第16話 冒険者ギルド ④

「ま、待てっ。俺様はまだ負けちゃいねえ!」

「往生際が悪いぞ、ベルモア。これが実践だったなら今お前は息をしていない」


 戦いを仕切った巨漢が豹娘の言葉を否定する。

 豹娘は立ち上がると巨漢を睨みつけ、それからイスティリに向き直って大きく息を吐いた。


「ゴモスの言う通り、か。……負けを認める」


 豹娘は以外にもあっさり敗北を宣言し、イスティリに歩み寄った。


「散々虚仮にして悪かったよ、お前は紛れも無く戦士だ」

「ボクも子猫なんて煽ってすみませんでした」


 俺は戦いのレベルの高さに驚いた。

 豹娘は冒険者として食っているのだし強いのだろうという感覚はあった。

 そしてイスティリもネストを失うまでは魔王候補として養育されていた訳だから、戦闘訓練も受けていたのだろう。

 俺は戦いの知識の無さから漠然とそう考えているに過ぎなかった。


 しかし実際蓋を開けて見れば、ズブの素人である俺が口を挟める瞬間など微塵も無いほどの、高次の戦いが繰り広げられた。

 しかもイスティリは片手が無い状態でそれなのであるから末恐ろしい。


 <武具の神童><魔斧使い>といった称号の意味がようやく理解できた瞬間でもあった。


「えへへ、セイ様。ボクの実力見てくれました?」

「ああ、凄かった。でもイスティリが怪我しないかヒヤヒヤした」

「ボクは仮にも魔王種です! 毎日たっくさんの訓練を受けました。戦いは魔王種にとって空気みたいなものです!」


 そうか、イスティリはそういった環境で生まれ育ってきたんだな。

 俺はそう思ったが口には出さずイスティリの頭を撫でた。

 彼女は目を細めて嬉しそうにしていた。


「ふー。一時はどうなる事かと思いましたが、無事終わって良かったです。もし何かあったら始末書物でした」


 メロウさんが額に噴き出した汗を拭いながら俺に近づいてきた。


「あっ、メロウさん。ボク、これで四級<戦士>ですよね!!」

「ええっとですね、その点なんですが。ベルモアさんは三級<戦士>です。そのベルモアさんと『同じ実力』がある事は判りましたので、飛び石で三級<戦士>とさせて頂きます」


 「おおっ」という声が周りから上がる。

 イスティリは自分の実力が認められた事がよほど嬉しかったのか、俺の周りを飛び跳ねた。

 あとメロウさんは豹娘……ベルモアに配慮した言い回しをしたよな。

 まあ俺たちと違ってこれからもここの職員であるのだから当たり前の話か。

 しかしあのベルモアが三級でしかないのか……上位陣はどんな化物なんだろう。


「ハッ。次は勝つぜ! おうお前ら! ハラぁ減ったな、飯いくぜ」


 居心地が悪いのかベルモアは数人引き連れて外へ出て行ってしまった。


 先程戦いを仕切った坊主頭、ゴモスが「良かったな」とイスティリに声を掛けた。


「武器、ありがとうございました。凄く手入れが行き届いていて手に馴染みました」

「そうか」


 ゴモスは斧を受け取ると、イスティリに拳を突き出した。

 彼女も拳を作りお互いに拳を軽くぶつけ合った。

 そうしてから彼も立ち去っていった。


 それからイスティリのプレートに三級<戦士>と刻んで貰ってからギルドを出た。


「戦ったらお腹空いちゃいました」

「そっか。じゃあ何か食うか」


 街を散策し、二人で食堂の様な所に入る。

 そこには先程冒険者ギルドで見たハイコラスが居て、四人用のテーブルに山の様な食事を並べてガッつきながら俺たちに手を振っていた。

 よく見ると彼の正面には白いローブを着た女性がおり、彼女もご飯をモリモリ食べていた。


「よー、お二人さん。さっきはども。お陰で妹と二人で旨い飯が食えてる。感謝するぜ」

「やあ、ハイコラスさん。こちらこそ。折角だから同席してもいいかい」


 女性は一旦手を止めてペコリと頭を下げると、焼いた海老に手を伸ばした。


「ああ、いいぜ。食事は大勢で食べたほうが旨い。おいハイレア、こっち詰めろ」

「んんふふ」


 海老を頬張りながらハイレアと呼ばれた女性は椅子を一個ずれて俺たちの席を空けてくれる。


「妹のハイレアだ。俺っちと違って才能を見込まれてる僧侶さ」

「は、初めまして。ちょっと兄さん! 才能を云々は必要ないでしょ!」


 俺たちも席に座りながら軽く挨拶する。

 そこに給仕が現れて、「注文するかい?」と聞いてきたのでまずはオーダーを、という流れになった。


「えーっと、ボクもお姉さんと同じ海老! それにお肉の団子、あとね手羽先の焼いたやつ! パンとスープ、スープは何味?」

「芋かエンドウ豆が選べますよ」

「じゃあエンドウ!」


 俺はそれほど腹が減ってなかったので、昼過ぎからエールと呼ばれるビールを頼んだ。

 それにアテをいくつか頼んで呑み始める。


「エールか。良いね。俺っちもキュっといきたいね」

「一杯おごるよ」

「ありがとさん。この肉炒め食べなよ、旨いぞ」


 二人でチビリチビリやり始める。

 酒が入ったハイコラスは何故か急に妹自慢を始める。


「俺っちは素質が無くて四級<魔術師>止まりなんだがな、こいつはもう二級の<僧侶>なんだよ。ハイ一族の誇りさ」

「もう、兄さん。お酒が入るといつもこうなんだから……兄がすみません」

「いえいえ、ハイコラスさんは妹さんが自慢なんですね」

「そうよ! ウチの妹は優秀なんだ! なんたって百人に一人受かるか分からん二級試験を一回で通り抜け、シュアラ学派の長その人がレアを勧誘しに来た位だからな!」


 【解。シュアラ学派=神は死んでは居らずいつか帰還する、が根本思想。三大学派であり最大派閥】


 ふむ。

 テマリはウィタスの神は死んだ、と明言していたがウィタスの住人達はどこまで理解しているのかな。


【解。二神が別の次元から侵略してきた神と戦い、相打ちとなったが世界は守られた、というのがほぼ共通の捉え方である】


 なるほどな、と思案に耽っているとイスティリが袖を引っ張って来た。


「ん? どうした」

「おかわりしていいですか?」


 好きなだけ食べな、と伝えてからハイレアさんに質問してみる。


「ハイレアさん。俺は凄い田舎で育ったので宗教というものにかなり疎いんですが」

「はい」

「良かったら、その、この世界の創世神話ってどんなものか教えて貰っても良いですか?」


 良いですよ、と彼女は微笑み、語りだした。


 この世界--ウィタス--はまだ若い二柱の神々によって創世された。

 彼らは滅びた次元マルテルの最後の生き残りであり、幾星霜の苦難の末に神へと到達した。


 二神は考えた。

 この世界を滅びに瀕した者達の箱舟としよう。

 我等と同じ苦難を歩む者達にとっての最後の砦としよう。


 大気はどの様な生き物にとっても無害であるよう作り、全ての生き物が食すことが出来る黄金の麦が天使達によって大地に撒かれる。

 そうした後、二神は次元を飛び回り、様々な種を救いウィタスへと導いた。


 ウィタスへと到着した種は赤い龍によって守護され、傷を癒し、数を増やす。

 そうした後、青い龍に導かれ新天地を目指すのだ。


 新天地は二神の考えに共感した他の世界の神々の協力によって選ばれた。

 歓迎され、そうしてその土地に定着していくのだ。


 しかしそれも長くは続かなかった。

 別次元の貪欲な神がウィタスに目を付けたのだ。


 その大気を寄越せ! その麦穂を全て寄越せ! お前達が苦心して創ったその世界を全部食わせろ!


 美 味 そ う だ !


 その貪欲な神は突如襲来し、世界を……-ウィタス-を吞み込もうとしたのだ。

 二神は否応無しに戦う羽目となり、自らの命を賭してこの世界を守ったのだという。


 その戦いで青い龍も死に、絶望した赤い龍は使命を放棄して永遠の眠りについたという。

 二神の作り出した天使達は休眠し、天界から黄金の麦が撒かれなくなった。


「しかし今は我等に与えられた苦難の時なのです。いつの日にか二神は帰還し、ウィタスを救う。そう私達は信じているのです」


 彼女はそう締め括ると、ぶどう酒で喉を潤してからニッコリと笑った。

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