第六話 子供塾と保育都市エデン

 陽がだいぶ傾いている。夕方にはまだ早いが、風は冷たくなってきて、蒼い空が紅い空に変わる準備を始めている。

 


 この街の上空には、他の街にはないモノが浮かんでいる。

【空中遺跡ケルビム】だ。

 


 何の目的で空中に浮かんでいるのかは誰も知らない。

 創世の昔からそこにあるとされている。

 

 その空中遺跡の影が街のはずれに大きな影を作っている。

 その影の位置で時間を計っている人は少なくない。


 


 一同が感じている風の冷たさは、自分たちに突きつけられている現実の冷たさを実感しているかのようだ……



 カナンが年長者として、このフウコの言葉に答えなければならないと決意して口を開く。


「そのとおりよ。わたしたちはケンザイであなたはワカツエヴァ……でもね。わたしたちはあなたに道ですれ違うとき、道を譲ってお辞儀するように求めたことがある?

 服装の違いを揶揄したこともないわ。

 身分が下であるならばどんな暴力も正当化されるなんてこれっぽっちも思ってない……あなたのお父上であり、わたしたちの先生であるシンゴ先生が行方不明になってから一度もね……

 あなたはわたしたちの幼なじみであり、友だちなのは変わらないわ。

 でも……でもそれは、わたしたちが小さい頃から子供塾こどもじゅくでシンゴ先生から教わった

【キホンテキジンケン】というものを知っているからよ。

 子供塾こどもじゅくでその概念を学んでいない他の子どもたちは、ケンザイとそれ以下で区別して、親が離婚したら昨日まで友だちだった子と絶交して虐げる側にまわる――そんなの日常茶飯事よ……」

 

 そこでカナンは少し沈黙する。




 そして、一人うなずきながら言った。

「そんなのおかしいじゃない。わたしたちは同じ子どもよ」



 この場にいた全員が大きくうなずく。マスキール以外は。

 

 マスキールは子供塾の塾生ではなかった。




フウコは腕を組んで目を閉じて黙ってカナンの言葉を聞いていた。

 

 自分の考えをまとめているのだろう。

 


 しばらくの沈黙の後、フウコが言った。



「――よく分かった――だけどな。そういうのは【外】に任せたほうがいいんじゃないか?おまえたちのその思いはりっぱなもんだ。だけど、これは外で解決すべきだ」

 

 フウコの言う【外】とは、ここ保育都市エデンの外の街々を指す。

 


 ブルーガイア王国の街々だ。

 そこでも多くの子どもたちが大人と共に暮らしている。

 

 保育都市ほいくとしとは、育児に積極的ではない親が子どもを預けたり、身寄りのない子ども預かったりして、修練を積ませる目的で建設された王国の最東端の半島にある都市のことである。

 

 子どもたちの寝泊まりする場所と練界アルツァレト招登ログインするための場所を提供しているのが【学園がくえん】である。

 

 そして、エデンには園門ゲイトと呼ばれる瞬間移動装置がある。

『すべての園門はエデンに通うじる』という言葉の通り、園門ゲイトをくぐることで、主要な都市からエデン島まで瞬時に移動することができる。

 

 そのおかげで、遠くの都市であっても自由に行き来ができるため、園門ゲイトを使って学園に通っている子ども多い。


 また、保育都市エデンには全国の職業の斡旋を一手に引き受けているギルド【業武十番わざぶじゅうばん】がある。

 

 カナンとマスキールはそこで職師しょくしとして働いている。


 

 一般にエデンの街がある半島を【内地】、エデン以外の都市や街を【外】と呼んでいる。




「お姉様。わたしたちはまさに、その外の情報が欲しいのです。探師たんしとして全国を旅しているお姉様の情報です」

サイオンにとってそれは何よりも重要なことであった。

 それは、計画遂行にフウコが欠かせない要素の一つでもあった。


 フウコはぽつりと話し始めた。


「カナハイム市とエダヤの街で子どもによる暴動が起こった――どちらもケンザイとワカツの集団による小競り合い――といったところだったけど、音無おとなは動きが早かった。すぐに軍団が出動して鎮圧された――山岳都市のミデアン市はもっとすごかった。ワカツとリジェクトの子どもが都市を占拠する目的で蜂起した。ミデアンには学園も教会もある。それを占拠することで、練界アルツァレトへの招登ログインを無制限に!というのが目的だったんだけど……都市の占拠には成功した」


「なんだと!本当か!」

 ニーフェイは思わず大声で問い返していた。


 誰もがフウコの次の言葉が待ちきれない様子だ。


「ああ、本当だ――だけど、占領できたのはたったの一日だけだった……あの人がきた。サキモリ遠征団団長トマス・ベニヤミン――」


「サキモリ遠征団!?――じゃあ、リベカさんもいたのね……」

 カナンは親しい友人の名前をこんなところで出さなければならないことに意気消沈していた。


「ああ、当然だ。あの人はトマス団長の娘なんだからな。俺がミデアン市に着いたときにはもう撤退していたから直接会うことはなかったけどね」



「一緒に子供塾でシンゴ先生から教えを受けたのに……リベカさん――どんな気持ちだったんだろう――」

二女のチグリが地面の草をいじりながらつぶやくように言った。



「話しをまとめると、全国で下級身分者による暴動は起こっているが、ことごとく鎮圧されている、ということですね?」


「ああ、サイオン。そのとおりだ――個々に激情のままに暴動を起こしても音無おとなたちの圧倒的な軍事力ですぐに鎮圧されてしまう――連携が大事なんだ――そのために俺は東奔西走しているわけなんだが……」

 フウコが頭をぽりぽりと掻いている。


 その様子を見ていたサイオンが言った。

「【夜回りフウコ】として、誰よりも広いコネをお持ちのお姉様でさえ、それは困難――ということでしょうか?」


「時間をかければ、あるいは可能――とは思うんだけど、そんな悠長にやっていると、少年抑制法が施行されちまう……」



 フウコはだんだん、自分がサイオンの話術に操られていると気づき始めた。

 さすが豪商と呼ばれるだけはある。話術と交渉ごとにはかなわないと、さじを投げたようだった。


「そう!まさにそれです!わたしたちには時間がない。だからこそ、わたしたちの計画が必要なのです。そう、【三種の神器さんしゅのじんぎ】の力を使うことが必要なのです!そうですよね?カナン様」


サイオンは9歳も年上の女性に、ここぞとばかりにこの計画のリーダー的存在であるカナンに話しを振った。


「そのとおりよ。わたしたちが【外】に任せられないのは、まさにそこ。決定的不足――わたしたちは単なる暴動で終わらせるつもりはないわ――もっと大規模な蜂起――そうわたしたちの目的は【革命】よ!」

 カナンは思わず、握りこぶしを振り上げる。

 興奮が伝播する。【革命】という言葉にはそれだけの力が秘められている。

 

 なぜかマスキールが真っ先に反応を示した。

「ぬおおお〜!革命だと!?革命なのか!革命万歳!――ところで何をするんだ?」


「分かんねぇなら黙ってろよ!ヒョロッコが!」

 ニーフェイがそう言って、マスキールの頭をひっぱたく。

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