幹部を見て、思わず慌ててしまう。
「い、いや。分かってくれたならいいんだよ!」
思ったより良い奴なのか? なんて一瞬思ってしまったが、それも次の一言で搔き消えることになった。
「さて、本題に入るとしよう」
ゆっくりとした低い声。
その一言に僅かながらに含まれる殺気を感じ取った。
それは俺だけではないらしく、周りの冒険者達が静かに武器を抜く。
気づいていないのは、今だに胸を張って偉そうにしているミーアぐらいだ。
「昨日……、いや一昨日? 一週間前だったか? うんん? はて、私が前来たのはいつだったかな?」
さ、さすが魔王軍幹部。こんな緊迫した場面で忘れっぽいドジっ子アピールをしやがる……!
数秒頭を悩ませた後に「まぁ、どちらでも良い」と話を続ける。
「私が以前来た時、お前達冒険者は邪剣のありかを知らぬと言ったな? 私も後で思い出したのだが、私は邪剣と契約している故に気配が感じられるのだ。それを辿ってくると、何とまたここへと戻ってきたではないか……! しかも、今、まさにここで邪剣の気配が感じられる。ここまで言えば分かるかな?」
つまり、この中に邪剣を隠し持っている冒険者がいるって事か。
そんな事を思ったのは俺だけじゃないらしい。周りの冒険者達がザワザワと騒ぎ始めた。
そんな様子を見たブランドリーはまた口を開き、
「邪剣を持っておきながら知らぬ存ぜぬとは盗んだも同じ。感じる……、感じるぞ。そこから邪剣の気配がッ!!」
そう叫び、ビシッと指差した。
冒険者達がそれにつられて指差した方向を向く。
すると、前の冒険者達と目が合った。思わず後ろを見ると後ろの冒険者達とも目が合う。……あれ?
もう一度ブランドリーを見ると……その指は真っ直ぐこちらへと指されていた。
「俺かよぉぉぉ!!!???」
またもやザワザワと騒ぎ始めた冒険者達、次々と白い目がこちらに向けられる。
「いや待て! 俺はそんなもん知らんぞ!」
そんな弁解の声はみんなに届かず、白い目は向けられたままだ。
すると、
「みんな落ち着けぇ! タケルは人の物を盗むような奴じゃない!」
そう声を張り上げたのは見覚えのある金髪だった。
いつもは残念イケメンのテインが今日は何だかとてもカッコよく見える。
「確かにタケルはポンコツ軍団のリーダーだ! だけどタケルは違う! ポンコツ軍団のリーダーでありながらポンコツじゃないんだ! 仲間はポンコツ……あいだだだだだ!」
ムスッとした顔のクロエとミーアに頬をつねられて、テインの悲痛な叫び声が上がる。
しかし、テインの叫びが通じたのか周りの冒険者達の見る目が変わる。
「確かにポンコツ軍団のリーダーだけどあいつは良い奴だ!」や「ポンコツリーダーはポンコツじゃない!」などと言ってる奴らは後で浣腸でもしてやろう。ってかポンコツリーダーってポンコツじゃねぇか!
「あくまで返さぬ、と言うのか」
その地を這うような低い声に冒険者達が凍りつく。
先ほどまでのふざけた雰囲気は消え失せ、
「私のマスターには手を出させません!」
俺の後ろから飛び出し、サッと短剣を構えるケイ。今日だけはそんなケイに頼もしさを感じる。
しかし、ブランドリーはそんなケイを気に留めず、何かをジッと見ている。
–––ケイの短剣を見ている?
周りの冒険者達も短剣を見ている。俺もそこは視線を向けると、–––短剣が赤黒い光を鈍く放っていた。
「……ケイ、それどうやって手に入れたんだっけ?」
「はい? 森の中で拾ったんですよ、前にも言ったじゃないですかマスター」
少し間、沈黙が流れる。そして、
「「「「「お前か!!!!!」」」」」
俺と他の冒険者達の声が見事にハモッた。
「私の邪剣は、持ち主の魔力量で姿を変える。もちろん、そこの娘のように魔力量が少ない者が持つと、まぁ短剣のような姿に形を変えるかもな」
「それを先に言えッ!」
思わずブランドリーにツッコミを入れてしまった。前来た時に長剣ぐらいの大きさって言ってたじゃねえか!
「おいケイ! 早く邪剣とやらを返してやれよ! 幹部さんが困ってるぞ!」
「嫌です。これはあの男が落とした時点で自然へと還ったのです。すなわちこれは拾った私の物です」
何故か頑固として譲らないケイと押し問答をしていると、
「返さないのなら、それでも良い」
諦めたようにしてブランドリーが呟く。
その一言に安心したのも束の間、ブランドリーは鞘から長剣を引き抜いて地面へと突き刺す。
「返さぬと言うのなら、殺して奪え返すのみよ」
そう言い終わるか否か、ブランドリーの周りから赤黒い霧が漂い始める。
霧の中では何かが大量にうごめいている。–––アンデットナイトだ。ボロボロな鎧と刃が欠けている剣を持ってこちらを睨みつけている。
「我がアンデットナイトの軍団よ! 貴様らは魔王様の加護によって聖属性の魔法が効きにくくなっておる! 恐れるものは何もない! まずは手始めに、あの小娘から我が邪剣を取り戻すのだ!」
「冒険者達よ! 私には多額の懸賞金が掛けられているぞ! 己が欲望の為、さぁ私を倒してみよ!」
「あぁ、もう! やるしかないってのかよ!」
腰からショートソードを引き抜いて構える。他の冒険者達も覚悟を決めたのか、次々と攻撃の姿勢に出る。
「ここが墓場になるのは私かお前達か。さあ、決めようではないか!」
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