6.ハルは呆れる
それはグレイさんだった。まごう事なき昨日追い払ったはずのグレイさん。
石七つのエリートグレイさんが何故かチェルシーと一緒に私の目の前に立っていた。
「館長室で待ってましょうよ。一緒に行きましょう?」
「…………」
そしてまたもや不機嫌そうだった。
いや、もしかしたらそれが素なのかもしれない。むっつりと黙り込むようなああいった顔しか見た事がないのでそれも十分あり得る。それとも石なしのために足を運ぶ事自体不本意で仕方ないのかもしれないけれども。
腕を絡めて引っ張るチェルシーを少し煩わしそうに見やって、そして私を見た。正確にはデヴォンを含めて、だけど。
腰のあたりに目を落とし眉を顰め、胸を反らして目を眇めた。
「ハル、あれは誰だ」
突然の石七つの人間の登場に、さすがのデヴォンを声を潜めて聞いてきた。
その際に腰に回った腕の力が強まって少し苦しい。というか、距離がさらに近くなってもう最悪。
さらにここに揃っている人間の顔ぶれが良くなさすぎる。私にとって鬼門な人物しかない。
仕事したいんでよなぁ、私。館長に怒られたくないから。
「ちょっと、いい加減にもう離してくださいよ!」
「もしかしてあれは『神のいとし子』か?」
「知りませんよ! そうなんじゃないですか?」
目の前にいるんだから本人に聞いたらいいじゃんよ。いつもはズケズケと苛立たしいほどに聞いてくるくせに、案外相手が強者だと分かると途端に気弱になるだなんてこいつ小者だ。
「どういう事だ? お前に会いに来たのか?」
「単なる暇潰しじゃないですか? 一応誰でも来れる資料館ですからね、ここ」
万人にオープン過ぎて嫌になるくらいに色んな人が来るところだから、『神のいとし子』がふらりとやって来てもおかしくはない……、という体で話を進めようとしたんだけど、そうはいかなかった。
「馬鹿。石七つもある人間が暇人なわけあるか」
「痛っ……」
デヴォンが妙に食い付く。
少し興奮したかのように私のお腹に指を食い込ませてきた。その痛みで私も思わず呻く。
馬鹿力! あんまり肉がないんだから骨にまで響くんだよ!
文句の一つでも言ってやろうかと思ったけれど、今まで石のように動かなかったグレイさんがここにきて動いた。
「あんまり乱雑に扱うな。痛がっているだろ」
「はぁ?」
どうやら私の痛がりようが哀れに映ったのか、それともデヴォンの行為が目に余ったのか。私の腹に回ったデヴォンのその不躾な腕を掴みあげながらグレイさんは低い声で言い放った。
それが凄むような低い声だったから、私もビクリと身体を震わせる。
デヴォンも口ではああ言いながらも、しっかりとビビっているようだった。その横顔にはいつもは見ない焦りの色が見て取れる。
「……それとも俺はお前らの邪魔をしたのか?」
今度は私にそれを確認してきた。
先ほどのチェルシーの言葉の真偽を一応聞いておこうという親切心のつもりなのか。
『んなわけないじゃん!』って怒りのままに彼に食って掛かりたいけれど、随分と真面目な顔をして聞いてくるものだから妙に毒気が抜けてくる。
何だかなぁ、と私は隠れて溜息を吐いた。
「デヴォン様との仲の事を言っているのなら、それは違います。困っていたのでむしろ助かりました。ですが邪魔をしているかと問われば邪魔です。出来るならば今すぐ出て行ってほしい」
ここに来た目的は、……多分、昨日の事だ。それしか考えらえない。
となるとここで『血を寄越せ』とか『この世界の平和のために』とか何とか話し始めるんだろうけれど、そんなのは本気で勘弁したい。
首を縦に振るつもりのない事を延々と口説かれるのも不毛過ぎて嫌になるし、チェルシーにもデヴォンにも彼の目的を知られるのは面倒な事にしかならないだろう。
目に浮かぶよ。
私がエリート様に必要とされているという事を知ったチェルシーが嫉妬の炎を燃やす姿とか、私に更なる付加価値を見出したデヴォンがさらにしつこくなるとかそんな感じ。
私だってさ、こう見えても平和に暮らしたいとも思っているわけよ。元の世界に戻るまで波風立てずに過ごしたい。そんな面倒事嫌すぎる。
私の素直な気持ちを聞いたグレイさんは妙な顔をした。何言ってんだこいつ、みたいな顔。それから少し考える素振りをした後に、デヴォンの腕を跳ね除けるように私の身体から完全に引き離して前髪を掻き上げる。
「なら、終わるまでここで大人しく待っている。静かに、な。……なら文句はないだろ」
溜息交じりで言われたその言葉。『静かに』という部分を強調してきたところが色んな含みを感じさせる。
『えー』と不服な顔をしてみたものの、グレイさんにとっては私の意見など関係ないらしい。
私の了承を得る前に部屋の奥の方へと足を運んで勝手に椅子に座り込んでしまった。ぐるりと辺りを見渡して本を物色している様子すら窺える。本気で私の仕事が終わるまで待つつもりだ。
「えぇ~! グレイさん、待つならここじゃなくてあっちで一緒に待ちましょうよ。私ならお相手できますし」
チェルシーがその後を追ってグレイさんに一生懸命に話をかけているけれど、グレイさんはそれを一切無視をして本を読み始めた。どうやら微塵も相手をする気はなさそうだ。
あんまり人づきあいが得意じゃないのだろうか。会ってからずっと愛想のいいところを見た事がない。
「何だよ、あいつ」
そんな事を考えていると、隣でデヴォンが忌々し気に呟いた。
私もね、思うよ。
何だよ、あいつ、ってね。
まぁ、デヴォンとしても突然意味もなく邪魔をされて腹立たしい限りなのだろう。せっかく強気で攻め込んでみたのにね、出鼻をくじかれてしまったね。
「お前、あいつの愛人になるのか?」
「…………」
またそれ? あんたの頭の中哀しいくらいにピンク色だね。そこまで自分に正直に生きられるのは羨ましい事だよ。
呆れて何も言えなくなった私は、デヴォンに残念そうな目を向けた。
「石の数では劣るけど、俺の方がいい男だろう?」
そんな事を臆面もなく言ってのけるデヴォンは本気でそう聞いてきた。
本当、なんて言うかね。
この世界の魔法って便利な癖に馬鹿も治せないの?
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