第22話 ハイ=ディ=メア登場

 鳥籠はイスティリが持つことになった。

 イズスは帰路で彼女とずっと話していた。

 というか一人でただひたすら話し続けており、イスティリは只相槌を打っているに過ぎなかったが。

 漏れ聞こえる話を要約すると、あのマンティコアが持ってきた<檻>と呼ばれる魔法が掛かった鳥籠に閉じ込められて二十年近く奴隷の様な扱いを受けていたという事、『財産』として生贄にされるマンティコアはその魂が不味くて堪らなかった事、水が欲しいと言えば檻ごと川に沈められた事……。


 町に帰り着いた時、イスティリが俺の袖を引っ張った。


「セイ様。イズスさんをボク達の所に連れて帰っても良いですか?」

「どうした? 俺は別に構わないが。ゴモスに聞いてみよう」

「はい。ボクも先週まで彼女と同じ様な境遇でした。彼女に綺麗な水で体を洗って貰って、美味しいご飯を食べて貰いたいです!」


 なるほどな。

 イスティリの気持ちは痛いほど分かる。

 その話を聞いていたイズスは、イスティリを女神様でも見たかの様な顔で惚けていた。


「報酬の件はまた明日にでも改めてさせて貰おう。何と言っても七体ものマンティコアの討伐にダンジョンの情報、この二つを加味して改めて試算せねばならんからな」

「ああ、分かったよ。所で、イズスの身柄を俺が預っても大丈夫か?」

「明日改めて連れて来てくれるんなら問題無い。どうした? 情でも沸いたのか」

「情が沸いたのはイスティリのほうさ。以前の自分の境遇と被るんだ」


 ゴモスは「そうか」と短く言うとベルモア、ハリファーを連れて冒険者ギルドの方へ歩いて行った。


「ハッ。またな! <魔斧使い>にそのご主人様!」

「あーあ、一度も使ってないトラバサミ、もう使い物にならんだろうなぁ……。あ、またな。一緒にダンジョン潜ろうな」


 彼らを見送った後、ハイレアには迎えが来た。

 というか近くに停めた馬車の中で様子を伺っていたらしい。


「レア、迎えに来ました」

「姉さん! もぅ。まるで私だけ子供みたいじゃないですか!」

「そう言うな。私とコラスにとって、何よりもお前が一番大切なのだ」


 ハイレアを少しキツめにした感じの妙齢の女性がそう言いながら、柔らかく笑った。

 そうしてから彼女の手を触り、身体を触り、「どこも怪我してないな」と確認を取っていた。


「は、はい。皆さんが守ってくださいましたから」

「そ、そうか! そちらの皆様方、妹がお世話になりました。わたくしはハイレアの姉、ハイ一族の当主ハイ=ディ=メアと申します。以後お見知りおきを」

「ご丁寧にどうもありがとうございます」


 後から知ったのだが、ハイ一族というかここら一帯のヒューマンは一人前と認められるまでは余り姓名を分けて言わないものらしい。

 世間に認められて初めて○○の一族の○○という風に名を改めるのだとか。お姉さんはさしずめハイ一族のメアさん、といった所か。

 酔っ払ったハイコラスがハイレアさんをレアと呼んできたのは家族だから可能なのかも知れない。


「こちらの方はセイさん、それにイスティリちゃん、あとマンティコア討伐の際に救出しましたイズス様です」

「よろしく、セイ様。それにイスティリ様。私の事はメアとでも呼んでくれ」

「分かりました。俺もセイで結構ですよ」


 そうしてからメアは鳥籠の中を覗き込み、衣服が汚れるのも気にせず膝を折って挨拶した。


「イズス様、わたくしメアと申します。古い文献で貴女様の御名前を拝見したことがございます。黒揚羽の羽を持つダーク・フェアリーといえば只一人でございましょう」

「妹と違って博識であるな! だがお前の妹も素養は高い。これからもっと伸びるじゃろう」


 メアは自分の博識を褒められた時は表情に変化が無かったが、妹の下りでパァァァっと零れんばかりの笑顔になった。


「はい! ありがとうございます。何か必要なものはございますでしょうか? 何なりとお申し付け下さい」

「ありがたい。この牢獄から脱したいのだ。それと服が欲しい。その二点頼めるか」


 メアは、「お任せ下さい」と言うなり馬車に戻って杖を持って帰って来た。

 彼女は素早く呪文を詠唱すると鳥籠を杖でチョンチョンと軽く叩いた。


 カシャリ! と鳥籠の扉が開きイズスは解放された。


「姉さんは元々魔術師なんですよ。当主になってからは引退してしまったんですが」

「そうなんだ」

「ええ、有事には前線に立つ『魔道騎士』でもあるんですよ!」


 ハイレアが姉の事を誇らしげに教えてくれる。


「服は夜にでも届けさせましょう。ひとまずこれをお使い下さい」


 メアはハンカチを取り出すと二枚に裂き一枚は胸元で結わえ、もう一枚も腰にパレオの様に巻き付けた。


「魔術の才覚もあり、気遣いも出来る。なんと素晴らしい……」

「ありがとうございます。本日はどちらにいらっしゃいますか?」

「セイ殿の住まいで厄介になるつもりじゃ。イスティリ嬢と水浴みの約束をしておる」


 イズスは自由を得たが、俺たちの所で厄介になるつもりらしい。

 彼女は先程のイスティリの優しい発言に恩を感じている様子で、イスティリの所まで飛んで来ると手を取って甲にキスをした。


「分かりました。セイは今どちらにお住まいなのですか?」

「岩石採掘亭って所で宿を取っています。二つ辻をまっすぐ行って左です」


 それでは後ほど、メアはそう言うとハイレアを連れて馬車で颯爽と帰っていった。

 馬車に乗り込む際、メアは一度だけこちらを振り返り、俺と視線が絡んだ。

 彼女はパッと顔を赤らめた気がしたが、よくは分からなかった。


「むうぅ。これ以上セイ様の周りに女の人が増えるのは危険だ」

「ん? 何か言ったか。イスティリ」

「いいえ! 別に何にも! 先に帰ってイズスさんに水使って貰いますね」


 イスティリは駆けて行ってしまった。慌てて追いかけるイズス。


 俺が宿に帰ると丁度さっぱりしたらしいイズスとイスティリが、お腹を空かせて待っていた。


「セイ様遅ーい!ボクあやうくベッド食べる所だったよ!」

「そうじゃそうじゃ」

「悪い悪い、水使ってる時に入ったら失礼だろうから、ゆっくり帰って来てたんだ」

「えー。ボクはどちらかっていうと見られても良いんだけどなー」

「イスティリ嬢の旦那様は奥手じゃな」


 旦那様、という単語でイスティリは顔を真っ赤にして、頭から湯気を出して固まってしまった。


 その時、セラがカコッカコッ、と大きな音を出した。


「「木の実!」」


 俺とイスティリは手を取り合って喜んだ。

 

 当たり前の話だがイズスは何の事か分からずに小首を傾げていた。

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