第26話 団欒を壊す者 ②
メアは俺とイスティリの隙間に逃げ込むような形になった。
俺は即座に立ち上がるとメアの盾になる。すかさずイスティリも立ち上がり、俺の真横に来て豚魔術師から更にメアを遠ざける。
「おっさん、オークだろ? 酒の席での事だから水に流してやるよ。早く帰りな」
オークは酒に弱い。
その知識を得た俺は、その点を踏まえてさっきより少し穏便に話を持っていった。
「うるせぇ! 俺が要求してるのはそっちの赤い女に酌させることだ! 分かったら退けよ! 早く酒持って来いよー」
豚に自分の事を言われる度にメアが萎縮して震える。
俺だって酒乱の豚に言い寄られたら走って逃げる自信がある。
「アンタに飲ませる酒など無い。早くあっし達の店から出てってくだせい!」
ようやくリザードマンの拘束から逃れたゴスゴが豚に言い寄る。
豚魔術師は杖で殴るような仕草を繰り返し、リザードマンが理解したのか彼の元に駆け寄ってきたかと思った瞬間。
「がッ!?」
リザードマンに後頭部を殴られたゴスゴが昏倒した。
「てめぇ! ゴスゴに何しやがるんだ!」
「こいつが悪いんだぜ!? 俺に楯突いた罰だ。だいたいお前らは知らなさ過ぎる! 俺の名はガルベイン! ドゥアを所領とするオグマフの長子ガルベイン様だぜぇ!」
なるほど、コイツはドゥアの支配者層の長男と言った所か。
より一層最低な野郎だな。
「うるせえよ。虎の威を借る豚が。四の五の言わずに帰れよ、豚が。ゴスゴに手を出した事を俺は許さんぞ、豚が」
「なっ!? 貴様……俺に今何と言った!」
「豚」
「てめぇ!! 表に出ろ! オグマフの長子ガルベインは貴様に決闘を申し込む! 酒席の事とは言え許さんぞ!」
「上等だ。決闘でも何でもやってやろうじゃないか!」
俺は頭に血が上って喧嘩をあっさり買ってしまった。
「セイ様って以外に短気?」
イスティリが突っ込む。
俺はその一言で僅かに冷静さを取り戻して、このオークとの決闘をどうやって乗り切ろうか考え始めた。
外に出ると通りでガルベインが偉そうに待っており、リザードマンとクラゲが傍で待機していた。
「さて! お前の名前は!」
どこまでも偉そうな奴だ。
「セイだ」
「よし! セイとやら。オグマフの長子ガルベインはセイにオーク式決闘を申し込むぞ! 受けるか!」
「ああ。受けよう」
「よし! 決闘は正式に成立した。ではルールを知っておるか!」
「全く知らん」
俺の言葉にガルベインは少し拍子抜けしたようだが、気を取り直してルールを説明し始めた。
「ルールは簡単だ。俺とお前はそれぞれ三つの要求をする。一つにつき一度戦い、勝った側は負けた側に要求を一つ呑ませる事が出来る!」
「ふむ」
「あるいは呑まされた要求を一つ帳消しにする事も出来る! 一戦目で負けた側が二戦目に勝利した場合や、二敗した場合に一つだけでも帳消しにする事も多い」
「なるほど」
「それぞれの戦いは格闘でも魔法でも、あるいはコーウの様な遊戯盤での戦いでも良い。決闘を申し込んだ側が一戦目を決め、二戦目は受けた側、三戦目は敗北数が多い側だ」
「勝ち負けが同数なら?」
「その場合、コインで決める事となる!」
「分かった」
「最後に、これらの勝負には本人ではなく、代理の者が出ても構わない」
そう言うと、ガルベインは三つの要求を俺に伝えた。
1.赤い女を俺の奴隷とする事
2.お前と一緒に壁になった魔族を俺の奴隷とする事
3.お前自身を奴隷とする事
何とも身勝手な要求である。
「セイ様。ボクが出れば一勝は固い」
「セイ、わたくしも! 二戦目を魔法合戦にしてくだされば三級なんかに負けません! わたくし二級<魔術師>ですからね! 怯えてしまったのはあの醜い容姿と言動になんです!」
イスティリとメアが囁いてくる。
確かに俺自身大して強くも無い訳だし、簡単に、「負けました」では済まないだろう。
「分かった。三戦目は俺が出る」
そうなると俺の要求をガルベインに伝える事となる。
1.ガルベインは今後「豚」と改名し、語尾にブヒィと付ける事
2.そのリザードマンを俺の所有とする事
3.そのクラゲを俺の所有とする事
この要求の肝はガルベインの改名だ。
一戦目で勝利し、まず彼を「豚」と改名させる。
二戦目は残りの何れかを適当に選ぶ。
これにより三戦目でガルベインが俺に勝利したとしても、彼は自身の要求を呑ませる事より、改名を帳消しにする方を選ぶだろうと考えたのだ。
「ちょっと待ってくれ。その豚云々は変えてくれんか?」
案の定ガルベインは素面に戻る位に動揺していた。
「無理だよ。お前は俺や家族を奴隷にするんだろ?」
「うむむ……よし! では決闘だ!」
通りで遠巻きに野次馬が集まり始める。
マグさんを筆頭に岩石採掘亭の面々は心配そうに外に出て俺たちを見守っていた。
ゴスゴの姿は見えなかった。
「では、俺は決める一戦目の試合形式は『素手による格闘』だ! アジャラ、行け!」
そう言うと素早くリザードマンを前面に出して自分は下がる。
「じゃ、セイ様行ってきまーす」
軽いノリでイスティリがリザードマンと対峙する。
「イスティリ、大丈夫なのか?」
「んー、余裕。ベルモアさんを十とするならあの蜥蜴は二か三くらい?」
俺が出て来なかった事に彼らは拍子抜けした様子だったが、それでも小柄な魔族の方が組し易いとでも思ったのか、そのまま何も言わずに試合は始まった。
リザードマンが前屈姿勢を取ってジリジリとイスティリに近づく。
そのままタックルでも掛けて組み伏すつもりなのだろうか。
対してイスティリは頭をポリポリ掻きながらリザードマンを見ているだけだった。
リザードマンは隙を見てイスティリの胴目掛けてタックルした。
イスティリは完全にその攻撃を見切っており、突撃してきたリザードマンの顔に膝を合わせた。
ゴッ。
鈍い衝撃音と共にリザードマンは白目を向いて崩れ落ちた。
「なっ!?」
「まずは一勝だな。おい、ガルベイン。今日からお前は『豚』だ。ちゃんと語尾にブヒィって付けるんだぞ!」
彼は油汗を滲ませながら苦悶の顔をした。
「ま……まさかアジャラが敗北するとは……ブヒィ……」
「次は俺が決めて良かったんだよな?」
その言葉にガルベイン……いや、豚の顔は引きつった。
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