第三話 親友の定義

「お〜い」

 丘の下のほうから声が聞こえる。

 見ると、二人、いや、三人が丘を登ってくる。

 そのうちの一人は、今しがた声をあげた体格のいい男であり、背中に青ざめた顔の男を背負っている。

 

 最後の一人は少女の装いであった。

 

 木の根元までやってくると、男は背負っていた人物を下ろして言った。


「よお、フウ。おまえ、なにサボって四姉妹とちちくり合ってるんだ?」

 

 思ってもみないことを言われフウコを始め四姉妹も慌てふためく。

「ニーフ、ち、乳の話しはするなぁ!」

 フウコは昔なじみの親友が突拍子もないことを言うので、思わずムキになってしまった。

 

 混乱していたのは彼だけではなかった。

「わ、わたしだって、フウちゃんとち、ち、ちちくり合いたいんだからぁ!」

 的外れな言動はチグリのほうが上である。


「お姉ちゃんは黙っててよ、恥ずかしいなぁもう!なにがちち、ちちく……」

 かみかみである。


「ニーフェイ!わたしたちはちちくり合ってなどいません!」

 カナンが珍しくムキになって言った。


「はいはい」

 ニーフェイと呼ばれた青年は軽くあしらう。



 フウとニーフ。

 この国には、【二つ名】という風習があって、とくに親しい間柄でお互いを親友だと認めた者同士は、名前の中の二文字を呼び合うのである。


 

 一同は落ち着くと、大樹の根本に腰を下ろした。


 これで呼ばれた人数は揃ったことになる。

 

 ここクモラの丘で、中止になった十二始徒じゅうにしとの会合を開こうというのである。

 人数は12人ではなく、7人なのだが。




 フウコは全員を見渡して、ニーフェイが背負ってきた人物に目を止めた。


「よぉー、マスキールじゃねぇか!なんでおまえがいるんだ?おまえもアレか?十二始徒じゅうにしととやらの会合に参加すんのか?」

 

 この丘を登るのも相当きつかったのであろう。

 途中でニーフェイに背負ってもらわなければ、もっと時間がかかっていたはずである。

 幼い少女でも登れるこの丘をだ。

 

 痩せこけた顔つきのヒョロヒョロとした体格の男は、ばつが悪そうに答える。

「う、うるさい……こ、このぼくがいないで子どもの将来を左右するような会合が開けるものか!このケンザイ優等生のぼくがな!」

 

 その身分制度をかさに着た物言いに誰もが嫌悪感を示し、場の空気が一瞬で険悪なものへと変わる。ただ一人を除いて。

「そうだよな!おまえがいないと始まらないよな。いやぁ、まったくだ。まったくもってそのとおりだ」

 

 フウコはそう言うとマスキールのところに這い寄り、彼の肩をポンポンと叩く。

「俺たちはこれから、おまえが頼みとしている身分制度をぶっ壊そう、そういう話しをするところなんだ。どうだ?面白そうだろう?」


「な、なに!身分制度をぶっ壊す?」

 寝耳に水だったようだ。


 フウコはマスキールが何も聞かされていないことを理解した。

「そんな話し合いには、ケンザイ優等生のおまえの意見がぜひとも必要なんだ……が、どうやってこのことを知ったんだ?」


「そ、それは……」

「わたしが仕事場で計画について話しているのを聞かれてしまったのよ」

 声の主はカナンであった。

 彼女は眉間を右手で揉みながら白状する。


「わたしとニーフェイが密談をしているのを聞かれてしまったの。それで仲間に入れたの」

 不本意ながら。そんな言葉が聞こえてきそうだなとフウコは思った。

 事情は理解した。

 

 つまり、音無おとなに告げ口される前に仲間としてこちらに引き込んでおいたほうが監視しやすい、といったところだろう。



「まぁ、事情はどうあれ、おまえがいるのは楽しそうだ、マスキール!」

 そう言ってフウコはマスキールの首にその細い腕を回して絞める。

 フウコには男同士の気さくな行動のつもりだろうが、マスキールにはそういうわけにはいかない。

 

 突然、女の子特有の香りが鼻腔をくすぐり、マスキールの頭は混乱して、とっさに声が上がる。


「近寄るな!男女!」

 

 場が凍りつくと共に急激に沸騰していくのが分かる。

 何人かが気色ばむが、この奇妙な病気の疾患者に配慮しながらどのような言葉を発したらいいのか決めかねていると、フウコが大きな声をあげて笑いだした。爆笑と言っていい音量だった。


「いやぁ、さすがだな、マスキール!そうやってこの不女子病を罵ってくれるのは、もうおまえだけになってしまったよ。みんな妙な気を遣いやがるからよお。寂しく思ってたところなんだ。やっぱりおまえは一味違うよな!そうでなくてはな!優等生!」

 そう言ってフウコはマスキールの背中を叩く。

 そして、マスキールがゴホゴホと咳き込んでいる周りでは、当の本人がそんな調子であるため、逆に白けてしまった。

 

 誰の心からも『あなたという人は』という言葉が聞こえてきそうな雰囲気になる。

なぜか幼少の頃より、誰も彼もが毛嫌いするマスキールに対して、フウコだけは親友のように接した。

 

 フウコとはそういう子どもであった。

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