第24話 女の戦い 下

 私は湯浴みを簡単に済ますと早速普段着に着替える。

 そうしてから厨房を覗き、住み込みの料理人の一人リッカが残って包丁を研いでいたので挨拶をする。

 

「手違いでパンが多く届いちゃったんで、明日から揚げ物を多く出して消費するそうです」


 私が揚げ物好きなのを知っててリッカは教えてくれる。

 衣としてパンを使うなんて贅沢、と思ったがカビてしまっては勿体無いし仕方ない事なのかも知れない。


「じゃ、じゃあ少しパンを貰っても良い?」

「良いも何も無いですよ。貴女のお願いをこの屋敷で聞かない者など居ませんよ。お館様も含めてね」


 そう言って笑うとリッカはパンだけで良いんですか? と聞いてきた。

 私はぶどう酒にチーズもお願い、と言うとカゴを取りに行った。 


 少し遅いけどセイさんとイスティリちゃんに会いに行こう。

 喜んでくれるかな、そう思いながら私は「岩石採掘亭」という単語を頭の中で反芻した。


 流しの蜘蛛を掴まえて飛び乗ると、僧侶ではなく一人の少女に戻った気がして嬉しかった。

 僧服を着ていれば目立つ。

 目立ってしまえば、「あれがハイ一族の才女か」と言われ、遠巻きにされてしまう。


 そんな中でも私に箔を付けようと高難易度の依頼がどんどん舞い込む。

 そうしてシュアラ学派の長グナールの推薦の元、一級<僧侶>昇格試験への道が開かれる。

 ……そういう筋書きがもう完全に出来てしまっているのだ。


 でも、セイさんとイスティリちゃんは私をそういった色眼鏡で見ない。

 もちろん異国の地から来た男と、魔族の少女だから、という事もあるだろうけれど。

 

 それでも自然に接してくれるあの二人は、私、ハイレアにとって心地よい人たちなのだ。

 

 二人に会いに行こう。そして少し、お話しよう。

 私の胸は高鳴った。


◆◇◆


「用も済んだようですし、もう夜も遅いですからお帰りになってはいかがですかぁ」


 突き刺さる様な目線をメアに向けながらイスティリが棒読みで言葉を紡ぐ。


 ああ……分かってしまった。

 イスティリはメアにヤキモチを焼いている。

 

 すると顔を赤らめて下を向いていたメアが、キッとイスティリを睨んでから冷めた声でゆっくり返答した。

 

「あら? イスティリちゃんでしたっけ? もう子供は寝る時間ですよ?」


 そう言いながら、胸を強調するように腕を組んでからイスティリを正面に見据え、それからイスティリの胸元を計るようにジロジロ見た。

 何か二人の間に紫電は走った様な気がした……というか紫電が走った。


 不味い状況になったな、と思いつつも俺は黙っていた。


 明らかに勝者の戦利品は俺なのが困ったものだが、メアとはさっき出会ったばかりなのに何故だ!?

 何か上手く痛み分けに……引き分けに……に持っていけないだろうか。

 俺は消極的に考えた。


「ボクは今からセイ様と一緒に下でご飯を食べて、それから『一緒に』寝るのだ! この一つしか無いベッドで!」


 イスティリはフフン、とドヤ顔で言うと相手の反応を待った。


「そ、そんな、まさか……。う、嘘ですよね? セイがこんな『ちんちくりん』と同衾するなんて!?」


 そう言ってからゆさり、と揺らし俺に訴えかけてきた。


「ちょっと待て! 『ちんちくりん』とはどういう事だ! この年増っ!」

「と、と、年増は言いすぎでしょう? わたくしまだ二十八ですよっ」


 二人とも目に涙を浮かべて同じ様に地団駄を踏み、乳牛! 貧乳! 行き遅れ! チビ! ……と罵倒の応酬となってしまった。

 イズスは面白そうにそれを見ているだけだった。


(もってもてですねー。セイ)


 ちょっと待て、何故セラまでそんな言い方をするんだ? しかも何か含みを感じるぞ?


「セ、セイはどう思ってらっしゃるんですか?」

「そうだ! セイ様がだんまりってのはどう考えてもおかしいぞ!」


 君達は俺に決断を迫るのか。

 そこに救世主が現れる。


「こんばんは。セイさん、イスティリちゃん、それにイズス様、居られますか?」

「ハイレアさん、丁度いい所に!」

「ハイレアで結構ですよ。ふふ」


 彼女の登場でメアは元のお姉さんキャラを被ると、勤めて平静を装ってすまし顔になった。


「あら。レア、どうしてここに?」

「はい、姉さん。リッカにパンを貰ったので二人とイズス様に食べて貰おうと」

「そうなの? 丁度ご飯にする所みたいですよ」


 ここまで切り替わるのも凄いと思うが、どう対処して良いのか分からなくなったイスティリはと言うと、ハイレアの手前もあってか大人しくしていた。

 メアがハイレアに向いている間にサラリ、と彼女の髪を撫でてやる。

 イスティリは途端に機嫌が良くなってハイレアに元気に挨拶しに行った。


「こんばんは! ハイレアさん! 一緒にご飯にしようよ。そのパンもマグさんに切って貰ってさ」

「マグさん?」

「ここの給仕さんなの。凄く優しい人なんだ!」

「そうなの。じゃあ……お言葉に甘えて」


 メアは少し逡巡していたようだったが、意を決したように、「わ、わたくしもご一緒します」と大きな声を出してから、自分の声の大きさに赤面した。


「姉さんが外で食べるなんて珍しい」

「いつも職務の合間に胃に詰め込むだけだからな」

「でも最近は同じ食卓を囲むことも無かったし、嬉しい」


 ハイレアはそう言うとイスティリと手を繋いで一階に降りていった。

 俺たちも後に続く。


「そ、その。いきなり君の伴侶を侮辱して申し訳なかった」


 こっそりメアが囁いて来る。


「イスティリとはそういう関係じゃないですよ。仲間です」


 俺も囁くと彼女はホっとしたように眉を下げる。


「第二婦人でも良かったんだが」


 俺は最後にメアが何と言ったか聞き取れなかった。

 聞きなおす暇も無く、メアはそそくさと階段を降りていった。

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