第10話 Will you still love me?
「いらっしゃいませー。」
──ここはアクセルの街のとあるアイテムショップ。
商才はまったくないが、美人で気立てのよい女店主と、少し変わった店員が居る店。
今日も朝から女主人の明るい声が街に響く。────
「この前注文してたポーション取りに来たんですが…。」
「あぁ。八百屋のビーンさん。お待ちしておりましたよ。えーっと…確かここに……。」
女店主はカウンターの裏側に頭を突っ込み、がさごそと中を探る。
「…あれー?どこでしょー?………あった!
はい!ビーンさん。インポテンツ治療薬“ミナギルエース”でしたね?! これで今日は奥様もきっとお喜びですわ!頑張ってくださいね‼」
「えっ?! わっ!もういいです!いやーっ!」
「…お代……。えー?!なんで~?」
ぱっかーん‼
「みゅぅぅ?!……痛ーい!何すんですかーバニルさん?!」
「当たり前だこの腐れ店主!!」
大きなハリセンを手にしたエプロン姿の仮面の美丈夫が仁王立ちしていた。
「みゅぅ…なんで~?」
「易々と他人の秘密をカミングアウトしおって‼ あれでさらに不能度合いが進んだらどうするつもりだ?!」
「えー。だってほんとのこと言っただけですよー?」
「時と場合があるだろう?! ……まったくこのポンコツ店主は…。こんな高い薬、返品出来ればいいが、出来なければ当分肉抜き野菜炒めだぞ?」
「えぇぇぇ?! 萎んじゃうぅ‼」
「…ムダに胸だけは育っておるではないか。 ふん。我輩は少し出てくる。くれぐれもポンコツぶりを発揮しないようにな。」
「はぁ~い…ってどこ行くんです?」
「…ちと魔界に帰ってくるのだ。帰りは遅くなると思う。」
「えっ? だって今日は………」
「まぁ今日中には戻ってくるわ。……あぁそれと、もしかしたら我輩の客が来るやも知らん。来たら、予定通りに頼むとだけ伝えてくれ。伝えれば分かる。」
「………はい。分かりました。」
「じゃあ行ってくる。」
****************
「ぶー。」
昼過ぎ。
今日は珍しく客の途切れない日だ。
先ほどまで大量の黒色火薬を買って行った客に対応していたため、少し遅めの昼食を用意した。
「もぉぉ。卵入れちゃいますからね。」
昼食はいつもの白米に、今日は卵を乗せてやった。
だって今日は特別な日なんですから。
なのにあの人ったら………
「ぶぅぅー。」
本日何度目か分からないくらいのぶーをたれる。
もぉぉ。今日は記念日なんですよ?
せっかく二人きりでお祝いしようと思って、昨日からお料理仕込んだのにー。
奮発したのにー。私を置いてどこ行ったー?あいつめ。
そりゃぁ私はポンコツですよ。えぇ。分かってるんです。
あの人の足手まといにしかなってないですー。
けど私だって、一生懸命頑張ってるんだもん。
良かれと思ってやった事がぜんぶ裏目になるんだもん。
あんなに怒らなくても良いじゃないですか。本当に
商品名をただ読み上げただけじゃないですか。どこか間違ってます?
アイテム屋さんがアイテム名言ったっていいじゃないですか。
……まぁその後余計なこと言ったかもしれませんけど…愛想ってものがあるでしょ?
私は仕事出来ませんけど、愛想はいいんですー。
…なんか言ってて悲しくなってきちゃった。
とにかく、こんな大切な日にどこ行っちゃったんですか?あの人は。
今日は初めてあの人が店に来てくれた記念日。
あの人は覚えていないかも知れないけど、私にとっては、大切な大切な記念日。
カズマさんと魔界に行って、あの人の秘密を知ってしまってから、ターニャさんづてではあるけれど、あの人は私を愛してくれてるって知った。
あれからもう10年。
でも、本人の口からはぜんぜん何にも言ってくれない。
私だって、
あれからけっこういろんな方からお誘いを貰ったのだけど、ぜんぶきっぱりとお断りした。
だって、私も…その…あの…
…あの人が好きなんですもの……。
すごい身分違いだって分かってる。
あの人は悪魔族の王様。私なんてほんの不死者の王様。到底届きっこない。
だけど好きなの。好き。大好きです。
愛してるの。この想いはどんな言葉も追いつかないの。
いくら言葉を尽くしても現せない。
バニル…さん。
こんなアンデッドな女なんて、嫌だろうなぁ。
「うぅぅぅ。がおー!」
卵ごはんをかきこんだ。
いいもん。
アンデッドは独りでじめじめウジウジと生きてくもん。
いつか誰かに滅ぼされるのを楽しみに生きてくもん。寂しくなんかないもん。
寂しくなんか………………
「えーん。バニルさんのバカー!」
*****************
夜。
結局バニルさんは帰ってこない。
もしかしたら今日は帰らないのかも。
せっかく作ったお料理なんだから、独りでお祝いします。
どうせいつも独りだったんだから。昔に戻っただけ。
「……う………ぅ……」
ひとりきりの食卓。
いつも独りでいたあの頃の事なんて
もうとっくに想い出せやしないじゃないですか。
独りの夜も
あの人がずっとそばに居てくれた。
……寂しいな………なんで私…
リッチーになったんだっけ…
涙が次から次へ溢れてくる。
お料理が美味しくないですね。
しょうがないけれど。
「こんばんは。ウィズ? 居ますか?」
──誰? こんな時間に…。
急いで顔を洗う。
お客さんにみっともない顔は見せられない。
いつもの笑顔にならないと。ふぅぅ。
よし。
「どなたですかー? 今開けますねー。」
ドアのカーテンを開けると……めぐみんさん?
「こんばんはウィズ。遅くにすみません。」
「いえいえ大丈夫ですよ。 何か御入り用ですか?」
「いえ。バニルは居ますか?」
「…バニルさん? 彼は朝から魔界に…」
「そうですね。じゃぁ何か私に伝言はないですか?」
「……めぐみんさんに…? …あっ そういえば、バニルさんのお客が来たらって言われてました。確か…予定通り頼む。と。」
めぐみんさんがすごく可愛らしく微笑む。
「分かりましたよ。 では一緒に来て下さい。」
「えっ? 何処に?」
「来れば分かりますよ。さぁ。支度なさい。」
「………はい…?」
訳も分からず支度を済ませ、めぐみんさんについて外へ。
夜も更けたアクセルの街を二人で歩き、到着したのは街外れの湖にある古びた小さな御堂。三方が切り立った崖になっていて、モンスターも近寄らない。
その崖の谷あいに小さな湖があり、夏場は子供の遊び場になっている。
「めぐみんさん…? 一体なんです?」
めぐみんさんは御堂を背にして、私の方を振り返った。
すごく楽しそう。何?
「私の主人の親友にね。バカがつくほど口下手な男がいるのです。
その人があなたにどうしても伝えたい事があるんですって。」
「…は? カズマさんの親友が私に…ですか…?」
めぐみんさんが私においでおいでをした。
何がなんやら分からずもめぐみんさんに従い、そばに行くと、めぐみんさんは私の肩を持ってくるっと湖と崖のほうに私の身体を反転し、後ろから私を抱きしめた。
「えっ? えっ? どうしたんです?」
めぐみんさんは私の耳元でくすくす笑って
「いいからいいから。私たちはここであなたの騎士様の誓いを聞いていましょう。」
そう言って、私を抱きしめたまま、右手をそっとかかげた。
「────────────!!!」
瞬間、轟音が湖に響き渡る。
続いて紅い閃光が右の崖の上から、青い閃光が左の崖の上から、同時にスパークした。
思わず身体が仰け反る。しかし、めぐみんさんが優しく支えてくれた。
「なっ 何が起こるんですか?! 大丈夫ですか?!」
「大丈夫です。まぁ見ていましょうね。」
紅と青の閃光は光を増していき、やがてめらめらと燃えさかる。
二色の炎の中心には……人?!
あっ あれ、青い炎はえいみーちゃんで、紅い炎はこめっこちゃん?!
なんで?! 何が始まるんですか?!
二人はゆっくりと両手を頭上にあげ、青と紅の炎もそれに呼応するように高く高く登っていく。
凄い。なんて魔力の量なの?!
エクスプロージョンをも超えてるかもしれない。
彼女たち、まだ15歳になったところじゃなかった?!
末…恐ろしいですね…。
「みーちゃん!こっちゃん!いいよ~!!」
突然、正面の崖から声が。
みーちゃんこっちゃん? まさか…めあねすちゃん?!
「「了解!!」」
えいみーちゃんとこめっこちゃんが叫んで、頭上の両腕をめあねすちゃんに向けて振り下ろす。
「──────────────!!!!!」
爆音と共に青と紅の炎が、それぞれ螺旋を描いてめあねすちゃんに襲いかかる。
めあねすちゃんはそれをにこやかに片手ずつで受けて、両手を拡げる。
えいみーちゃんから青い炎、こめっこちゃんから紅い炎が繋がり、めあねすちゃんの身体から金色の光が二人に放射された。
湖をすっぽりと三色の炎の三角形が包み込む。
めあねすちゃんが叫ぶ
「いっくよ~!! せ~のー!」
「「「トライプロパティ・エクスプロージョン!!!」」」
三人が声を合わせてその名を唱えると、三人を繋いだ炎の三角形が立体化して、綺麗な三色の爆焔の大三角体が出来上がった。
内部には青と紅と金色の炎が渦巻いて、ゴォゴォと燃え盛っている。
「「「行っけー!!!」」」
三人の腕が湖に振り下ろされ、大三角体が轟音を轟かせ、ミサイルのように突き刺さった。
刹那
一瞬にして湖が、水蒸気も残さず蒸発した。
も……物凄い……。
この子たちがこんなに凄いとは……想像すらしてなかった…。
オリュンポスの神々が恐れる訳も分かります…。
人間が使える最大火力のエクスプロージョンをも軽々と超えてる。
一体エクスプロージョン何発撃てばこの湖が水蒸気ひとつ残さずに消し飛ぶんだろう…?
口を開けてその光景に絶句してると、めぐみんさんが
「ウィズ? 湖の底、見てみなさい。」
そこには…………えっ? バニルさん?
なんで? つるはし持って…? 顔が真っ赤…?
「ちゃんと見なさい。なんて書いてあるの?」
くすくす笑うめぐみんさん。
あぁ。湖底の岩盤に文字が書かれてるのか。
………………!!
私はたまらず湖底に向かって駆け出した。
もぉぉ。もぉぉぉ。バカなんですから……。
思いっきりバニルさんに飛び込む。
彼と一緒に湖底にひっくり返ったが、彼は私を抱いて下敷きになって庇ってくれた。
「危ないだろう?! いきなり飛びつくな!」
「そのくらいじゃ死にません。なんせアンデッドなんですから。」
「我輩もアンデッドであるから大丈夫だ。」
「そうですね。お互い永い永い人生になりますね。」
「……その…どうなんだ…? お互いに永すぎる人生だ。飽きが来ることもあるだろうし……上手くは言えんが……その…」
「はいはい。言わなくてもけっこうですよ。ちゃんと解っていますから。
飽きが来るなんてとんでもないです。永遠なんて短すぎますよ?
あなたを愛する時間なんて、永遠なんかじゃ足りないくらいです。
あなたとともに生きたいです。ずっとずっと。
ずっとそばに居てくださいね。」
私からキスしてやりました。
長い 永いキスを。
湖底の文字は大切に残しておきますからね?
誰もが居なくなっても、ずっと二人で見守っていきましょう。
あなたと私の永遠を繋げた言葉を。
Will you still love me for the rest of your life?
《君の残りの人生で、私を愛してくれますか?》
*****************
「いらっしゃいませー!」
──ここはアクセルの街のとあるアイテムショップ。
商才はまったくないが、美人で気立てのよい女性店員と、
少し変わった店主が居る店。
今日も朝からふたりの声が仲睦まじく街に響く。────
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