第27話 団欒を壊す者 ③
「へっへーん。どうでしたかセイ様? ボクの実力!」
彼女は余裕綽々と言った様子で俺の所まで駆け寄ってきた。
俺が髪をくしゃくしゃに撫でてやると顔を綻ばせて飛び跳ねた。
野次馬たちが歓声を上げ、その声を聞いた通行人が「何だ? 何やってるんだ?」と集まり始めて、更に厚い囲みを作る。
その野次馬たちの中で、豚は苦しそうに息をしながら、自身の配下があっさりと敗北した事に愕然としていた。
しかし発言の最後にはキチンと「ブヒィ」と付けた所は正直評価しても良いと思った。
それだけこの決闘には拘束力がある、という事でもあるのだろうが。
「次は俺が試合形式を決めて良かったんだよな」
愕然としている豚に改めて俺は伝える。
「あ……ああ。その通りだ。どのような場合では取り決めは守らなければならぬブヒィ。それを破れば名誉は得られぬブヒィ」
団欒を囲んでいただけの人たちを奴隷にしよう、という決闘に俺は名誉の欠片も感じ取れなかったが、彼なりにオークとしての矜持があるのだろう。
「セイ! 次はわたくしです。わたくしの番です!」
「本当にこんな事頼んで良いんですか? 次も格闘にしてイスティリを出す事も出来るんだけど……」
「はい! 洗濯板にばかり良いカッコはさせられません! 形式を『魔法合戦』と伝えてください!」
洗濯板という単語はちょっとイスティリには聞かせられないな、と思いつつも三級<魔術師>が二級<魔術師>に勝つような事も無いのだろうというのは検討が付いた。
「次の形式は『魔法合戦』だ。俺の代わりにこちらの女性が出る」
おおっ! という歓声が野次馬から上がり、メアは中央に躍り出た。
場違いな赤いドレスをなびかせながらメアはオークに対峙する。
「なっ!? 俺の有利な形式を選ぶとは墓穴を掘ったなブヒィ! 一度勝ったくらいで調子付きよって……ブー」
何か今誤魔化さなかった? と思ったが追求してやるのも可哀想なのでスルーしてやる。
「我が名はハイ=ディ=メア! 例えオグマフ家の長子殿と言えども我等が団欒を壊す者には鉄槌を! さあ! 正々堂々と勝負されよ!」
「姉さん頑張って!」
ハイレアが一際大きな声で応援すると、メアがこちらを振り向いて手を振りながらニッコリ笑った。
「あのお方は……もしかして、魔道騎士メア様ではないのか?」
「ほ……本当だ。きっとあのオークが悪さをしている所を誅して下さる為に来て下さったのだ!」
「流石はダイエアランの守護者様! もし魔王が攻めてきてもあのお方が居られる限り大丈夫だ!」
「なんとお美しい。お召し物もさることながらあの凛々しい横顔っ。メア様ーっ!」
【解。ダイエアラン地方。ダイエアラン・ドゥア・ヘレルゥ・レガリオス・ロオス、の五都市とその近隣を総じてダイエアラン地方と称す】
野次馬たちが口々に喋るがメアの事を悪く言う輩は居らず、彼女に対して好意的な様子だった。
「よし! では『魔法合戦』と行こう!(ブヒィ) 攻撃側・防御側、どちらを選択したい?(ブヒィ)」
流石に大衆の面前では恥ずかしいのか、語尾は尻すぼみになったが少し位は許してやろう。
「わたくしに選ばせてよろしいんですの?」
「ああ、俺はどっちでも勝つ自信があるからな(ブヒィ)」
「では杖も持ってないことですし、防御側で」
【解。魔法合戦は魔術師たちの力比べ。攻撃側の魔力が切れるまで防御側が耐え凌げば防御側の勝利。防御側がダメージで意識を失う、あるいは降参した場合は攻撃側の勝利】
おいおい、結構危険な勝負じゃないか! と思ったがもう試合は始まってしまった。
豚が詠唱すると上から下に落ちる雷を放つ。
これなら当事者以外には流れ矢のように魔法が他の人に当たることも無いのだろうが、メアはかなり危険なんじゃないのか!? と俺は今更ながら後悔した。
「どうだ! 俺の<雷撃>は! 高速詠唱と魔力練度は例え魔道騎士でも適わんだろう! 今のはわざと外した。悪い事は言わんから敗北宣言しろよっ」
「ふふ。あの程度の錬度でわたくしに喧嘩を売ろうとは。……セイが取り決めた言葉遣いはお止めになったんですか?」
「当たり前だっ。この試合で勝利するんだからなっ。もう帳消しだ!」
豚は身勝手な事を言い始めた。
先ほど「少し位は許してやろう」と思った俺の思いやりはあっさりと踏み躙られた。
「ふふ。そんな事だからセイに『三下』と言われるんですよ」
その挑発に乗った豚は怒り狂い、メアに連続で<雷撃>を落とす。
彼女が上品にステップを踏むと、魔法の雷電は次々と地面に突き刺さっていった。
メアは攻撃の合間を縫って、ドレスのスカートを左手で摘むとスカートを左右に振り、手を叩いて見せる余裕まであった。
雷撃を回避する度に野次馬たちの歓声が大きくなっていった。
踊るように魔法を回避するメアは本当に美しく、それが戦いであることを忘れて俺は魅入ってしまった。
豚は更に荒れ狂い、息を付く間も惜しむかのように<雷撃>を落とし続ける。
「流石はメア卿。あの程度の雷撃は予測可能か」
「隊長、如何いたしましょうか?」
「市民に被害が出そうになってからでも遅くは無いだろう。仮にも決闘であるとの事だから今止めれば遺恨が残る」
「はっ」
俺がその声の方向を見ると、騒ぎを聞き駆けつけたらしい十名ほどの兵士たちが静観していた。
全員がオークで構成されており、お仕着せの金属鎧を着用していた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
豚が荒い息をし始め、雷撃の間隔が長くなってくる。
野次馬から、「大したことねえなーっ」と罵倒が浴びせられると、あちこちから失笑が沸き起こる。
「お、おのれ!」
豚は長い長い詠唱を始める。
「お待ちなさい!」
「なんだぁ!? もう詠唱は完了したぜ! あとはお前さんに撃つだけさ!」
「それは<稲妻>でしょう! この市民が居る前で使う魔法ではありません!」
「知ってるさ。直線で放たれる雷電、お前が避けたらどうなるだろうなぁ?」
<稲妻>なら俺も知っている。
マンティコア達が使ったのは今日の昼の出来事だからな。
とっさに俺はメアの盾になろうと中央まで走った。
イスティリが豚の方向に駆けていくのが見えた。
「卑怯者! 皆さん逃げて下さい! この男が使うのは危険な魔法です!」
「はっはー、お前が壁にならなきゃこいつらは血塗れさ! 俺の勝ちだ!」
野次馬たちは悲鳴を上げながら逃げ惑うが、そこに豚の稲妻が容赦なく放たれた。
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