7.やっぱりこのお嬢様は忠告を覚えていない



「オオカラスの討伐? 金貨20枚!?」


ギルドに併設されてる酒場の一席で俺は思わず声を張り上げた。

周りから好奇の視線を向けられてることに気付いてサッと座り直し、改めて問い返す。


「はい、なんでも今回は依頼主が地主の貴族らしいです。なので報酬も法外な金額らしいですよ」


–––オオカラス、翼を広げると全長25mはあろう巨大なカラスだ。普通のカラスと違う点は大きさだけではなく、その捕食対象にある。


オオカラスは貴金属などを好み、それが高ければ高いほど好んで捕食するらしい。

貴金属を食べてるせいかその体は異様に固く、また素早いので初心者パーティではまず討伐など無理だろう。


そのオオカラスが最近ファストの近くで目撃され、それに慌てふためいた地主の貴族が依頼を出したという訳だ。


まぁオオカラスが襲うとしたら、貴金属のたくさんある貴族の屋敷が真っ先に狙われるだろうからな。習性としてより高価な貴金属を狙うらしいからな。


「作戦ってのは誰が考えたんだ?」


問いかけると静かに、そして意気揚々と手を挙げたのはクロエだった。


「それで、どんな作戦だ?」

「それは現場で話すとしよう。それなりに準備が必要だからな」


嫌に自信満々に話すと「ふふふふふ」と不気味な笑い声を上げる。

それにつられてケイとミーアまでもが「ふふふふふ」と笑い声を上げている。


……嫌な予感しかしない。














「……なんだこれ」


俺達は今オオカラスが目撃されたという南の森へと来ていた。その森の中の開けた場所、そこのすぐそばでオオカラスを待ち伏せしている。


開けた場所には積み重なるほどの貴金属や宝石。


「誰か説明お願いします」


俺の問いかけにクロエが自信満々に答える。


「オオカラスは高価な貴金属に寄ってくるだろう。だから我が家からかき集められるだけの貴金属を持って来た。そしてオオカラスが現れた所をみんなでドカン、という訳だ。なぁに、これらの物のことは気にするな。どうせいらない物だからな」

「この成り金貴族め!!」


思わず大声を張り上げてしまった。

ってか、これらを売った方がお金になると思ったのは俺だけか?

既にケイがいくつかの貴金属をふところに仕舞ったのを見てしまったが見なかったことにした。


すると、隣で上機嫌に鼻歌などを口ずさんでいるミーアに気づく。


「どうした? 嫌に機嫌が良いな」

「ふふ、気付いた? 実は私、魔法を使えるようになったのよね」

「マジか! 本当に修行してたんだな!」

「失礼ね、してるわよ!」

「どんな魔法を使えるようになったんだ?」

「そうね、初級魔法はほぼ全て使えるようになったわ! どう、崇め奉りたくなった??」


……初級魔法?

その言葉にさっきまでの興奮の熱が一気に冷めていく。


「初級魔法って言ったら、ファイアボールとかウォーターショットとかあの初級魔法?」

「そうよ。あらどうしたの、体をプルプル震わせて? 私の成長ぶりに感動してる?」


ま、マジか……。俺でも使えるぞそれ。


ぶっちゃけファイアボールなんてただの火遊びだし、ウォーターショットだってただの水鉄砲だ。


今回もミーアは戦力に入れずに俺がカバーするか……。



そこで俺はクロエの鎧の変化に気づく。


「あれ? クロエなんか鎧変わったな」

「おや、気付いてしまったようだな。それなら仕方がない。説明してやろう」


たまにこいつのワザとらしい所にイラッとする。


クロエはいつもの煌びやかな鎧の上から鉄の鎖で編み込まれた重そうなマントを羽織り、いつもの長剣も何やら輝きを増している。


「今回のオオカラスは今までのモンスターとはレベルが違うと思ってな、少しばかり鎧に改良を加えたんだ。少々重い気がするが、まぁ慣れるだろう」


こいつはまた金に物を言わせて……。

まあ、自分の金をどう使おうと勝手だから何も言わないが。


「シッ。みなさん静かにして下さい。来ました」


ケイの一声で空気が張り詰める。


次第に聞こえてくる飛翔音と辺りへ威嚇する鳴き声。

それは確実に近づき、俺達の真上を通過した。



–––グァァァアアア!!


姿を現したのは艶のある黒色の毛に鋭い爪とくちばし

あれがオオカラスか。

あんなに鋭い爪や嘴がかすりでもしたらひとたまりもない。


オオカラスは積み上げられ貴金属に気がつき、凄いスピードで向かってくる。


しかし、オオカラスは積み上げられた貴金属の上でしばらく旋回すると、急に動きを止めてその場でホバリングを始めた。


そして首を傾げ、こちらの方を探るように見始めた。


「……なぁ、クロエ。気のせいだと思うがあいつこっち見てないか」

「ふむ、私も気のせいだと思ったがどうやらこちらを見てるようだな」

「……なぁ、クロエ。その鎧って幾らぐらいするもんなんだ?」

「ふっ、幾らぐらいだと? この鎧を売った金で国が二つか三つほど買えるな」


思い出すオオカラスの習性。

より高価な貴金属に向かってくるという習性。


「てめぇの鎧のせいじゃねぇか! さっさとその鎧脱ぎやがれ!」

「や、やめろタケル! こんな所で! せめて明かりを、明かりを消してくれぇ!」

「ふざけてる場合かァ!」


クロエの鎧をガシャガシャ言わせながら脱がせようとするたびに、「アァッ」とか「イヤァ」とか艶っぽい声を上げる。


ええい、やり辛い!


「ちょっと二人ともふざけてる場合じゃないんですけど! オオカラスがこっちに向かって来てるんですけどー!」


先ほどまでホバリングしていたオオカラスは、こちらに狙いを定めて滑空を始めていた。


「とりあえずみんなバラバラに逃げろォ!」


俺は隠れていた茂みから飛び出し、散り散りに逃げることを指示する。


「ちょっとクロエこっち来ないでよォー!」

「おまッ、クロエをこっちに連れてくんなよミーアァァ!」

「助けてくれぇ! なんで二人共私から逃げるんだ〜!」

「「こっち来るな!!」」


後ろから聞こえる飛翔音に怯えながら貴金属の山の周りをグルグルと逃げ回る。

チラリと後ろの様子を伺うと、クロエが少しずつ遅れていくのが見える。改良して重くなった鎧のせいだろう。–––これじゃ改悪じゃねぇか!


そこでオオカラスの上に何かいることに気付いた。黒い人影がモゾモゾと……?


「ケイ!」


オオカラスの背中で離されまいと必死にしがみつくケイが見える。幸い、オオカラスには気付かれていないようだ。


俺は猛烈に感動している! いつもふざけてばかりでいるケイが今まさに俺達の為に体を張っている、それが堪らなく嬉しい。


そんな事を思ってるとケイが動き始めた。


羽根を引っこ抜いている?


何枚か引き抜いた艶のある羽根を、自分の黒ずくめの衣服に刺している。何か気に入らない様子でそれを繰り返す。

しばらくすると満足した様子でオオカラスから飛び降りた。

そして、オオカラスに捕まるまいと逃げ回る俺達の横に来て衣服を示し、


「カッコいいですか!?」

「「「何してんだお前は!!!」」」


俺の感動を返せ!

いちいち怒っている暇は無いので後で怒ることにする。


「くそっ! どうするどうする!」


いずれは体力が尽きて追いつかれるのがオチだ。それならばいっそ……。


すると、後ろの鎧の音が止んでいることに気付く。

鞘から長剣を引き抜いて構えるクロエ。どうやら迎え撃つつもりらしい。


「ナイトが敵を目の前にして背を向けられない!」

「さっきまで逃げてただろうが!」


オオカラスは狙いをクロエに定めて、物凄いスピードで滑空を始める。

クロエは長剣を握りしめ、正面から迎え撃つ構えを見せる。


「正面から来るとはバカなやつめ! さあ、この剣の餌食に……あああああ!!!」


ガッシリと鋭い爪で鎧を掴まえたオオカラスは上空へと飛翔を始める。


「まずいわ! オオカラスは硬い貴金属を高い所から落として粉々にして食べる習性があるの! このままだとクロエが粉々に……、きゃあああ!!」


掴まれたクロエは必死に抵抗を試みているが、オオカラスは物ともせずに高度をみるみる上げていく。


「おいミーア! 雷撃魔法は使えるか!? こうなったら一か八かクロエごと撃ち落とすしかない!」

「さ、サンダーボルトならいけるわよ!」


俺とミーアは横に並び詠唱を始める。

地面が柔らかくなるポーションをケイに渡し、落ちてくるクロエの補助を頼んだ。何かあった時のために買っておいてよかった!


詠唱を終えた俺達は手をかざして、オオカラスに狙いを定める。


「それじゃいくぞミーア!」

「オーケー! いつでもいけるわよ!」

「「『サンダーボルト』!!」」


オオカラスが上る空が黒雲と化す、刹那に轟音と共に二つの雷が落ちる。

一つは凄まじい光を放ちオオカラスの身を焦がした。もう一つは静電気のような光で、オオカラスに当たったかどうかも分からない。


「何じゃこりゃあああ!!!」


俺が撃った『サンダーボルト』は後者の方である。本職でないからと言い訳はできるのだが、ミーアが撃ったほうは比べ物にならないぐらいの規模だ。


まさに雷神の一撃。それによって身を焦がしたオオカラスとクロエが落ちてくる。


ケイはクロエが落ちてくると思われる場所にポーションを投げる。すると地面が水っぽくなったかと思うと、クロエが落ちてめり込む。どうやら無事のようだ。


「見ろタケル、私はこんなに焦げているのにこの鎧は傷一つついてないぞ! さすが我が家の鎧だ!」

「俺はお前の生命力にびっくりだわ……。それはそうとミーア、お前凄いじゃないか! あんなの上級ウィザードでもなかなか出せるやついないぞ!」

「それはそうよ、『精霊の加護』に全振りしてるんだから精霊を扱う魔法なら最強よ!」


ミーアはフフンと鼻を鳴らして自慢げに胸を張る。そこはかとなく寂しい胸元だが、今回のMVPなので見逃すことにした。


「なぁ、ミーア」

「なにかしらタケル?」

「それはそうと……、そろそろ止めてもいいんじゃないか?」


ミーアが放った『サンダーボルト』は今だに黒雲から放たれ続けている。

それは貴金属の山から周りの木々へと広がり始めている。


するとミーアはプイッと顔を逸らした。


「……おい、こっちを向きなさい」


–––プイッ。


「まさか、止められないのか……?」


その言葉にミーアは体をビクッと震わせた。


「あぁくそっ! どうせこんなオチだろうと思ったぜ! 走って逃げろー!!」


俺はボロボロのクロエを背負って二人に声を掛ける。

広がり始めた『サンダーボルト』は徐々にこちらへと近づいてくる。


凄まじい勢いの落雷を必死に避けながら俺達は南の森を後にした。














「クエストクリアおめでとうございます。あの、報酬のことなんですが……」


あの後、命からがら逃げ出した俺達はクエスト完了を告げ、報酬を受け取りにギルドの窓口へと来ていた。


「タケルさん達のパーティの魔法により、森に甚大な被害が及んでしまいまして……。あの、言いにくいんですけど、報酬は無しとなります……」


ミーアが放った『サンダーボルト』は収まるところを知らず森を焼き続け、消滅した頃には森が三分の一消えていたそうな。

その森の再生費用やらなんやらに報酬が差し引かれ、結果報酬無しになってしまったそうだ。


がっくりと肩を落として皆が待つ酒場の席へと戻る。


「クエストの報酬……は無かったようだなその様子じゃ。まぁ、誰も怪我をせずに済んだんだ。それでいいじゃないか」

「うん、お前が捕まらなければ大丈夫だったんだけどな」


とてつもない魔法を放ったミーアも怒ろうかと思ったが、ミーアの成長が見られたのでこれはこれでいいんじゃないかと思える。


しかし、


「どうですマスター! カッコイイでしょう!?」


いつもの黒装束の至る所に黒光りの羽根を刺して短剣を振り回している。


「へいへいそうだな。あれ? お前、そんな短剣持ってたっけ?」


手にしている禍々しい形をした短剣に気が付いた。ケイが持っていたのは初期装備の安っぽい短剣だったと思うが……。


「これですか? あの森で拾ったんです。この髑髏どくろの模様とかカッコよくないですか!」

「そんな怖ぇの拾うなよ……」


俺の言葉を気にすることなくケイはポーズを決めて遊んでいる。


「今回はクロエの鎧のせいでひどいめにあったぜ……。鎧……? あっ!」


そこで俺はゼフの言っていた占いを思い出す。–––次の戦いでは鎧を着ないことをおすすめする!


これのことだったのか……。っていうかクロエ、アイツすっかり忘れてんじゃねぇか。

自分から誘ってきた占いの結果を忘れるなんて実は占いに興味なんてなかったんじゃないいか、とさえ思ってしまう。


–––だけど俺は、ゼフの言っていたもう一つの警告をすっかり忘れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る