第四話 豪商に性別は関係ない

「さすがお姉様!なんと懐が深いのでしょう!わたくし、感激しております!」


今まで場の空気のように控えていた少女が声を発した。彼も普通の女の子ではなかった。

 

 その声は変声期前の紛れもない男の子の声であった。

 

 彼は【女装男子】である。


「サイオン、その女装、だいぶ板に付いてきたなぁ。だれもおまえがあのキュビト商会の豪商サイオン•キュビトその人だとは思うまい」

フウコは立ち上がりながら、口をポカンと開ける有力商人たちの顔を思い浮かべると、愉快でしかたなかった。


「インロウを出すためには 、最後の最後まで副将軍であることを隠し通す必要がある。奇をてらうのが権力の発揮しどころである……わたしはシンゴ先生の教えを実践しているだけでございます」

そう言って深々とお辞儀する様は、まさに商人のそれであった。


「微妙〜に間違ってるような気もするが、可愛いからいいっか」

「え?今なんと?可愛いと!?お姉様〜〜」

そう言ってサイオンはフウコの胸元めがけて飛び込んでくる。

 

 フウコはこの有能な女装少年を【弟】のように可愛がっていた。

 

しかし、どこで間違ったのかサイオンはフウコを【将来の嫁】と位置付けていた。


「お姉様、今すぐにでも結婚しましょう!わたくしとわたくしの財産はすべてお姉様のものです。わたくしをお嫁にもらっていただけますか?」


「おまえ、何もかもがおかしいぞ。もしかしたら俺は嫁をもらうのではなく、お嫁にいかなきゃならんのかもしれない。それにだ。俺は性格的には男だが、おまえは性別的に男じゃないか?」


「細かいことはいいのです。お姉様がわたくしの財産をすべてもらっていただければ、いつまでもお姉様と幸せに暮らせるのです」

そう言いながら、フウコの腕にしがみつき、サイオンは目を閉じて至福の時間を楽しんでいる。


 

 しかし、この大樹の下に集っている人物たちがそれを黙って許すわけがなかった。


「ちょっと、サイオンいつまで抱きついてるのよ!離れなさいよ!」

まず最初に行動を起こしたのは、意外にも同い年の四女ナイルであった。

 サイオンをフウコの腕から引き離そうとする。


「サイオンくん。結婚したらわたしたちは音無おとなになってしまうのよ。音無おとなになればMARIAの恩恵を受けられなくなってしまうわ」

 カナンは遠回しに離れなさい、と言っているようだった。

 言葉はどこまでも真面目である。


「カナン様、これは言葉遊びでございます。商人特有の遊びでございます。これからわたしたちが戦う相手に自らがなるなんてことは遊びの範疇でございます。そうですよね?お姉様?」



「そうきたか……遊びねぇ……俺には音無おとなとの戦争自体が遊びであって欲しいと思うがな」


「なんですって!フウコ。子どもの尊厳を守る戦いが遊びですって!」

 カナンが語気を荒げて言った。


「遊びならどんなにいいかってことだよ。俺だって、音無おとなたちはやりすぎてると思う。このままでは子どもに未来はない。音無に奴隷のようにこき使われ、いいように扱われる。そして、その子どもが音無おとなになったとき、同じことをするようになる……その負の連鎖をどこかで断ち切らなきゃならない」


「それなら、なぜあなたはわたしたちの計画に反対するの?どうして快く、一緒にがんばろうって言ってくれないのよ……」

 強かった語気は次第に弱々しくなっていく。

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