第七話 モエルの黙示録と親を切るということ

「フウ。俺たちは【独立國どくりつこく】を考えてる。前に話したよな?」


ニーフェイは戦師せんしとして軍に所属しているが、非番のときにはフウコの探索の旅に付き合っている。

 だから、フウコと一緒にいる時間は誰よりも長い。


 そして、外の都市も内地もよく知っている。

 そのニーフェイが言うのである。



「【三種の神器さんしゅのじんぎ】があれば、俺たちは独立國どくりつこくを起こすことができる。ここエデン島でな――おまえはその三種の神器の手がかりを手に入れたじゃねぇか」


 フウコは樹の下に置きっ放しになっている自分の背嚢から一冊の本を取り出す。


「これか?」

 

 ぼろぼろの羊皮紙に書かれた本をみんなが注視する。



「モエルの黙示録……」


小さな声でつぶやいたのは、今までずっと沈黙を守っていた少女――祇巫女きみこユフラであった。



 フウコは我が意を得たり、という顔で、独り言のつもりが以外にもみんなの注目を集めてしまったことに慌てふためいている聖なる少女を見た。


「さすがだなぁ、ユラ。分かってくれるのはおまえとシーバだけだと思っていたよ――そのとおり。これは【モエルの黙示録】の写本だ。

 これには三種の神器さんしゅのじんぎのことが書かれている」




 みんなの顔が驚愕から歓喜へと変わる。


「それなら、これがあれば三種の神器を見つけることができる!わたしたちの計画も成就する!」


 カナンが興奮で上気した顔で言った。

 

 しかし、それとは対照的にフウコはどこまでも落ち着いていた。



「うん……じつはもうそのうちの一つは手に入れたんだ――【燐煉れんりん鏡音かがみね】をね――

 でも俺はこれ以上探す気はない――」


 一同、フウコの意外な言葉に二の句が告げずにいる。

 ここは誰もが喜ぶところであり、賛同の意を唱えるところであった。

 しかし、当の本人、フウコが反対の意を表明しているのである。

 誰もがその言葉を信じられないでいた。



 ただ一人を除いては。

 

 ユフラだけは憐れむような目で泣きそうになるを必死に堪えながらフウコを見ていた。



「どうしてよ!フウコ!――どうしてなのよ……」


カナンの悲壮感漂う顔を見ても、フウコは沈黙するしかなかった。

 


「そうだぜ!フウ!もう三つのうち一つは手に入れたんだろ?なら、残り二つも探すべきだ!それを探さないってのはどういう了見だ?なんでおまえは反対する!?

 意味がわからねぇぜ!」

 

 ニーフェイが怒鳴る。

 

 そして、みんながフウコに釈明を求めていた。





 フウコは大樹の太い幹の前に行き、その幹を触りながらぽつりと言った。



「――革命を起こすということは音無おとなと戦うということだ。当然、音無おとなは自分たちでは戦わない。子どもたちを指揮して戦う。つまり、実際に戦うのは子ども同士だ」



――沈黙が場を支配する。




「そして――何度も言うがおまえたちはケンザイだ……」


フウコがなぜケンザイであることにそんなにこだわるのか――誰も理解出来ずにいる。





フウコが言葉を絞り出すように言った。


「つまりだ……おまえたちがケンザイであるということは……両親がいるってことだ。

 もしもおまえたちが蜂起すれば、親が責任を問われる。その結果、おまらの両親が矢面に立たせる可能性だってある……おまえたちが【親切りおやぎり】で壊れてしまわないか……それが……心配なんだ」





親切りおやぎり

 誰もが知っている呪いの言葉。

 【親切りおやぎり】とは、親を裏切ること、または文字どおり親を切る、つまり殺してしまうことである。


 それは、最大の罪であり、最も大人たちが忌み嫌い、恐れていることでもある。

 

 子どもたちが、大人にはない力、MARIA、練界アルツァレト創具リアナなどのチカラが自分たち大人に向けられることを何よりも恐れ、警戒している。

 その最悪の形が親切りなのである。

フウコはその親切りをここにいる誰かが行い、両親の死によって呪いを受け、気が狂ってしまうのではないかと危惧しているのである。

 一般的に親切りをした子どもは発狂し、創感石に重大な欠陥が生じると言われている。


 友人たちをそんな目に遭わせたくない一心であった。



「ニーフ。おまえの親父さんは騎師団きしだんの隊長だ。おまえが蜂起すれば、おやっさんと戦うことになるかもしれない……そして、親切りおやぎりでおまえたちの心が壊れてしまわないか……堪らなく心配なんだ」


フウコは語りたくもない現実を口にした。



 フウコは本来、そういった現実を語ることを好まない。

 しかし、物分りの悪い友人たちには、こうでも言わなければ納得しないと思っての発言だった。


 しかし、ニーフェイが告げた言葉は、決して物分りの悪い友人の言葉ではなかった。


「なんだ、フウコが反対する理由はそんなことか。もっと重大な理由かと思ったぜ」


「重大だろうが!分かってんのか?おやっさんと敵対することになるんだぞ?」


「ああ、分かってるさ。そんなことはな。とうの昔に決意してしまってるんだよ俺たちは。俺たちもバカじゃねぇ。親切りのことも考えたさ。話し合ったさ。それでも、俺たちは計画を実行する道を選んだんだ。今さらおまえが心配することじゃあねぇんだよ」


 ニーフェイが珍しく頭を使ったことを自慢するかのような口調で言った。そして、カナンが言った。


「そうよ。わたしたちはそれでも計画を実行する道を選んだの。なぜなら……

 本当はやらなければならないことがあるのにやってこなくて、

『子どもの頃にこうしておけばよかった、ああしておけばよかった、あの時に、あの時に……』

 そう言いながらいつまでも後悔し続けている音無おとなたちをわたしたちは軽蔑の眼差しで見てきたわ――だから、もしも、わたしたちのやるべきことが目の前にあるのに、それをやらずに音無おとなになって後悔し続けるのだとしたら――

 そんなの死んだほうがマシよ。わたしにはそんな生き方は絶対に容認できない!

 それはわたしたちの両親とは関係のない、わたし自身の誇りと尊厳の問題なの。

 だからわたしたちは絶対にこの計画をやり遂げるわ!」


 カナンはフウコに自分の思いをぶつけた。



「おまえらは親切りおやぎりがどういうものか知らない……」

 

 フウコはつぶやくように小声で言った。

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