第21話 幻視の巫女

「ベルモアさんの槍、凄いですね! あれだけ貫いても曇り一つ無い!」

「ハッ。ありがとよ。穂先と装飾だけミスリルの業物さ。お前の斬撃だって凌いだだろ?」

「そう言われてみれば……ボクも自分の武器が欲しいなぁ」

「今回出る報酬で武器を買ったらいいじゃねえか。あとな、借り物の斧であれだけ立ち回れる奴ぁ王都にだって居ないぜ」


 イスティリとベルモアは戦士らしい会話でお互いを褒め合っていた。

 ベルモアは認めた相手にはその凶暴さは薄れるのか、結構楽しそうに話していた。


 厩舎は本格的に燃え始めてきたが、特に鎮火作業を行うことも無く焼けるに任せていた。

 唯一ハイレアだけが厩舎の外周に木の枝で文字を書いては呪文らしきものを唱えていた。


「与えられた任務はあくまでマンティコアの討伐だしな。馬も最初の一頭食われただけだし、被害は最小限に抑えたと思う」


 ゴモスが興味なさそうに呟いた。


「火が他に広がらない様、火霊には釘を刺して置きました」


 ハイレアが作業を終えて合流し、ゴモスは、「助かる」と言いながら軽く頷いた。


「そう言えばトリカゴはあの厩舎の下に隠されたダンジョンがあるって言ってたな」

「トリカゴ?」

「あのマンティコアの首領の名前らしい」


 俺の言葉にゴモスと地獄耳ベルモア、それにハリファーが反応する。


「ふむ。ダンジョン云々が本当の話ならかなり美味しい話になりそうだな」

「ハッ! マジかよ! アイツラの目当ては馬じゃなくって未発掘のダンジョンかよ! ヒュー!」

「未発掘のダンジョン! 俺にも運が向いてきたなぁ」


 流石は本職。皆興味津々の様子だった。


「それと、マンティコアぶら下げてた鳥籠には何か囚われているんだと思う」

「何故そうと分かった?」

「鳥籠にこの現状を打破する最善策を教えろって言ってたんだけど、支払いでモメてる間に殺された」

「なんだそりゃ。ともかく見に行ってみるか」


 そう話していると、イスティリが鳥籠を持ってこちらに来る所だった。


「セイ様。中にはダーク・フェアリーが1人居ました」


 鳥籠の中に居たのは掌より少し大きい程度の少女で、黒揚羽によく似た羽を持っていた。


【解。ダーク・フェアリー。ウィタスに居る個体数は十体以下。ほぼ絶滅状態である。彼らは生れながらにして占者であり、幻視の巫女。但しその幻視には危険が付きまとう。主要十二部族ではない】


「お救い下さりありがとうございます。名をイズスと申します」


 鳥籠の中で丁寧にお辞儀し、目を伏せる。


「ダ、ダーク・フェアリー」


 ハイレアが喉をゴクリと鳴らして後退りした。


「だ、代価を支払えば未来を見せてはくれますが、危険な結果を伴います」

「どんな危険なんです?」


 俺は興味を持った。

 未来が見えるなら俺の行く末も見ることが出来るのではないのか、と思ったのだ。


「彼らが見せる幻視は『最も最低な未来予知』と呼ばれています。本人の望みが叶う未来を見せてはくれるのですが、その未来は最も苦しく、最も危険な選択を迫られる未来なのです」

「それでも、一つの正解ではあろう?」


 イズスと名乗ったダーク・フェアリーがハイレアに問いかける。


「例えば、ある男が後十年は生きたいと願う。答えを欲し、私に代価を支払う」

「で、ですが」

「最後まで話を聞け。その男は代価として財産の半分を私に捧げ幻視を見る。男は確かに十年は生きるがそれは牢獄の中であった。何故ならば翌日口論の末に殺されることを知った男が、先に相手を殺して牢獄にぶち込まれる幻視を見たからだ。そして男はそれでも生きたいと願い、その幻視通りに動いた」

「……」

「だが男が十年は生きたい、という願いは叶った。これを正解といわず何と言う?」

「こ、口論を回避する予知を見せれば良い話なんでは無いですか!」

「我ら一族の幻視はそういう都合の良いふうには出来ておらぬ」


 それに……とイズスは続ける。


「そもそも、読み取り方を間違っておるだけじゃ。男は何故その運命を受け入れた? 何故その未来視のみを信じた? 何故変えようとしなかった?」

「それは……」

「お主は言うたの。『最も最低な未来予知』と。しかし未来はその一つか? 答えは一つしかないのか? 最も最低な選択肢を削ったという認識はないのか?」


 ハイレアはハッとした様に顔を上げ、それから鳥籠の前に膝を付いて頭を垂れた。


「イズス様と言われましたか。私が愚かでした。非礼をお詫び致します……」

「……分かれば良い。私も言い過ぎた」


 ハイレアは即座にイズスに非礼を詫び、自身の無知を恥じた。


 俺にもイズスの言っている意味を理解できた。

 イズスの幻視は最低の選択肢を一つ消してくれるだけなのだろう。

 しかしその点を理解出来ない者達によって、ダークフェアリー一族は言われ無き辱めを受けてきたのかも知れない。

 

「あのマンティコアは窮地に立つ度に『財産』である群れを切り売りしては危機を脱していた。そうしてまた新たな群れを作り、そうやって生きておったのだ」

「俺達があいつの群れを皆殺しにした結果、あいつは幻視が出来なかったのか。それで得ても居ない財産を提示せざるを得なかった」


 俺は納得した。


「なんじゃお前。あの会話が理解できるとはなかなかやるの! 魔術師か?」

「いえ、そうじゃないんですけど……」

「あれは胸がすく思いじゃった。トリカゴの狼狽っぷりを思い出すと笑いが止まらん!」


 全く興味が無さそうなベルモアが欠伸をし始めた。


「おい! いつまでもくっちゃべってねえで帰ろうぜ! 腹ぁ減ったぜ」

「そうだな。これからイズス殿はどうされる予定だ?」

「出来れば連れ帰って欲しい。この鳥籠は解呪でもせん限り抜け出せぬ。ここに置いて行かれると私は餓死してしまう」


 分かった、とゴモスが言い、ひとまずはイズスも町に連れ帰る事になった。

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