8.やっぱりその手は暖かい
「おや、マスターこんな所で会うなんて奇遇ですね。せっかくですのでデートしましょう」
宿から出ると、明らかにに待ち伏せをしていたケイに捕まってしまった。
「なんですか、その面倒くさそうな顔は」
「いや別に。クロエとミーアは?」
「彼女達は朝からどこかへ出掛けているようです」
なるほど、つまり今日は俺とケイの二人きりという訳か。
–––面倒な事になりそうだぜ!
「さて、それじゃあ行きましょうか」
「ちょっと待てよ、行くってどこに?」
「決まってるじゃないですか」
ケイは腰に提げている短剣を引き抜いて巧みに回すと、ドヤ顔になって言った。
「スライム狩りですよ」
「えいッ! やぁッ!」
森の中で短剣を巧みに扱い、まるで舞踏するような剣さばきで次々にモンスターを倒していく。
モンスターに反撃させる隙も与えずに次から次へと駆逐していく。
……ふーん、結構やるじゃん。ちょっと見直したかもな。
「どうですかマスター! この剣さばきに思わず
「うん、お前が倒しているのがスライムじゃなければ
反撃してくる様子もないぷよぷよしているモンスターを
これじゃあ、どっちがモンスターかわからない。
–––スライム。ファンタジーにおいて最もポピュラーなモンスターである。スライムが出てこないファンタジーなどファンタジーではないとまで言える。
そんなスライムだが、実はかなり厄介なモンスターだ。
見た目でわかる通り物理攻撃はほとんど効かない。魔法攻撃が有効なのだが、スライムは何しろ数が多い。ウィザードだけで戦うのはかなり骨が折れるだろう。
そこで登場するのが
その魔法を掛けられた者は攻撃に魔法が付加され、掛けた魔法の属性に応じた攻撃ができる。
その他にも、元々属性攻撃ができる魔法武器なども存在し、それらもスライムには効果的だ。
ケイが扱っているのもその類だろう、斬りつけたそばからスライムが消滅していく。
属性攻撃をおこなうとそれに応じたエフェクトが起こる。例えば、炎属性だと燃え、雷属性だと眩く光るといった物だ。
しかし、ケイが持つ武器にはそれが起こらない。なんのエフェクトも放たずにスライムは消滅していく。
あんな武器は見たことないぞ……、ただの短剣だとは思えないが。
そんな事を考えていると、いつの間にか目の前にケイが立っていた。
「どうですかマスター。ますます惚れ直したでしょう?」
考え事をしてる内にスライムを全て倒したらしい。
「待て、まず俺はお前に惚れていない。 ……まぁ、結構やるなとは思った」
「えへへ。でしょうそうでしょう! 私だって日々成長してますからね!」
黒ずくめの装束からのぞく顔は汗だくになり、少し疲れているように見えた。
「久しぶりに褒めてくれましたね、マスター」
「……ほら、汗ふけよ」
「ありがとうごさいます」
持ってきていたタオルをケイに放ると、それで顔中の汗を拭い笑顔を覗かせる。
その笑顔にはいつもの
……こうやってみると可愛いんだがな。
「あ、マスター今私の事を可愛いと思いましたね」
「……思ってない」
「図星ですね! そうですね!」
「うるさい! ほら、終わったなら早く帰るぞ!」
図星を突かれた俺は思わず顔を真っ赤っかにして立ち上がる。
そんな俺の後ろをケイがクスクス笑いながら付いてくる。
その笑い声が次第に暗くなっていくような気がしたのは気のせいだろうか。
森を抜けて、街への途中にある平原でケイは話を始めた。その声のトーンで何やら良い話でないことが伺える。
「実は最近、夢を見るんです」
「夢? どんな?」
「私、あの洞窟にいるんです。暗くて、寂しくて怖くて。誰かが来るのを待ってるんです、一人でずっと。結局、夢が覚めるまで誰も来ないんです」
それを話す顔は、最初俺が出会った頃のケイの顔になっていた。何かを求めている、何かを欲しているがそれが分からない、といった顔だ。
「……あの頃を思い出したのか?」
「少し、だけ。でも大丈夫です。今は必要としてくれる人がいる。マスターが私を必要としてくれている。それだけで充分です」
「そっか」
また無邪気にケイは笑った。
ケイにはいつも笑っていて欲しいが、今はまだ無理なのだろう。だけど俺はそんな日が来るまで支え続けよう。
それが、あそこからケイを連れ出した俺の…責務だ。
「あの……マスター? 一つだけお願いがあるのですが」
「ん? なんだ?」
「あの、その。……手を握って欲しい、です」
モジモジと伏し目がちに俺に聞いてくる。俺はこれがミーアかクロエからの願いなら、恥ずかしがり断るだろう。しかし、ケイとなると意味合いが少しばかり変わってくる。この願いは簡単なものだが、ケイにとっては生きる希望そのもののなのだから。
俺が「いいよ」と答えると、ケイは革の手袋を嬉しそうに外す。
手を差し出すと、ケイは恐る恐る俺の手に指先で触れる。少しピリッとしたが、それを表情に出さずに笑顔を保つ。
そんな俺を見て安心したケイは手を強く握りしめる。
「街に着くまでだからな〜」
「……しょうがないですね。それで我慢してあげます」
「なんで上からなんだよ……」
ケイはクスクスと笑うと俺の顔を見ずに言う。
「やっぱりマスターの手は暖かいですね」
ケイの表情はいつものものへと戻っていた。それに安心した俺は握る手に少し力を入れてしまう。
ケイはそれに気づき、手を強く握り返して笑顔になった。
ケイの手を握る人は俺でなくてもいいのだろう。だけどこれは俺しかできないこと、俺がやるべきことなのだ。
いつか、ケイの手を握ることが出来る人、ケイの手を握りたいと思える人が現れるまで。俺はこの手を握り続けよう。
俺達は街へと続く門まで、そのままで歩いていった。
「あらあら〜〜? お二人さん仲良さげですね!」
「お、おい! そんな、破廉恥なことをする仲だったのかタケルとケイは!?」
–––不覚だ。
手を繋いで歩いているところをミーアとクロエに出くわしてしまった。
ニヤニヤと笑いながら煽るミーアと何やら顔を真っ赤にさせて怒っているクロエ。
誤解を解いて説明したいのは山々だが、話がすごく長くなるのでやめよう。
「何を言ってるんですか二人共。私とマスターは最初からズブズブの関係……」
「お前が言うとややこしくなるからやめようか!」
黙らせようと摑みかかるが、サッと避けられてしまう。避けられたのを意外に思ってると、これ見よがしにドヤ顔で反復横跳びを始めた。
かなりイラッとしたが、まぁ今日はいいだろう。
「こ、交際もしていない男女で、て、手を繋ぐなんて……、子供ができたらどうするんだ!」
「お前はどこのメルヘン貴族だ! 箱入り過ぎんだろ!」
「私は何か間違ってるのか!? ミーア、私がおかしいのか!?」
「あなたは正しいわよ。悪いのは色んな女の子に手を出してるあの変態よ!」
「お前は話をややこしくするなー!」
俺が怒鳴るとミーアはピューッと逃げて行った。
今日も騒がしい俺達のパーティだが、これはこれでいいかもな。
ふと、周りの様子が変な事に気付く。
何かザワザワしている……?
嫌な予感がする。
「タケル、何か街の人達が騒がしくないか?」
「確かに……。なにか慌てているような?」
大荷物を抱えて走ってきたおじさんに声を掛ける。
「すみません、何かあったんですか?」
「何やってんだあんたら! 早く荷物まとめて逃げた方がいいよ!」
その切羽詰まった表情からただ事ではない事が伺える。
「来たんだよ! 遂に来たんだよ!」
「来たって……何が?」
次の一言で、俺の予感が的中してしまった。
「魔王軍が攻めてきたんだよ!」
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