第十一話 メイド食堂


 それにしても、給仕係がくる気配がない。

 しかたがないので、自分たちでメニューを取りに行こうと席を立ちかけたところで給仕係の少女がやってきた。


 その少女は、テーブルの前に無言で立っている。

 紙とペンを持って注文を待っている。

 

 いらっしゃいませの一言もないのである。それどころかメニューすら出そうとしない。


「お姉ちゃん、メニューは?」

 ヒニュンが首をかしげながら言うと、メイド少女は、


「あ」

 と言ってメニューを取りに行く。

 そして、急いで戻ってくるとメニューをテーブルに投げ出すように置いた。


 イリヤはあからさまに不快感を表して睨みつける。


 フウコは隣りに座っているマーユの耳元でメニューで顔を隠しながら、ささやくように言った。


(なぁ、マーユ。なんかおかしくねぇか?メイドって言えばもっとこう過剰なまでのご奉仕が基本だろ?これはあれか?ツンデレ仕様というやつか?)


(え〜、マーユはそんなオプション付けてないにゃ〜。でも、これはデレるまでの振りかもしれないにゃ)



 そして、順番に注文していく。

 それを書き留めたメイド少女は頭をぺこりと下げて厨房に行こうとする。


「おい、水の一つも出てこねぇのかここは!」

 イリヤがイライラしながら立ち去ろうとするメイド少女に鋭い言葉を投げかけた。

 

 メイド少女は、「あ……」と今気がついたような素振りを見せると、水を取りに再び厨房へと駆けていった。


 戻ってきて、慣れない手つきでピッチから水をコップに入れる。

 

 見ると、このメイドは右手の甲から手首にかけて包帯を巻いている。

 そのためか、動作がたどたどしい。

 


 案の定、マーユの前にコップを置こうとしたところ、手が滑って倒してしまい、マーユの服に水がかかってしまった。

「おい!なにするんだ!」

怒ったのは、水をかけられた本人ではなく妹のイリヤであった。

 本人はなにが起きたのか分からずキョトンとしていた。


(まあまあ、落ち着けよイリヤ。これは仕様なんだ。こういう趣向なんだよ。

 ツンデレってやつなんだよ、もしかしたらドジっ娘かもしれない。

 演出なんだよ。それにマジギレしてると恥ずかしいぜ)


(そ、そうなのか!?これはわざとやっているのか!?――これがメイド食堂……お、奥が深いな……)

(そうそう、そういうことだ。だから、ここは経緯を見守ろうじゃねぇか。なにが出てくるか楽しもうぜ)

 

 フウコはイリヤの首に腕を回して、耳打ちするように顔を近づけて話している。

 イリヤはフウコの可愛らしい口が自分のすぐ近くにあり、フウコの吐息が聞こえていることに気がつくと、顔を真っ赤にしながら言った。


「ち、近いぞ、フウコ!離れろ!おまえは見た目は美少女なんだから、もっと美少女らしい言葉遣いをしろよな!」

 およそ関係のないことを口走ってしまって、さらに顔を真っ赤にするイリヤであった

 

その横で、目を閉じたまま、身じろぎ一つしなかったシフティがこくこくと頷いている。


 イリヤはこの男が自分の意思を表したところを初めて見たのだった。


 

 マーユの服にかかった水を拭こうとしてメイド少女がマーユに触れたとたん、不思議な耳鳴りが辺りに響き渡った。


 しかし、その耳鳴りはどうやら、マーユとメイド少女にしか聴こえていないようであった。

 


 服にこぼれた水を拭くことも忘れて二人は互いの目を見つめ合っている。




 騒ぎに気づいた別のメイドが大声をあげながらこちらにやってくる。


「なにやってんのよ!なんでおまえが客席に出てんのよ!」

 

 あろうことか、そのメイドはこのツンデレ少女を蹴り倒したのである。


「申し訳ございません!申し訳ございません!」

 そう謝罪しながら、別のメイドがマーユの服を拭っていく。

 幸い、水はテーブルにこぼれたのが大半で、マーユにはほとんどかかっていなかった。


 さらに別の二人のメイドが応援にくると、テーブルの上も綺麗に拭き取り、執拗なくらい丁寧にマーユの服を拭きとってから、最初に駆けつけたメイド少女が言った。


「どうかお許しくださいませ。どうか騒ぎを大きくされませんようにお願い申し上げます。服は弁償させていただきます!どうか店主の耳に入ることがありませんように……」

 

 何かに怯えるように、メイド少女たちは謝罪しているように見える。

「いいよ、あたしは気にしていないにゃ〜。むしろ、マーユの股間を代わる代わるメイド少女たちが触ってきてマーユはもう……」


「やめろ、変態」

 フウコがぴしゃっと言った。


「店主に知られては困るのか?」


「はい……それはその……」


「でも、もう遅いみたいよ。あいつ、店主じゃないのか?」

 イリヤが厨房のほうを指差した。

 その先には、執事風の服を着た大人の男性がこちらを凝視している。

 隣りにいるメイドに何か指示を出している。



 すると、フウコと話していたメイド少女に”衆話ライプ”が届いたのだろう、空中を指で操作してからマーユに言った。


「これでなんとか事を収めていただけないでしょうか……」


 メイド少女は、マーユにグランド銀貨二枚を差し出した。

 マーユは当然のように受け取ろうとはせず、いやいやと首を振る。

 

 そんな押し問答が続いていたときだった。

 厨房のほうから金属器を大量に落とす大きな音が響き渡った。


 厨房のほうを見ると、先ほどの失態を犯した無愛想メイドが店主を始め、何人かのメイドたちに脚で何度も蹴られていた。


「何もそこまで!」

 そう言って椅子から立ち上がり、止めに行こうとする素ぶりを見せたイリヤにメイドたちが制止するように言った。

「ご心配なく。あいつは似徒ニートです。本来、裏方で皿を洗うためだけに雇っているのにもかかわらず、余計なことをした当然の報いですわ」

 

 そう言って、軽蔑の眼差しを厨房へと送る。

 

 それから再度、マーユを見て、

「お願いします。この銀貨でなんとか許してもらえないでしょうか……そうしないとわたしたちも……」

 

 泣き入りそうになるメイドたちを見て、フウコがその銀貨を握りしめた。

「分かった。これで何もなかったことにしてやる。だからもう行っていいぞ」

 

 すると、メイド少女たちは頭を下げて厨房へと逃げるように戻って行った。



「おい、なんで銀貨をもらったんだ……」

 イリヤが責めるような目でフウコを見た。

「ここはもらっておかないと、メイドたちも困るし、下手に音無おとなが絡んでくると面倒だからだよ。これ以上騒ぎを大きくしても誰の得にもならないだろ?」


 まったくそのとおりであった。




似徒ニート……ゾフィーと同じか……」

フウコが険しい表情でポツリてつぶやく。


「イリヤ、見たか?あの無愛想メイド……あれだけ蹴られていながら急所には一発も当てていない。そして、瞳には強い意志があった……」

 

 フウコが例によって美少女の顔で男のように言う。

 イリヤにはまだその違和感に慣れることができない。


「相変わらず目がいいな。わたしにはそこまで見えなかった。蹴られることが日常ということか……地方では似徒ニートの扱いは家畜のようだと聞いていたが、目の当たりにするとはな……」

 

 マーユとイリヤも似徒ニートである。二人とも複雑な表情をしている。


「メイドも正式名称は給仕師きゅうじし。立派なマスターだ」

フウコが言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る