第17話 ハイコラスさんの集中講座
「ハイレアさん、ありがとうございました」
「いえいえ。私の知識でよろしければ、いつでも」
俺は彼女にお礼を言った後、その後どういう展開で今に至るのかな、と呟いた。
「よぅし、そっかりゃ先は俺っちの専門分野だ。歴史だからな」
ハイコラスが少し呂律の回らない舌で語りだす。
神々は死んだ。
あるいは消耗しすぎて休養に入った。
神話の時代は終わったのだ。
人々はまだ残っていた黄金の麦を収穫し撒くようになった。
そして他の食料を求めるようになっていった。
最初の内はそれで何とかなったが、黄金の麦の収量倍率が年々低下した。
加えて神の祝福なく撒かれた麦は、年を追うごとに只の麦へと変容していった。
しかし反比例するように人口は増加して行き、徐々に不足し始めた食料を求めて、人々は少しずつ争うようになっていった。
そこに突如として『魔王』と称する者とその配下が現れ、人類を襲い始めた。
最初に現れた魔王は当時最大の集落であったザブの都市の住人を皆殺しにした後、大規模な掃討戦の末に討ち取られた。
その後も魔王は現れた。
人々は組織化し、魔王の襲来に備える様になって行った。
魔王らは当初こそ単純な戦闘を好む者達であったが、代替わりする毎に彼らの戦術は多様化し、人間側の死者は確実に増えていった。
そして遂に人々は、魔王撃退までに最低でも人類の二割が死ぬような状況にまで毎回追い詰められた。
人々は打開策を血眼になって探した。
……そうしてようやく答えに辿り着いた。
「ネストの存在さ」
そう、人々はネストの存在に気付いたのだ。
魔王が降臨した際、その出身ネストはそのまま魔王軍の中枢として機能する。
そして他のネストの主は魔王軍の幹部として魔王に忠誠を誓うのだ。
「簡単な話さ。魔王が降臨するまでひたすらネストで鍛錬を積む。魔王が降臨したらいきなり魔王軍が完成さ」
人々は魔王を倒した後、定期的に地下で発生するネストを徹底的に探すようになった。
ここに至るまでにおよそ三百年が経過していた。
そして全てのネストを撲滅することに成功し続け、およそ四百年間魔王の襲来は無かった。
「この時代は銀の時代、とも言われている。割と安定した時代だったからな。争いへの体力は全てネスト撲滅に消費されてたんだ」
しかしその安定は人類の慢心によって崩れ去った。
ネストを一つ見逃してしまったのだ。
そのネストの名はイモータルズ・ネスト。
ヴァンパイアを軸にした不死者の巣。
魔王は降臨し、自らのネストしか残っていない事を悟ると配下に指示を出した。
「隠れて撃て、そう指示したのさ。その魔王は十七年間でゆっくりと世界を侵食して全土にヴァンパイアを増やしていったんだ」
そして機が熟するのを待っていた。
あるいはこのまま世界中の人々をヴァンパイアにしてしまえば魔王の勝利であっただろう。
だがそうはならなかった。
「後に『勇者』と呼ばれる存在がある男に降臨し、魔王を討ったのさ」
魔王討伐と共に世界の人口が一割減った。
つまりはそれだけの数がヴァンパイアであり魔王の手勢であったのだとされるが、あまりにも緩慢とした襲撃であった為に実際どれだけの人々が魔王と共に消滅したのかは定かではない。
「もうそこまで行くとヴァンパイアだけの町もいくつもあったし、王侯貴族全部ヴァンパイアって国もあった位さ」
そういった都市や国に、ネスト壊滅の偽情報を流させる。
そうして、さも魔王がまだ降臨していないかのように偽装していたのだ。
「こっからはネスト撲滅とその失敗。魔王降臨と勇者降臨のイタチゴッコさ。それが合わせて二千年近く続いてるって訳さ。これが現在、鉄の時代って言われてる」
ハイコラスはそう締め括ると空になったエールを残念そうに見つめる。
俺はエールをもう一杯彼のために頼んでやった。
「あの、ヴァンパイアってどんな生き物?」
「なんでぇ。そっからかよ! アイツラは人の生き血を吸う。そしたら吸われた奴はアイツラの言いなりさ。計三回に吸われたらおしまい。レッサー・ヴァンパイアって種族に堕ちて魔族の仲間入りって寸法さ」
「ありがとう。ほら、ハイコラスさんのエールが来たぜ」
「うぉう! ありがてぇありがてぇ」
ふとイスティリを見るとしきりに考え込んでいる様子だった。
「どうしたんだ? イスティリ」
「はい、セイ様。ボクは魔王側の視点でしか学んでこなかったので、今の話は大変勉強になったと思いました」
なるほどな。
今度機会があればイスティリに魔王側の視点とやらを聞いてみたいな。
「兄さん、私講義の時間だから出るね」
「おうよ。っとその前に<文字理解>使っちまったから補充させてくれよ」
「同じものを複数取り置きできたらいいのにね」
ハイレアさんがクスクス笑いながら呪文を唱え、彼は素早く食べる仕草をした。
「じゃあ、皆さん。またどこかで」
彼女は颯爽と出て行った。
綺麗な人だったなと、少し鼻の下を伸ばしていると眉を吊り上げたイスティリに、テーブル下で足をガスッと踏まれた。
「いでっ……怒るなよ、イスティリ」
「ふーん、だ。セイ様はボーン・キュ・ボーンなハイレアさんのオシリでも見とけば?」
「悪かったよ……」
女の怒りは怖い。
俺は徹底的に折れる作戦で対抗した。
平謝りってやつだ。
「んぁ? お前に妹はやらんぞ! けど嬢ちゃんよか発育が良いのは確かだ。ダハッハッー」
誰もそんな事聞いてないぞ。そして更に眉を吊り上げるイスティリ。
勘弁してくれ……。
「ボクだって成人すればもっとあちこちデカクなるんだ! 今に見ていろ!」
イスティリはハイコラスの胸倉を掴んで揺らした。
とばっちりを受けた彼は今にも吐きそうな顔で青ざめていた。
「ちょ、ちょ、食ったもん出る。もったいな……」
俺は空のジョッキで呑む振りをして凌いだ。
つまりはハイコラスを生贄にして、自分の身の安全を確保したのだ。
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