第25話 団欒を壊す者 ①

 岩石採掘亭の一階はいつもの様に繁盛しており、人がごった返していた。

 イスティリとハイレアがその中を縫うように走り回るマグさんを見つけて、パンを切ってくれる様に交渉していた。


「はいはい。その代わりにお料理も頼んでね」

「うん! あ、あそこのテーブル空くね。ボク片付けてくるよ」

「じゃあお願いしようかしら。その間にパンを切ってくるわね」

「私も手伝います!」


 丁度空いた五人掛けの丸テーブルを、いそいそと片付けてから二人して手招きしてくれる。

 二人は俺たちが席に着くまで立っていた。イスティリは俺に気を使い、ハイレアは姉より先に座る気など毛頭も無いようだった。

 と、思ったら……


「ボクはセイ様の左っ」


 イスティリの思惑は全く別の所にあったようだ。

 キシシッと笑いながら俺の左隣の席を確保すると、遅れを取ったメアに「へへんっ」という顔をした。


 後で知った事なのだが、夫婦が隣合わせで席を取る場合、奥方が左側に座るのが一般的な作法であるらしかった。

 その時は何故メアが悔しそうにイスティリを見た後で俺の右隣を確保したのかが分からず、困惑してしまったのだが。


 ハイレアは席を一つ空け俺のほぼ正面に座ると、耳に掛かった髪を掻き上げ、「ほっ」と一つ息を吐いてから俺に笑いかけた。

 私服のハイレアも結構色っぽいな、と思ったが今その言葉を口にすると俺が左右から攻撃されてしまう。


「むむっ。思わぬ所にも伏兵が!?」


 イスティリがモゴモゴと何かを言っていたが、彼女を見るとプィと知らん振りしてそっぽを向いてしまった。


 イズスはテーブルの端にちょこんと女の子座りすると、「久しぶりにぶどう酒が飲みたいのー」と呟いた。


「所でセイさん。その右肩に浮いている魔法の生き物は何と言うお名前なんですか?」

「わ、わたくしもずっと気になってはいたのです」


 セラは隠れる訳でもなく俺に付いてずっとフワフワ浮いていたのだが、どうやらハイ姉妹は質問するタイミングを見計らっていた様子だ。


「彼女はセラ。魔法の生き物じゃなくて天使ですよ。こことは違う世界の天使なんです」


 俺はセラを女性であるかのように扱って姉妹に説明した。

 セラはキューーーーーン、と高速で回転してから上品にお辞儀した。


(うふふ。わたくしはセラと申します。セイに『初めから』付き従っている天使です)


「なんでしょう? 一生懸命話してくれてるようなんですが、ちっとも分かりません。セイには分かるんですか?」

「ええ。ここに来る前に大抵の言語が分かるようになったので」

「分かるようになった? <言語理解>でも永久付与して貰ったのかしら?」

「まあ、そんな所です」


 メアの質問にどう答えるべきか少し迷ったがはぐらかした。

 三柱の神様たちから、この世界を救うために与えられた能力ってのは流石に信じがたいだろう。

 

「でも……天使を連れてるって素敵。もしかしてセイさんって『勇者』なんですか?」

「うーん。俺は見ての通り普通の人間ですよ。勇者なんて大それたものじゃないし、先週まで貯金とにらめっこしながら職を探してたんです」

「ふふ。変な冗談」


 姉妹でそれぞれ反応が違うが、二人とも興味津々といった様子だった。


「お待たせ。パンを切ってきましたよ。そっちのカゴは?」

「ぶどう酒とチーズです」

「仕方ないねー。ゴスゴの客だし、アタシも旦那さんと嬢ちゃんが好きだからテーブルに出してもいいよ」


 そう言って笑ってから、「注文は?」と聞いてきた。


「ボクねー、お芋のスープに腸詰のお肉。それからパイとお魚のオイル煮に、それからそれから……」

「パイは今日はカボチャ、アヒル、それに鹿肉だよ」

「カ、カボチャ以外二つとも!」


 なんだ、イスティリはかぼちゃが嫌いなのか?


「あーっ! すみません。ボクばっか頼んでしまって……。皆さん何を頼まれますか?」


 彼女はそう言うと、皆が注文しやすいよう誘導してくれた。

 マグさんは沢山の注文を受けてホクホク顔で厨房に戻っていった。


 イスティリはネストという限られた環境で育った割には礼儀正しく素直だ。

 魔王種が他人の食事に気を使う、と言うのは門外漢の俺からしてみても奇異に思えたのだからハイ姉妹はどう感じるのだろう。


 ハイレアは俺と同じ様に疑問に思った様子だった。


「イスティリちゃんは私が講義で学んだ魔王種とは全然違いますね。魔王種ってもっと力に飢えた貪欲な生き物として学んできたのですが」

「ボクの教育係ゴアは、戦闘訓練が凄く厳しかったけど、礼儀作法にはそれ以上に厳しかったんだ」

「そうなの?」

「うん。普通ネストの生き物は世界に出た瞬間から戦って、そして勝利出来なければ死ぬだけ。ゴアはそんな無機質なゴーレムの様にボクを育てたくないと言っていたんだ」

「良い方ですね」

「うん……」


 昔を思い出したのかイスティリは少し下を向いてしまった。

 

 そこにスープが到着する。


「よーし。食っべるぞー」

「私にはぶどう酒をくれ。かれこれ二十年は酒を飲んでおらんのじゃ!」


 イスティリが出した空元気にイズスが気を使って合わせてくれる。

 俺はイズスの優しさに心から感謝した。


 メアも何か思う所があったのか、それとも妹の手前か、上品にパンを口に運び始めた。

 

 そこに思わぬ珍客が乱入してくる。


「なんだぁ!! 席が空いて無いだと! よく見ろよ。あそこに一つ空いてるじゃねえか!」


 豚に似た顔を持つ男が入り口で揉め始めた。

 よく見るとそれを宥めすかしているのはゴスゴだ。

 男は杖を振り回し、空飛ぶクラゲとトカゲ男を引き連れて無理やり入店してくるなり、そう言った。


 そいつが指差す方向には俺たちのテーブルがあり、俺はギョっとした。


「ほら! あの赤い服着た女! 後姿だけでもわかるぜぇ! 別嬪にきまってらぁ。俺はあいつに酌して貰うまで帰らねぇぞ!」


 その言葉に今度はメアがギョっとして固まった。


【解。オーク。普段は冷静・豪胆であるが滅法酒に弱い。飲酒すると押さえの利かない粗暴さが前面に出る為、その点が大変嫌われている。主要十二部族】 


【解。荷物水母。浮遊して運搬に使われたり、貴族や魔術師の移動手段として活用される。役畜ではあるが知能は低くない】


【解。リザードマン。沼地に住みやや原始的な種族。愚鈍な者が多く、その点を他者に利用される傾向が強い。主要十二部族では無い】


「いや、お客さん。あそこはどう考えても無理でしょ? 友人知人が団欒の卓を囲んでる所に入るのは作法に反しますぜ」

「うるせぇ! 俺を誰だと思ってるんだ! 三級<魔術師>ガルベイン様だぞ!」

「ここでは職なんて関係ございやせん! お酒が抜けてからまた来て下せえ!」


 オークはゴスゴをリザードマンに押さえさせると無理やり俺たちのテーブルに近付いて来た。

 メアが小さく悲鳴を上げて俺の後ろに逃げ込んだ。


「なんでだよう! 逃げなくたっていいんだぜアマっ子。コッチ来て酌しろよ。おい! 酒だ! 酒持って来い」

「待てよおっさん。ここは俺の身内だけで楽しんでんだ。他所行けよ」


 俺は折角の団欒を壊されて頭に来ていた。


「なんだてめぇ……俺に楯突いてどうなるのか分かってるのか?」

「うるせえよ、三下。失せろと言ったのが分からなかったのか」


 怒りに震える豚が俺に杖を向けた。

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