第一章⑧
先程とは打って変わったような若々しい声で話し始めたかと思うと、額に札を貼り付けたまま、周囲をきょろきょろと見渡している。
だが、それ以上動けない自身の状況に気付いたのだろう。
「いやですわ! なぜ、わたくしは鎖で縛られているんですの? 一体何がどうなってるんですのー!?」
混乱したり苛立たしげに顔をしかめたりと百面相する死鬼に、陽琳は遠慮がちに話しかけた。
「あ、あのー……」
また暴れられては困る。できるだけ刺激しないようにと控えめに声をかけたつもりだったのだが、死鬼は不機嫌な様子を隠そうともせず、ぎろりと陽琳を睨みつけてきた。
「何ですの、貴女?」
「えっと、そのー……ちょっと聞きたいんだけど、貴女は誰? 死鬼なのよね?」
するとその死鬼は、陽琳の問いかけに、訝しむような目を向けた。
「しき? 何ですの? それは」
「えーっと、『死鬼』とは、死者を意のままに動かす術によって生み出された妖怪で……」
「はあ? 死者? 妖怪? 意のままに? ……失礼ですわね! 何を訳のわからないことを言っているんですの?」
その高飛車な口調は、まるで高貴なお嬢様のように思える。
先程までの理性のない凶暴な死鬼の姿との落差に困惑していると、死鬼は陽琳をじろりと見据えて言った。
「そもそも、人に質問をする前に、まず自分が名乗ることが礼儀ではなくて? それ以前に、わたくしをこんなふうに縛ったのは貴女達ですの? 早く解放なさい!」
「えっ! あ、そ、そうね!」
自らの扱いに不快を露わにする死鬼に気圧されるように、陽琳は慌てて「鎖を解いてあげて」と紫晃へと振り返った。
「よいのですか? また暴れだすかもしれませんよ」
「でも、お札のおかげか理性の制御はちゃんと利いているみたいだし……今はとりあえず話をすることが大切だと思うのよね」
「……承知いたしました」
しぶしぶながらも鎖を解く紫晃に、「もっと丁寧に扱いなさい!」と文句を言いながらも、死鬼は少しずつ落ち着いてきたようだ。
「まったく、どうしてわたくしの着物がこんなにも泥だらけなんですの?」
自身の姿を見て、ぶつぶつと不満を呟いている死鬼に、陽琳は説明した。
「えーっと、とりあえず自己紹介するわね。私は蔡陽琳。そしてこっちは、うちの家令の鄧紫晃よ。ここは清琉国の皇宮で、穴を掘っているうちに、たまたま貴女を見つけちゃったんだけど……そのう、貴女は一体、どこの誰なのかしら?」
陽琳の問いに対して、死鬼は眉をひそめると、妙に神妙な顔で考え込んだ。
「……わたくしの名前? 名前は確か……睡……蓮……そう、睡蓮、と、誰かがそう呼んでくださっていたような……。出身は……ううん、思い出せない……」
見た目からはわからないが、もしかして脳の一部がすでに腐ってでもいるのだろうか。
曖昧な記憶に悩む睡蓮という名らしき死鬼に、陽琳は言葉を続けた。
「えーっと、とりあえず、睡蓮って呼ばせてもらうわね。そのう、凄く言いにくいんだけど、実は貴女はすでに死んでいて、それなのに動いているという奇妙な状況であって……」
「はあ? 死んだ、ですって? わたくしが? 何を馬鹿なことを言ってるのです!」
陽琳の懸念通り、睡蓮は苛立たしげに声を上げて怒鳴った。
──が、
「……でも、確かに、そう言われてみれば……肌は白いを通り越して血の気がないですし、寒さも、暑さも、何も感じませんわ……。これって……」
睡蓮は愕然として、自分の両手を見ながら、言葉を続ける。
「わたくし……死んだんですの? いつ? どうして……?」
「……覚えていないの?」
睡蓮は力なく頭を振った。
「ええ……。わたくしが何者で、一体何をしていたのか……まるで思い出せませんわ」
「でもさっき、『睡蓮という名前で呼ばれていた』って言ってたわよね?」
「ええ……。なぜでしょう。あの方の声だけは、頭の中に、残っているのですわ……」
神妙な顔つきで瞳を伏せ、そっと袖で顔を覆った睡蓮の呟くような言葉に、陽琳は首を傾げた。
「『あの方』っていうのは?」
「わかりませんわ。でも……あの方が私を呼ぶ優しい声だけは、しっかりと、覚えているのです。わたくしは、その方を……ずっと、お慕い申し上げていた。そんな気持ちだけは、なぜかわかるのですわ」
「お慕い……?」
普段センカツに明け暮れてばかりで、女友達がいない陽琳は、聞き慣れない言葉に、一瞬固まった。
まじまじと視線を送ってくる陽琳に、睡蓮はどこか恥じらうように瞳を伏せた。
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