第一章④

 ぽかぽかとした日差しの中、陽琳は文机に肘をつき、窓の外に広がる庭園を見ていた。

 講師が朗々と教本を読み上げているが、声は右から左へと素通りしていく。

 今は皇宮を離れて暮らしているとはいえ、陽琳には皇族としての義務がある。

 式典などの公式行事への参加もその一つだが、他にも、不本意ながら他国や有力官吏などとの政略的な婚姻なども念頭に入っているのかもしれない。

 そこで何かと必要になる知識や立ち居振る舞いを学ぶために、皇宮へ日参している。

 だが、講義を受けていても、身が入るかと言われれば、それは別問題だ。

(早く終わらないかしら。さっきの場所、きっといいものが埋まってると思うのよね……)

 そんな考えばかりが、先程から頭の中をよぎっている。

 今朝発見した場所は明らかに周囲に比べて不自然だった。あの場所には、何かが埋められている可能性が高い。

 一刻も早く見に行きたいが、講義はこれから休憩を挟みつつ四刻も続く。

(あああ、もう! もし時間が止まってくれたら、今すぐにでもここを抜け出して、あの場所を見に行くのに!)

 陽琳はそわそわとして落ち着かなくなり、簪を頭から引っこ抜いていじり始めた。

 実はこの簪は陽琳が『センカツ七つ道具』と呼んでいるうちの一つの仕掛け筆だ。

 筆の部分に少量の墨が仕込まれており、先端を強く押すと筆先に墨が含まれる仕組みになっている。

 同じく頭に刺さっている銀の簪は、鞘付きの匕首――ごく細身の短剣だったりする。

 その他にも、小さな仙術書や無地紙、丹薬や香、さらには火を簡単に起こすための火薬棒などを常備している。

 センカツをしたくてたまらず仕掛け筆をいじるうちに、陽琳の中でよからぬ案が浮かび上がってきた。

(……そうだわ! 眠りの香で先生を眠らせてみようかしら……!)

 酸棗仁という、精神安定効果のある植物を、古い時代の仙丹研究書に基づいて抽出して作り出したこの「眠りの香」は、護身用のつもりで忍ばせていたものだが、実際に他者に使ったことはない。

(でも、自分自身で嗅いでみて、効果と安全性は実証済みだし……!)

 緩やかに眠気が襲ってきて、心地良い眠りに入り、一刻ほど眠った後は爽やかに目が覚めるなかなかの優れものだ。

(よし! これも一つの実験よ。先生、ごめんなさい!)

講 師の隙を見計らって、机の下でごそごそと作業を始めた。



 ――しばらく後。

「……思ったよりあっさり眠っちゃったわね。先生、かなりお疲れだったのかしら?」

 教壇に突っ伏して心地良さそうに寝入る講師を起こさぬよう、足音を忍ばせながら部屋の扉へと向かった。

(だいたい効果は、一刻くらいだから……その間にさっきの場所を軽く掘って、ここに戻って来ればいいわね)

 そうっと扉を開け、きょろきょろと周囲を見渡し、外廊に人が居ないことを確認する。

 ほっと胸を撫で下ろして、芙蓉宮を出ようとした、その時だった。

「そこで何をしてらっしゃるのですか?」

 突如、冷ややかな声をかけられ、陽琳はぎょっとなって立ち止まった。

「し、紫晃⁉ それに、輝瑛兄様! どうしてここに……」

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