手記・ボトルメール

 私は親友を殺した。夏のあの日、自然豊かな漁村へとバカンスに来た彼女を。

 あれが私の妄想だったのか、現実だったのか、最近は曖昧になっているが、この恐ろしい罪を完全に忘れる前に、書き残さなければいけない気がする。


 旅行は彼女の結婚以来、久し振りだったけれど、彼女はとても喜んでくれた。無邪気な彼女は、贈り物まで用意してくれていたわ。美しい海を凝縮したみたいなターコイズのペンダント。私はひどい顔だったかもしれない。上手く笑えていたかしら。

 私は彼女の夫との段取り通り、沖まで彼女を誘って泳いだ。ここで彼女を殺して、私は一人で浜辺へ帰るのだ。そうすればすべてが上手くいく。


 殺すという行為は不思議なものだ。私がそれをするまでは彼女は生きていて、私がそれをしなければ、彼女はこの後も何事もなく生きていくのだ。

 このまま何もせずに帰れば……。そう考えなかったと言えば嘘になる。

 でも私は結局、それを行った。

 細いナイフで喉を裂くのは想像よりも簡単だった。魚の腹を裂くように力を込めると、切ったところからどんどん血が溢れて海を染めた。私の赤い水着も彼女の血でより赤みを増したかもしれない。彼女は目を見開いて、最後まで私を見つめていた。太陽は雲の影に入り、急速に体が冷えていくようだった。

 そのあとはきっと私も彼も上手くやったのでしょうね。正直、ほとんど覚えていないわ。でも何年経とうと、あの別れの瞬間は鮮明に覚えている。


 私と彼女はよく似ていたわ。同じ男を愛し、同じくらい自分自身を愛していた。

 彼女が泣くと私も泣いた。私が嬉しいと彼女も一緒になって喜んだわね。彼女は私だった。でも彼にとっては、私達は別だったの。

 きっと逆の立場だったら、彼女も私を殺したでしょう。


 最初から私たちが一人だったらよかった。そうしたら二人とも彼に愛してもらえたのに。

 目を閉じていつも思い浮かべるわ。彼の運命の人は初めから私だけ。二人は祝福されて結ばれるの。あの夏、私は夫婦で穏やかにバカンスを楽しむだけ。

 そうだったらどんなに良かったでしょう!いや、そういうことにしてしまえば良いの。

 傍から見たら私はただの地味な主婦。私が苦しんでいるのは、私の内側だけの問題。

 でも目を開けると、彼女からの最後の贈り物が私の妄想を否定する。その海色を見るたびに、現実を突きつけられる。

 忘れてしまいたい。もう楽になりたい。それなのにこれを手放すのが恐ろしい。

 手放したらもう戻って来られない気がするの。

 彼女からの贈り物が、まるで彼女が天から垂らす蜘蛛の糸のように、唯一私を現実に繋ぎ止めている。

 落ちてしまえたらどんなに楽なのか。毎日のように繰り返す思考の中で、その甘い誘惑に私はどんどん抗えなくなっている。…いつか私が理性を手放した時に、どうか私が真っ逆さまに落ちてしまわないように、この手記を残すわ。

 もしこれを読んでいるあなたが存在するということは、私は罪を告白したか、手放したかのどちらかでしょう。






                     ———手記、と同封されたペンダント

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