極貧ニートとアイドル声優
伊武大我
極貧ニートとアイドル声優
惨めだ――
1ヵ月ほど前に、仕事を辞めた。
辞めた、というか、確かに自分で退職願を出したが、どちらかというとクビに近い。
理由は簡単だ。
仕事ができなかったから。
新人のうちは失敗して仕事を覚えるもんだ、というが、みんなの許容範囲を超える量のミスをしていた。
自分でもびっくりだ。
こんなに仕事ができないとは思わなかった。
学生の頃からこんなに落ちこぼれだったわけではない。
良くも悪くも、普通くらいだった。
初めから落ちこぼれだったなら、こんなに落ち込むことはなかっただろう。
初めから優秀だったなら、こんな事にはならなかっただろう。
中途半端に、ある程度ではあるが、物事をこなせてしまっていたので、想像以上のショックを受けてしまった。
今は昼間だろうか――
どうせ夜になったら閉めるんだから、と、カーテンを開ける事も無くなってしまった。
ひたすら布団で横になり、腹が減ったら、手が届く所にある物を食い、そしてまた、ただひたすら布団で横になっていた。
寝てはいない。
常に布団にいるので、眠気はない。
かといって何かしたいわけでもない。
しかし、真っ暗な部屋で、視覚すらも使っていない状態では、あまりにも空しくなってくる。
なので、最近はラジオを垂れ流している。
金は少しならある。
それこそ、何もしない、一人暮らしのニートならば、極貧生活を続ければ、数か月はとりあえずは生きていけるだろう。
ただ、それは極貧生活をした場合の話。
なので、テレビは使っていない。
垂れ流しでは、電気代がかかる、と思ったから。
ここにあるテレビは、部屋に最初から付いていた、新しい物なので、あまり気にするほど電気代がかかるわけではないと思うが、なんとなく高くなってしまいそうな気がした。使ってると、画面が熱いのだ。
なので、ラジオを垂れ流す事にした。
百均のラジオに、百均の電池を使えば、かなり安く済むだろう。
そう、思った。
ラジオから、すごくキャピキャピした歌声が聞こえてくる。
司会の人の話を聞いてみると、どうやらアニメソングの番組のようだ。
仕事をしていた時は、残業でテレビなんか見てる暇なかったし、ネットもたまに検索に使うだけ。
だから、最近の流行りは全く知らない。
ましてやアニメなんて、小学生の頃に見ていた、ってくらいのもんだ。
当然、今流れている曲は、どれも知らない。
特に聞きたいわけでもないので、聴いていなかった。
*
――知ってる……。
ラジオから聞こえてきた曲に、思わず体が反応して、ラジオを見つめてしまった。
この曲は知ってる。
どれも知らないと思って、聞いていなかった、アニメソングの番組から、急に聞いた事のある曲が流れてきた。
小学校の時に見た事がある。
なんか、女の子がロボットに乗っていた気がする。
そもそも耳に残る曲だが、当時バンバンCMが流されていたので、なんとなく覚えていた。
しかし、それだけなら別に驚く事でもない。
アニメソングの番組なんだから、昔のアニメソングが流れる事もあるだろう。
俺がついラジオを見つめてしまったのは、歌声が違ったからだ。
記憶にあるこのアニメソングは、こんなに素人くさくなかったはずだ。
しかしそれも、最後まで聞いてわかった。
これは生放送なのだ。
ゲストの人が、生歌で自分の好きな歌をカバーしていたのだ。
なるほど、加工無しだから、素人くさく感じたのか。
最近は、ある程度の音痴なら、加工でどうとでもなるらしい。
おそらく、そういう事なのだろう。
と、そう思ったが、やはり違った。
話し声に聞き覚えがある……。
訝し気に話を聞いていると、久しぶりにこんなにびっくりした。
この声、この名前……小学校の時、同じクラスだった奴だ!
すっかり名前も、存在も、忘れてしまっていた。
それもそのはずだ。
何回か席が隣になった事はあるが、向こうが女だった事もあり、あまり話した事は無い。
どうしても暇な時、向こうから一方的に話しかけてきた。
それが、そのアニメの話だった。
その頃からオタク気質だったのだろう。
小学生が見るような感じではないアニメだった。
実際、クラスでそのアニメを見ていた奴は誰もいなかった。
だから、そいつは誰とも話が合わなかった。
なので、そいつは先生に話していた。適当に話を合わせてくれるから。
しかし、そのうち仲間が欲しくなったのだろう。俺に勧めてきた。
俺は、その頃は全くアニメを見なかった、というわけではないが、あまり見たいとは思わなかった。
やはり、まだ小学生には早かったのだろう。
適当に話を合わせておいた。
ある時、そのアニメはちょうど学校から帰った時間にやっている事を知った。
あいつは、熱弁するあまり、いつやっているのかは言ってなかった。
というか、てっきり衛星放送とかだと思っていた。
聞いた事もなかったから。
話を聞いていた時は、興味がなかったが、いざ目の前にすると、やはり気になってしまう。
試しに見てみた。
ちょうどオープニングからだった。
まあロボットはかっこよかった。
だが、ストーリーはよくわからなかった。
次の日、あいつは、前日のそのアニメの内容を、先生に熱弁していた。
先生は、聞いている風だが、空返事だ。
すべて語り切る前に、チャイムが鳴った。
先生は、早々に会話を切り上げて、授業を始めてしまった。
席に戻ってきたあいつは、まだ話し足りなそうだった。
そこでつい、言ってしまった。
「それ、昨日見てみたよ」
と。
あいつは、目をキラキラさせて、
「おもしろかったでしょ!!」
と、詰め寄ってきた。
あ、今出してはいけない話題だった、と思ったが、もう遅かった。
矢継ぎ早に言葉が飛んできた。
そんなに語られても、一回見ただけなので、全然分からないんだが……
俺がちょっとたじろいでいると、授業中だぞ、と、先生に怒られてしまった。
その場はなんとか助かった。
それから、毎日、俺にはそのアニメの話題を振ってきた。
主人公の女の子がかわいいよね!
とか、
敵の〇〇様がかっこよくてね!
とか、
俺が見た回は、主人公と別行動をしていたキャラたちの回だったので、どっちも出てこなかった。
ただ、
ロボットもかっこよくてね!
という言葉には頷いた。
それは素直にそう思った。
アニメの放送があった次の日は今週の感想、来週までは今までの復習、放送のある日は次回予告から考える今回の話の推測、と、俺は常にそのアニメの話をされていた。
基本的に聞いているだけだった。
見てないから。
初めて見た週からしばらくの内は、俺も見ていたが、あまりに熱く語られるので、次第に飽きてしまった。
もちろん、そいつには言っていない。
そのアニメの放送が終わる頃、席替えがあった。
あいつとはかなり離れた席になった。
それでも、他にそのアニメを知っている人がいないので、たまに俺に話しに来た。
しかし、それも次第に落ち着き、
そいつと会話をする事は減っていった。
しばらくして、クラス替えがあった。
あいつとは、違うクラスになった。
そのまま、話をする事はなかった。
卒業アルバムの将来の夢を書く所に
「声優」
と、書いていたのだけ覚えている。
知っている奴の声を、公共の電波で聞くだけで、こんなにびっくりするとは思わなかった。
ていうか、まだ好きだったんだなあのアニメ……。
あの時と同じように、ものすごい勢いで語っている。
なんだか、懐かしい。
歌手ではなく、声優としてゲストに来ているようだ。
今大人気のアイドル声優と紹介されていた。
俺にはすごいのか分からないが、レギュラーが10本と言っていた。
あいつが将来の夢に「声優」と書いていたのを知っているだけに、なんだか嬉しかった。
そして、とても悔しかった。
*
ついに食糧が尽きたか――。
手が届く範囲にも、歩いて届く範囲にも、食糧が無い。
食い尽してしまった。
さすがにグミでは腹の足しにならない。
せめて、ポテトチップスでなくては。
いくらなんでも、餓死するのを待っているわけにもいかないので、外に出る事にした。
歩行が可能か不安だが、仕方ない。
節約のために、今はネットを使っていないので、通販も使えない。
自分で行くしかない。
すぐ目の前にコンビニがある部屋にしておいてよかった……。
久しぶりの外は眩しい。
空気ってこんな味だったか……。
目の前にあるので、何度か来たことはあるが、かなり久しぶりに来たので、店員の顔ぶれは覚えていない。
おそらく、新人か、そうじゃなくても俺も向こうも、もう顔を覚えていないだろう。
とりあえず、保存が効きそうな物をカゴに入れていく。
ポテチはマストだ。
ある程度保存も効くし、腹も膨れる。
調理の必要もない。
あとは定番だが、缶詰か。
ポテチほど腹は膨れないが、味のクオリティが違う。
こちらも調理不要というのがいい、
――ちょっと高いがたまには良いだろう。
と、弁当も買った。
保存が効かないので、すぐ食べるしかない。
普通の食事は、とても久しぶりだ。
ふと、雑誌が目に入った。
そういえば、どうなったかな。
今は金を使うわけにはいかないので買っていないが、働いていた頃はよく漫画雑誌を買っていた。
今読んでいないとはいえ、やはり続きは気になる。
申し訳ないが、立ち読みさせてもらった。
……おかしい、最後に買ったのはかなり前なのに、まだ続きをやっている。
そんなに進みが遅い漫画だったか?
おっかしいなー……、と、思いつつ、ページをめくった。
――あいつがいた。
声優になったはずの、あいつが。
しかも、水着だ。
さすがに引きこもっていても、外の気温でわかる。
今は夏じゃない。
なのに、水着だった。
しかも、グラビアアイドルみたいな、水着とポーズで。
最近の声優はこんな事もしなきゃいけないのか……。
ちょっと同情した。
ついつい、肌色に釘付けになっている所に、知っている声が話しかけてきた。
「あれ!? なんでこんなとこにいんの?」
そいつは、高校の時の友達だった。
正確に言えば、小学校の時一緒だったが、中学で別になり、高校でまた一緒になった友達だ。
だから、付き合いで言えば結構長い。
最近は会っていなかったが。
まさか、こんなところで会うとも思わなかった。
働き始めた頃に会ったのが最後だったので、お互いの近況報告で盛り上がった。
俺は、仕事を辞めた事。
こいつは、今やってる仕事の事。
「でな、今の仕事な? いや、自分でもびっくりなんだけどさ!」
そういって、こいつは、俺が釘付けになっていた雑誌のページを指さした。
「そいつのマネージャーやってんだよ!」
なん…だと…
「いやー、ほら俺ってオタクじゃん? だから声優のマネージャーなら声優と仲良くできるかなぁって思って今の会社に入ったんだけどさ! まさか小学校の同級生の担当になるとは思わなかったよなぁ!」
そんな漫画みたいな事がほんとにあるんだろうか……
「だからさー、お前がそいつのグラビア見てたから、もしかして好きなんかなーって思って。なんならサイン貰ってこようか?」
と、ニヤニヤしながら聞かれた。
俺はなんだか恥ずかしくなって、そんなんじゃねーよ。漫画読みたかっただけ。って言いながら会計をして、店を出た。
ついついあいつが載ってる雑誌も買ってしまった。
いらない出費だ。
ていうか、まさか、身近な奴にそんな運命の出会いのような事が起きているとは思わなかった。
――なんだか、とっても悔しい。
どうせ買ったんだからと、俺は、いらなく買ってしまった漫画雑誌を読んでいた
しばらく見ないうちに知らない漫画が増えている。
そして、好きだった漫画が無くなっている。
まあ、元々人気があるとは思っていなかったが。
そこで、また、カラーページを開いてしまった。
笑顔のあいつが載っている。
水着で恥ずかしいだろうによく頑張るなぁとまじまじと見つめる。
……ちょっとかわいくなったな――。
と、そこでまた、あいつの声が聞こえてきた。
別に見られてるわけではないが、思わずビクッとしてしまった。
今度はどうやら、普通の音楽番組のようだ。
声優としてではなく、歌手としてソロ活動もしているらしい。
そうして、自分で作詞した歌が、かなり売れたようで、今こうして音楽番組に出ているのだ。
ただの声優なのに音楽番組だなんてすごいじゃないか。
俺はそう思った。
有名な司会者と会話をするあいつは、緊張しているのか、どこかたどたどしい。
私生活の事を聞かれたり、仕事の事を聞かれたりしていた。
結構忙しいみたいだ。
俺とは違って。
ひとしきり好きな男性のタイプを聞いた後、司会者は曲の質問をした。
今回は作詞もしたみたいだけど大変だった? とか、どういう気持ちで作ったの?とか。
あいつは、ちょっと恥ずかしそうにしながらもそれに答えていた。
そして、自然な流れで曲に入った。
俺は、興味がないつもりだったが、水着まで見てしまって興味が湧かないわけがない。
目を瞑って、ちゃんと曲と、歌詞を、聴いた。
あいつは曲に入る前に言っていた
「この前、ふと、昔好きだった人の事を思い出したんです。私の片思いだったし、おそらくその人は気付いていないと思うんですけど、その時の事が懐かしくて、そしてなんだが、思い出したら切なくて……でも楽しかった。その時の思いを書きました」
と。
俺の事ではない。
あいつは昔、好きな人がいる、と、言っていた。
おそらく、そいつの事だろう。
だが、俺も同じ時を過ごした事に変わりはない。
懐かしさと、切なさ。
そして、楽しさ。
確かに歌詞から、あいつの歌声から、伝わってきた。
自然と涙が頬を伝った。
あいつの歌に泣きながら、今まで見ていた水着のあいつの笑顔が、目に入ってしまった。
あいつはこんなに良い歌を作るし、こんなに笑顔で、頑張っているんだな……
そして、急に今までとは違う涙が、溢れてきた。
あいつはこんなに頑張っているのに……俺は何もしないで……昔の友人の水着にニヤニヤして……こんな暗い部屋で…………
惨めだ――
何もできない
何をしてもミスばかりで
一日のうりあげを数えるだけなのに
それすらもまともにできない
なんにもできることがない
惨めだ――
俺は歌もできなければ
テレビに出れるほどの顔もない
演技もできないし
えもかけない
ほんをかく、ぶんさいもない
とてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとても
みじめだ――
ザ―――――ッ
プツン――――――
極貧ニートとアイドル声優 伊武大我 @DAN-GO
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます