第1章 俺たちみんなで祭りをやるか! はじまりの樹編
コロブ暦 993年 9月20日 独立國建国まで あと8ヶ月
第一話 彼は美少女
その丘はクモラの丘と呼ばれていた。
街の郊外にあり、丘の頂きには正史以前から存在すると言われている一本の大きな果樹が生えている。
その大樹の葉の間からいくつもの実がピコピコと顔を覗かせているが、まだ熟してはいない。
暑さが和らぎつつある九月に吹く風は、ほんのりと冷たくて優しい感触がほほを撫でていく。
そんな穏やかな昼下がりである。
そのぜいたくな風に髪を揺らしながら、木陰に寝そべっているヒトがいる。
風とそびえ立つ大樹と共に溶け合っているような感覚を与えるほど見事な昼寝であった。
このヒトは子どもであった。
なぜ、子どもだとわかるかというと、彼の右手の甲には琥珀色に輝く石、
埋め込まれているというのには語弊があろうか。なぜなら、子どもが母親の胎から生まれ落ちたそのときにはもうその手に握られているのだから。
そして、子どもへと成長した証拠として創感石は手の甲に移るのだから。
大人には創感石は存在しない。
彼の外見は思春期の少女だった。
少女は彼であった。
頭で腕を組み、細くて白い脚を惜しげもなく伸ばして、その小柄な体格に見合うような小さな寝息をたてて眠っている。
そんな彼の眠りを妨げるかのように、丘の下のほうからヒトの声が登ってくる。
「あ、いた。本当にいたよ、ユフラちゃん。すごい、すごい」
「お姉ちゃん静かに。お昼寝中みたいだよ」
丘を登ってきたのは二人の少女だった。
十代半ばの少女が二人。顔と背丈がとても似ている。
誰が見ても双子であることは見てとれるだろう。
見分けることができる要素としては髪型と服装であろうか。
ユフラと呼ばれた少女の髪は、腰まで伸びた黒髪であり、よく手入れされている。そして、ゆったりとしたローブを纏っていた。
もう一方のお姉ちゃんと呼ばれた少女は、肩にかかる程度の黒髪で枝毛が目立つ。手入れがされていないことは容易に想像できる。そして、落ち着いた感じの上着とスカートという一般的な服装であった。
大樹の下に到着すると、気持ち良さそうに眠っている人物を見下ろした。
「寝てるね。起こしたほうがいいのかなぁ?」
と姉が言うと妹が答える。
「まずは、カナン姉様に
「は〜い」
そう言って、チグリと呼ばれた姉は、さらに上の姉にあたるであろう人物、カナンという人物に連絡をとるために人差し指でなにやら空中に文字を書く真似を始めた。
いや、実際に書いているのである。
手の甲の創感石が淡い光を放つ。何を書いているかはその本人にしか見ることができない。これが【
よく観察すれば、妹のユフラの手の甲には
「ユフラちゃん。知らせるのはあと誰がいいと思う?」
とチグリが妹に尋ねたのには訳がある。
「そうね……マスキールさんは姉様と一緒だろうし、ナイルちゃんとニーフェイさん。そして、サイオンくん。残りの十二始徒の皆さんは、知らせてもわたしたちに任せて来ないでしょう」
チグリは妹の言われたとおりに書くことに集中する。ユフラがそう言うならば間違いない。彼女は
その間、ユフラは、眠っている少女の傍に腰を下ろしてまじまじとその顔を眺めていた。
(眠っている場合じゃないですよ。みんなあなたが『始める』のを待っているのですよ……)
ユフラは少女の髪を撫でようとした。
「ダメ!独り占めはなしでしょ!」
ユフラは、これは独り占めではない、とでも言いたそうな不満顔であったが、素直に伸ばした手を引っ込めた。
眠っている少女の寝顔を両脇で双子の少女が眺めるという奇妙な時間がしばらく続いた。
昼を過ぎ、太陽が夕方の準備を始めるこの時間帯。陽射しと風の祝福を受けてどこまでも穏やかで、草の中の虫たちも喜びの歌を唄っているかのようだった。
そんなぜいたくな時間を大好きな姉と大好きな幼なじみと一緒に共有できる喜びがユフラの胸に広がっていた。
「
そんなユフラの気持ちなどお構いなしに、姉のチグリがポツリとつぶやく。
「今は男の子?それとも、もう完全に女の子?」
チグリは妹であるユフラにそれとなく問いかける。
「分からない……変化してしまうのは外見だけだと聞いたことがあります。気持ちや行動は男の子のままみたい」
発症する確率は極めて低いが、一度発症してしまうと治す手立てがないまま、徐々に女性へと性別が変化していき、やがて身体は完全に女性へと変化してしまう、少年期の男性だけに起こる奇病である。
この少女はそれであった。
つまり、【彼】なのである。
「みんな遅いね……ユフラちゃん――思ったんだけど、二人なら独り占めじゃないよね……」
ユフラは姉が言わんとしてることを理解した。
二人でこの眠れる美少女を起こしてしまおうというのだ。
その誘惑は、何よりも甘い果実のように感じた。
「そう……ね。みんなが来る前に起こしておいたほうがいいかしら……うん。よく考えたら、寝てるっていうのは失礼ですよね、うん」
半ば自分を納得させるためにそう言って、ユフラは姉の提案に賛意を示した。
「それじゃあ……前からねぇ、一度やってみたかったことがあるんだぁ。ユフラちゃん、髪の毛貸して」
そう言って、チグリはユフラの長い黒髪を一掴みすると、その髪の毛を眠っている少女の鼻の穴へと入れて動かす。
「ハ、ハ、ィクシッ!」
双子は昔から知っている彼のくしゃみではなく、女の子のくしゃみになっていることを目の当たりにして、その予想外の出来事に胸をときめかせるのだった。
「可愛い〜!」
二人は同時に叫んでいた。
「なにしやがるんだよ!誰がこんな……ィクシッ!」
もう一度、同じような奇妙なくしゃみが響きわたる。
少女は眠たい眼を擦りながら状況を把握しようと、辺りを見渡す。
するとそこには、見知った幼なじみの双子がいることを認識した。
「あれ?おまえら何でいるんだ?……あれ?」
少女はとっさに状況が把握できないでいると、妹のユフラが言った。
「フウマさん、お久しぶりです」
ユフラはとっておきの笑顔をフウマと呼んだ少女に送った。
「ああ、久しぶり……ってなんで
双子の姉妹たちはお互いの顔を見合わせて、クスクスと笑い合う。
自分たちの企みが成功したことを喜び合った。
「フウちゃん。今日が何の日だか覚えてる?」
姉のチグリが尋ねると、フウマは自分の記憶をたどってみるが結局、
「分かんねぇ。なんだっけ?」
と答えを教えてくれと言わんばかりにチグリを見た。
「もう、しょうがないなぁ。今日は【
チグリはわざと意地悪な言い方をしたのだった。
【
ユフラはまったく外出できないわけではないが、特にここ保育都市エデンに立ち入ることは、昔からの禁忌とされていた。
その禁忌を犯すとどうなるか分からないという危険を冒してでも、ユフラがエデンに来る必要があった。
すべては本来なら今ごろ行われているであろう会合のためであった。計画に
それほどまでに重要な会合をサボって昼寝をしているフウマの反応はというと……
「別に。カ、カナンのゲンコツぐらいどうってことねぇよ、ははははは」
その乾いた笑いは明らかに動揺している。
それがおかしかったのか、ユフラがクククと喉で笑った。
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