駅のホーム
駅のホームで、ぼうっと電車を待つ間、僕は何もしない。携帯を触ったり、単語を覚えたり、朝の学生は忙しいが僕はただじっと向かいのホームを眺めるのだ。朝からそんな小さな画面見てられないし、難しい英単語なんて入ってこない。きっと担任の先生は模試の成績が低迷している僕のこんな姿を見ると呆れるだろうが、家族は何も言わないだろう。うちの父親は朝起きるとまず玄関で愛犬を30分程撫でてから動き始める。低血圧な一家なのである。
警音がして、特急電車の通過が予告される。みんな気にも留めないが、なんとなく電車が来る方向をじっと見る。遠くからゆっくりと大きくなる電車は、僕の目の前をすこいスピードで突き抜けて行った。風がごうんと吹き去る。
末尾が去った瞬間、向かいのホームに僕がいた。阿保みたいに特急電車の風圧に揺れて目をぱちくりしている。黒い学生服に飾り気のない鞄、少し伸びて来た髪には寝癖がそのままで、襟元がハネている。何度見てもそれは僕が毎朝鏡でご対面する僕自身に他ならなかった。
しばらく見つめあったが彼は一向に動きを見せないので、僕ははっと思いついた。これは鏡になっているんじゃないか。試しに片手を上げてみたが向こうの彼はなにもしなかった。ううむ。首をかしげると向こうも同じように首を傾けた。「あ」口の中で思わず溢れた。
とにかく向かいの彼に何か伝えようと思ったが、向こうまで届く声で話しかけるのは憚られるし、ジェスチャーしようにも、そもそも、僕は彼になにを伝えたらいいんだろうか?
逡巡している間に、向かいの彼が動いた。ポケットから携帯電話を取り出し、何か見ているのだ。もしかしてメールしているのだろうかと思い自分も携帯を見るが、何も来ておらず。そうこうしているうちに向かいのホームに電車がやってきた。乗り込む姿は見えなかったが、電車が去ると彼もいなくなっていた。
それから毎朝同じ電車だが、しばらく僕を見かけることは無かった。相変わらず駅ではぼうっとしていたが、その日はセンターを受けるためいつもと反対のホームで電車を待っていると、珍しく携帯が鳴った。母から、頑張ってね、と短いメールだった。
なんとなくもしかして、と顔を上げると、向かいのホームに僕がいた。ああ、しまった。寝癖を直すのを忘れていた。
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