第11話 青いバラ

「ということで、その青いバラを引っこ抜いてきました」

「お前、素手で掴んだのか。アホだろ」

 雪那に言われて、アホとはなんだと頬を膨らませたが、バラを掴んだ手を開かされてその意味に気付いた。バラの棘が刺さって血が出ている。そうか、バラって棘があるんだっけとここでようやく思い出した。雪那はため息をついて、手を開いた瞬間に落ちたバラには目もくれず私の手を治療し始める。どこからかピンセットを取り出して刺さった棘を抜き始めた。

「痛い痛い、雪那痛いよ」

「じゃあ蓮太郎に舐めてもらうか。すぐに治るぞ」

「やだよ、ばっちい」

 蓮太郎の唾液には治癒効果がある。噛みついて血を啜った後にそれで証拠隠滅するためらしいが、蓮太郎に手をぺろぺろされるなんて考えただけで寒気がした。

 おとなしく治療され、大きい絆創膏を貼られた手のひらをまじまじと見つめる。ダサいけどなんか面白い。明日学校で話題にしよう。そんなくだらないことを私が考えている間に、雪那は床に落ちたバラを拾って観察し始めていた。

「ねぇ、青いバラって自然には咲かないんだよね?」

 私が声をかけると、雪那はバラから視線を外さないまま「ああ」と答える。

「着色したものだったり、紫っぽい色のものだったら見たことあるけど、こんな真っ青なバラが地面から生えてくるなんてありえないな。もし青いバラを咲かせることができたら一生遊んで暮らせる金が手に入るらしいし」

「え、じゃあそれ持っていけば億万長者に」

「こんな霊的なもの人間に渡せないだろ」

 雪那がまたアホと言いたそうな顔で私を見る。

「冗談だもん。………ていうか、やっぱり霊的なものなんだね」

「ああ、何か力が加わったような感じがする。調べてみないと何とも言えないけどな」

 雪那がそう言ってバラをぽいっと放ると、重力に逆らってふわふわと浮き、すぅーっと部屋の外に移動していった。後で思う存分調べるために自室にでも運んだのだろう。彼はその気になれば一歩も動かずに生活できるのではないかと思うほど魔法を使っている。魔法って疲れないのかな、と私が思っているところに純子が現れて夕食ができたことを告げたので、そんな疑問などすぐに忘れてテーブルへと向かった。

 食卓にはすでに眠そうな蓮太郎とご機嫌そうな縁がおり、私たちが椅子に座って食事が開始される。私と蓮太郎がよく食べるせいなのか、広いテーブルにはいつもぎゅうぎゅうに料理が並べられていて、それをすべて一人で作る純子にいつも感心していた。私はほとんど手伝いもせず食べること専門なので、この量を作るのにどれだけ手間がかかるのかは想像できないが、夕方からキッチンに立っていることを考えると私には無理な作業だなぁとご飯と共に噛み締める。今日も美味しい。うちは大皿に盛られた料理を各々が取っていくスタイルなので、最大のライバルである蓮太郎に負けないようにと私は素早く肉料理を盛っていった。ちなみに縁だけは彼専用の皿に魚が置かれていることが多く、競争とは無縁の優雅な食事をしている。

「桜、そんなに急がなくてもいっぱいあるんですから大丈夫ですよ」

 私があまりにもスピード感のある食事をするものだから純子が笑いながらそう言った。実際にいっぱい食べようと急いでいるのは私だけで、純子も雪那もゆっくり食べているし、蓮太郎は男らしい食べ方をしているだけで急いではいない。

「だってお腹空いてるんだもん。今日は結構動いたし」

 もごもご言いながら言うと、純子が気を利かせて少なくなった私のコップにお茶を注いでくれた。私は礼を言いながらそれで口の中のものを一気に流し込む。

「そういえば、高橋さんのお祖父さんの家に行ってきたんですよね」

「うん、結局バラの種は見つからなかったけど。棘で怪我したし」

 まだ少しチクチクと痛む手を見せると、純子は「気を付けてくださいね」と声をかけてくれたが、雪那は「素手でバラ掴むからだろ」と呆れて言った。

「そうそう、青いバラが急に咲いたから引っこ抜いてきたの」

 雪那の呆れはスルーして青バラの事実だけ伝える。純子の微笑みが苦笑になったのが分かった。

「それは引っこ抜いてきて大丈夫だったんですかね……」

「呪いの気配はしなかったから大丈夫だろうけど、その前に持って帰ってくるって発想が怖いよな」

 雪那がまた呆れた様子で言うので「失礼な」と言い返そうとしたが、縁が「俺もびっくりしたぜ」と雪那に同意したのでぐっと詰まった。

「ちぃっと目ぇ離した隙にぶちっと抜いてやがるからよぉ、よくそんな気味悪ぃもん持てんなって思ったぜ」

「そんな野蛮人みたいに言わなくてもいいじゃん」

 私がぶすっとして言うが、縁は笑みを引っ込めて急に真剣な顔になる。

「いやぁ、真面目な話よ、触った瞬間なんか起こるってぇモンもあるからな。わけ分かんねぇのは不用意に近づくんじゃねぇぞ」

「う……はい」

 私は項垂れて返事をする。そうか、よく分からないものって触っちゃいけないのかと反省した。私は自分の頭で理解できないことに出くわすと考えることを放棄して行動してしまうことがあり、今回がそれだった。自分じゃ分からないから家に持って帰って見てもらおうと単純に判断した結果だ。もっとちゃんと考えてから行動しよう。

「………その家の噂を聞いた」

 それまで黙っていた蓮太郎がおもむろに口を開いた。皆が興味を引かれて彼を注視したが、すぐに続きを話すことはせず「……もう一杯くれ」と純子に茶碗を差し出す。純子も笑顔で了承して炊飯器に向かい、私はいつの間にか料理が減っているのに気づいて慌てて食べるのを再開した。後は食べながら聞いていくことにする。

「メシはいいから、どんな内容だったんだよ」

 マイペースな蓮太郎にイラついた顔をして雪那が先を話すよう促した。白米がこんもりと盛られた茶碗を受け取った蓮太郎はそれを手にしたまま話し始める。

「………昨日、店の客に聞いた話だが、その家には五十年ほど前から何かが住み着いているらしい」

「人間以外にってことだよな」

「……人間はその前から住んでいたらしい。ある時期から何かが来て、バラが大量に咲き始めたと言っていた」

 蓮太郎の言葉を受けて雪那が考え込む。私は二人を見ながら今がチャンスとばかりにもぎゅもぎゅと口を動かしていた。ライバルは手を休めている。

「花を咲かせる何かなのか……? その客、他には何か言ってなかったのか」

「………じいさんをよく庭で見たとか、そんなことだけだな。青いバラを見たって話は出なかった」

 蓮太郎はもう話すべきことはないというように食事を再開した。もっと喋っててくれればよかったのにと思いながら私はお米を口に運ぶ。雪那はもう食事をする気はないようで、完全に箸を置いてしまっていた。

「植物に関係してるものならだいぶ限定されてくるけど、まだ調べてみないとな」

「そんなら、俺も猫らに情報ねぇえか聞いてくらぁ。化けたヤツなら五十年くらい生きてっだろうし」

「私も! 明日も家に行ってみるね」

「一人じゃ危険だからダメだ」

 私が勢いよく手を上げて意気込んだのに、眉を顰めた雪那に却下されてしまった。

「高橋くんも一緒だよ?」

「余計にダメだろ。明日は蓮太郎が一緒に行くから、それまで中には入るなよ」

「………おい、雪那」

 勝手に決めた雪那に蓮太郎が剣呑な視線を送ったが、「なんだよ」と逆に睨まれる。

「昼間に出ても灰になるわけじゃないだろ」

「………お前が行けばいいだろう」

「明日は仕事があるんだよ」

 言い切る雪那に蓮太郎は不満を隠さなかったが、やがてふぅっと息を吐いて観念したように肩をすくめた。再びご飯を口に運び始める。雪那は満足げな表情をしていたが、今度は私が不安になって聞いてみた。

「蓮太郎、寝てる時間なのに動いても大丈夫なの?」

「……死にはしない」

 何とも微妙な回答に不安をぬぐい切れなかったが、「いつもより数時間早く起きればいいだけだろ」という雪那の言葉にそれもそうかと納得する。どうせ私たちも学校が終わってから行くのだから、家に着くのは四時から五時の間になるだろう。七時に起きる蓮太郎にとっても大きな負担になるとは思えない。

「お前たちに反応してきたってことは、次は攻撃してくる可能性もあるからな。しっかり盾に使えよ」

「はーい。じゃあ、よろしくお願いしまーす」

 私が元気よく返事をしてから蓮太郎に言ったが、彼は少し眉間にしわを寄せて黙々と食べるだけで反応がなかった。いつものことなので私は気にせず、「おかわり!」と空になった茶碗を純子に突き出す。笑顔で応じた純子に礼を言って、明日も頑張るために私はご飯を頬張った。

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