第九話 はじまりの樹の誓い

 フウコは枝に逆さまになりながら大樹から頭を出すと言った。


「ちげぇよ。ニーフ。受け取れ」

 そう言いながらフウコはこの大樹の木の実をいくつかニーフェイめがけて落としてきた。

 

 ニーフェイはその木の実をすべて無事に受け止めた。

 ニーフェイは動体視力のチカラが強い。彼ならではの芸当である。



 フウコもいくつかの木の実を抱えながら、登ったときと同じように、器用に降りてきた。




 そして、


「とって食べろ」


 この場にいる全員に一人一個で受け取るように回しながら言った。



「はぁ!?」

 

 訳が分からなかったが、木の実が順番に回されてくると、思わず、受け取りながら次へと回していく。

 その木の実は、手のひらに収まる程度の大きさをした緑色の果実だった。






 ユフラはもう泣いていない。

 チグリとナイルは首を傾げながら受け取る。

 ニーフェイが果実を廻し、サイオンは興味津々で、マスキールは訝りながら受け取る。

 

 全部で八人。


 果実が行き渡る。

 しかし、この果実がなにを意味するのか誰にも分からなかった。



「これを食べるのか?まだ熟してないぞ?」

 

 ニーフェイが果実をもてあそびながら言った。


「そうだ。この実が熟すにはまだ早い。つまり今の俺たちと一緒だ。

 それでも、この計画を成し遂げる意志のあるヤツはその実を全部食べて、その志を証明してみせろよ」 

 

 フウコが挑発するような目で一同を見渡す。




「ほう……おもしれぇ」


 ニーフェイはそう言って真っ先に果実にかぶりつく。


「く〜、酸っぱいな、こりゃ!」

 

 顔がなんとも複雑にゆがむ。



「もうやめるか、ニーフ。おまえの覚悟とやらはその程度か!?」


「なんのこれしき!」

 ニーフェイがなおも果実にかじりつくと、全員が主旨を理解したらしく、それぞれ果実を食べ始めた。

 


 マスキールも文句を言いながら涙目で食べている。

 ナイルもその小さなおちょぼ口で必死に食べている。


 フウコもみんなと同じようにかぶりついた。

 

 幸い、この木の実は、皮が柔らかく、種が大きいため、実の部分はそんなに多くない。

 

 まだ熟していない渋みと悪戦苦闘しながらも、この実を食べることを拒否した者は一人もいなかった。




「よっしゃあ!一番だ!!」

 ニーフェイが食べ終わり、残った種を天にかざしてみせる。

 

 


 それに続くように次々と食べた者がそう宣言し、最後のユフラが食べ終わる。




 するとフウコは、後に残った種を布できれいに拭きとってみんなの前に差し出した。



 誰に言われたわけでもなく、皆が同じようにきれいに拭きとって種をフウコの種に並べるように差し出す。


 自然と円陣ができて、その中心に全員の種が差し出されている。



「みんなの覚悟を見せてもらった――やるか!俺たちみんなで祭りをやるか!」



 一同の胸の内が熱く燃えるのを感じた。

 

 頭ではなく心に不思議なほど強い何かが湧き起こってくる。

 あとから、あとからと――



「フウコ、祭りじゃないのよ、もう……子どもの未来がかかってるんだから……」

 

 目に涙をためながらカナンが言う。



「基本的人権の確立された国を作りましょう!」

サイオンが爽やかな笑顔と共に言う。



「いつまでも音無おとなどもの言いなりになってられるか!」

ニーフェイが種を握り潰さんばかりの力を込めて言う。



「お祭り♪お祭り♪」

チグリは、フウコのお祭りに乗る。


「お姉ちゃん、本当にお祭りをするわけじゃないんだぞ……もう!うちがしっかりしなきゃ!」

ナイルがどっちが姉だか分からないことを言うが、その顔は笑っていた。



「ま、仕方ないな。僕がいないと君たちはダメだろうからね」

マスキールが鼻息を荒くしながら言う。


 そして、ユフラはいつまでも微笑んでいた。

 



 全員の差し出された手の甲にある創感石ウリムがそれぞれ、にわかに輝いているようであった。

 

 子どもの証。音無おとなに抗うためのチカラ。


「俺たちの進む道は、決して楽な道じゃない。この果実のように甘い実ではない。

 辛酸をなめ、苦渋と困難ばかりの道になるだろう。そして、必ず苦痛を味わう。

 この実のように。もしかしたら、全員で最後を迎えられないかもしれない――

 それでもやるのか!?」

 

 とフウコが全員に尋ねた。

 

 

 ユフラはフウコが【最後】という概念を口にしたことに驚いた。


(フウマさんはどこまで知っているのでしょう……)

 ユフラが思いにふけっている中、全員が大きく頷く。



「くどいぜ、フウ。俺たちの意志は変わらない」

ニーフェイが全員を代表するように言うと、またもや全員が頷く。



「よ〜し!じゃぁ、カナン!おまえがリーダーだ。この場を締めくくってくれ」


「え!?わたしなの!?なに言ってるのフウコ、あなたがリーダーじゃない!?」


「俺はそんなの柄じゃない。俺はいつでも風来坊のフウマさ」


 みんながプッと吹き出す。



 そして、カナンを女神のように崇拝しているマスキールがここぞとばかりに言う。


「カナン様こそ、我々のリーダーにふさわしい!」

 

 マスキールが言うと大げさな感じが否めないが、この場にいる全員が、カナンをリーダーとして認めることを首肯で示した。



「分かったわ――じゃあ、みんな!やりましょう!わたしたちの働きにすべての子どもの命運がかかっているわ。まずは……ここから始めましょう!」



 おお!

 



 全員が掛け声と共に、それぞれの種を天高く掲げた。

 




 太陽は傾き、間もなく地平線の彼方へと姿を消そうとしていた。

 空は真っ赤に燃え、太陽の陽光が八人の男女を祝福するかのように照らす。

 


 【はじまりの樹の誓い】


 歴史書には、このときの誓いをそのように表記されている。

 また、十二始徒じゅうにしとの中でも、彼らのことを【はじまりの八人】と呼ぶのである。





 ユフラは空に浮かんでいる遺跡、ケルビムを見上げながら決して表情に出さないように、心の中でつぶやく。


(わたし、ちゃんと笑えているわよね……大丈夫よね……みんな、ごめんなさい……ごめんなさい――すべては日本にっぽんを救うためなの――

 ごめんなさい――終わりを終わらせないための計画――そのためには、みんなの犠牲とわたしの命が必要なの――)





 ユフラはただ一人、必死で涙を堪え、嘘の笑顔を貼り付けて心の中で何度も詫びていた。

 



 彼女は知っていた。祇巫女きみこであるが故に……

 

 



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