第二話 エフライム四姉妹

「あらそう。わたしのゲンコツはたいしたことないんだ」


 唐突に丘の下のほうから女性の声が聞こえてきた。


 見ると丘を登ってくる女性がまたもや二人。

 一人は今しゃべった、発育の最終段階であろう見事な女性の肢体をしたポニーテールのよく似合う女性。


 もう一人は可愛いらしい幼女。

 その幼女のほうが、フウマめがけて駆けてくる。

 そして、彼を射程距離に捉えると、


「うりゃあ――――――!」

 突然の飛び蹴りをフウマにお見舞いした。

 

 フウマは倒れこみ、幼女がその上に馬乗りになって言った。


「フウコ!おまえというやつは!このサボり魔め!カナン姉様に代わってうちがお仕置きしてやる!」

 そう言うと、短いスカートからパンツが見えていることなどお構いなしにフウマではなくフウコと呼んだ人物の小さな膨らみのある胸を揉み始めた。


「ぎゃっはっはは、やめろナイル、悪かった、悪かったよ。俺が悪かった、だぁー、くすぐったい!」

ナイルと呼ばれた幼女は、なおも胸を揉むのをやめないでいると、姉のカナンが、


「ナイルちゃん、もういいわ。わたしの気もおさまったから」

 そう言うと、ようやくナイルは胸を揉むのやめた。



「久しぶりね、フウコ。あなたは相変わらずね」

 カナンは呆れたような目でフウコを見下ろす。

 

 フウマとフウコ。どちらも【彼】の名である。

 本名は今でも【フウマ】なのだが、不女子病が発病して外見が女の子になっていくに従って、周りの人々は、彼の外見に見合った女性の名前【フウコ】と呼ぶようになった。

 本人は、あだ名みたいなもんだろう、どっちでもいいよ、と持ち前の大雑把な性格でその呼び名を受け入れていた。


 「いや、カナン。決して忘れていたわけではないぞ。ほらあれだ。おまえやニーフェイたちがいれば別に俺がいなくてもいいかなぁ、なんてな……」

 最後は消え入りそうな声で恐る恐るカナンを見た。


「はぁ~~」

 カナンは、それはそれは盛大な溜息をついた。もうここまで鈍感だと怒る気にもならないらしい。


「あんたねぇ、自分の立場をもうちょっと考えなさいよ。あんたがいないと始まらないのよ。あんたはみんなの……」

 かなめ石なのよ、と言いかけたが、その言葉を飲み込んだ。

 

 そして、フウコ以外の四人が揃って盛大な溜息をついた。さすがはエフライム四姉妹。息がピッタリである。




 長女、カナン・エフライム 十八歳。

 次女、チグリ・エフライム 十五歳。

 三女、ユフラ・エフライム 十五歳。

 四女、ナイル・エフライム 八歳。

 彼女たちは、【エフライム四姉】と呼ばれる、名家エフライム家の娘たちであった。





「まぁいいわ。結果的にはこれでよかったのだから。どうやら子供塾は音無おとなたちに目をつけられていたみたいなの。もしも、あんたが時間どおりにあそこに来ていたら、みんな取り押さえられて計画が露呈していたかもしれないわ……あんたが来ないと分かるとみんな帰ってしまったから。音無おとなたちは解散したと思ったのね。特に後をつけられることもなかったわ――チグリ。ここに来るように連絡したのはあと誰と誰?」


 今までの穏健な雰囲気から、急に緊張を孕んだ雰囲気へと変わりつつあるのを妹たちは自覚し、二女のチグリが答えた。

「はい。あとはニーフェイとサイオンくんです。それとマスキールさん」

「わたしが決めました」

 ユフラが姉をかばうかのようにチグリの言葉にかぶせるように言った。


「……そう。ならそれでいいわ。じゃあ、もうじき登ってくるわね」

 事の重大さが辺りを支配し、空気が乾いていくような感じがした。




「早くどけよチ〜ビ」

 堅苦しいのが誰よりも嫌いなフウコはわざと揶揄するような声で言った。

 

 馬乗りになっていることをすっかり忘れていた四女ナイルの顔が見る見る真っ赤に染まっていく。

「なんだとー!お前だってチビだろが!なんだ、その貧相な胸は!カナン姉様のようなムチムチボーンになってから言いやがれ!」

 

 そう言いながら幼いナイルはフウコのほっぺたをつねる。フウコも負けじとナイルのほっぺたをつねる。

 二人は涙目になりながらつねり合っている。

 

 

 この不毛な私闘をいかに終わらせるかハラハラしながら見ていたユフラの隣りで奇声があがる。


「わ、わたしだってムチムチボーンになりたいんだからぁ!」

 二女チグリが、まったくの的外れな逆ギレを披露すると、二人のつねり合いも自然と手が止まった。

 

 そして、いつもの決まり文句を末っ子のナイルが言う。

「お姉ちゃんは黙ってて!ばっかじゃないの!」

 チグリはしゅんとなった。

 

 これがエフライム四姉妹である。

 

 フウコにとって、昔とちっとも変わらないこのノリが、大樹が変わらないのと同じように心を和ませてくれるのだった。

 さっきの緊張感はどこへやらである。

 

 

 フウマ・ソード。

 それが彼の名である。今はフウコと呼ばれ、女性の姿と声を持つ青年が、不思議な魅力を持ち合わせていることをカナンは自覚する。

 それはとても貴重なものであり、自分には決して手に入れることのできないものであることも自覚している。だからこそ、彼が計画には必要なのである。その彼の首を縦に振らせるためにここに来ていることを改めて胸に刻むのであった。

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