第15話 冒険者ギルド ③

 ハイコラスがイスティリに向かって右手を向ける。

 そうしてから何かを掴む仕草をすると、彼の手の内には青灰色のぼんやりとした物が入っていた。

 彼は『それ』をパクリと食べてしまった。


 俺の手の甲から蜂の刺青が飛び立ったかと思うと、これもまたハイコラスの口の中に消えて行ってしまった。

 こうして俺と彼女の隷属関係は解消したのだった。


「えへへ、これでボクは自由。なので自由にセイ様と一緒に旅立つのだ!」

「そうだな。気の向くまま風の吹くまま、三人で世界の最果てまで行ってみるか」

「三人?」


 『カココッ』っとセラが自己主張した。

 イスティリは「あっ」と小さな声を上げて赤面してしまった。

 ……実はセラは俺たちの言葉が分かるんじゃないんだろうか? と最近思う。


(うふふ)


 セラは意味深に笑った。


「まいど。『蜂』は俺っちのハラん中だ。これを売れば久しぶりに旨いメシが食えるぜ」


 ハイコラスは満足そうにニヤニヤ笑いながら立ち去っていった。


「うーん、解呪士を連れて来たのにハイコラスさんに解呪されてしまった……」

「え?あの人、冒険者ギルドの解呪士じゃないんですか?」

「はい、あくまで金銭的理由でここで寝泊りしているはぐれ者の魔術師です」


 メロウさんは薄くなった頭を撫でながらしかめ面をしていた。

 彼が連れて来た専属の解呪士らしき人は、溜息を一つついてから何処かに行ってしまった。


 豹娘と言いハイコラスと言い、メロウさんの苦労が偲ばれる。


「そういえば冒険者ギルド・カードの説明を最後までしておりませんでした」

「まだ何かあるんですか?」

「はい。試験を受け合格すればカードに<職業>を刻むことも出来ます」

「職業?」


 メロウさんが説明するには、冒険者の『職業』には<戦士><盗賊><魔術師><僧侶>の四つがあり、いずれかの試験に合格すればその職業が刻まれるらしい。

 カードに職業が刻まれて初めて冒険者としては一人前とみなされるのだという。


「ここは<戦士>の冒険者ギルドですので戦士の試験しか行っておりませんが、もしよろしければ四級試験は無料で行うことも可能です」


 試験には難易度があり、四級は少し剣術を齧った者の約半数が合格出来る難易度、しかし一級となると単独でダンジョン走破レベルの猛者が落第することもある難易度だという。


 俺には全く関係ないな。

 剣や槍なんて実物を触った経験すらないしな、と思っているとイスティリが試験を受けたいと言い出した。


「セイ様。ボクはセイ様の背中を守る盾になりたい。だから試験を受けて戦士と刻みたいです」


 俺はどうやってこの問題を回避するかを思案してウーンウーンと唸ってしまった。


「ははは。セイ様のお考えが手に取るように分かりますよ。イスティリ様がお怪我をされるのを危惧してらっしゃるんでしょうな」

「ええ。ようやく元気になったのに、また痛い思いをしてほしくないんですよ。こういったのって実践形式だったりするでしょう?」


 イスティリは「やっぱりセイ様は優しい」と言うような事をゴニョゴニョ言った後で「お願いです」と改めて伝えてきた。


 仕方なく俺は折れたが「怪我をしそうになったら止める事」を条件に出した。


 では早速準備を、といった事をメロウさんがいった矢先、先程絡んできた豹娘が室内に入ってきた。


「よう。試験だって? 俺様の出番だな! ハッ、しょぼいスケルトン召還して試験なんて時代遅れさ。どうだチビっこ、俺様と手合わせしねぇか?」


 なんだこの地獄耳。


「ちょっと待って下さい! そんな事は私が認めません!」

「誰に向かって口聞いてんだぁ? あとな、俺様はそこのヒョロガリと話してんだ」


 イスティリは無言で豹娘の前まで行くと「ボクは子猫の相手なんてしたくないんだけどなー」と言った。


「んだとてめぇ……表に出ろ!」

「……弱い奴ほどよく吠えるよね?」


 ああ……これは試験というか私闘なんじゃないのか? と俺は頭を抱えた。

 メロウさんも頭を抱えていた。


「誰か武器を貸してやれ。おい、獲物は何が得意なんだ?」


 庭に飛び出た豹娘が大声で聞く。

 頭に血が上っているように見せて以外に冷静なのには驚いた。


「長柄の斧。出来れば片刃の物があれば」


 その言葉に坊主頭の巨漢が斧を無造作に放り投げた。

 イスティリはその斧を素早く空中で受け取ると、腰を落として構えた。

 豹娘は構えもせず槍を無造作に持っているだけだ。


 イスティリは要求通りの斧。

 斧頭から石突まで鋼鉄の重厚な戦闘用の斧だ。

 対して豹娘の槍は柄は木製だが螺旋状に金属が巻かれており、装飾兼補強の意味合いがあるようだった。


「ではコインを弾く。落ちた瞬間から戦闘開始としよう」


 斧を投げた巨漢が仕切り始め、イスティリと豹娘は互いに相手から目を逸らさず頷く。

 巨漢が硬貨を親指の爪に乗せると素早く弾いた。


 まず動いたのは豹娘だ。

 高速で槍を繰り出しイスティリの胴を狙う。

 イスティリは身体を横に回転させるようにして避けると、その遠心力を利用して斧を横なぎに払う。

 豹娘はバックステップで攻撃を回避しながら、斧の握り手に槍を突き入れる。 

 イスティリは槍の穂先を斧の柄で受けきると、今度は反撃とばかりに斧を振り下ろして槍の柄を狙った。

 だが、そう見せかけて置いて実際には斧を振り下ろさず、素早く中段で止めると、突くように使った。

 そのフェイントに豹娘は一旦上体を引き、槍の柄で受ける形になってしまった。

 イスティリは斧に体重を乗せ、押し込むように突っ込む。


「くっ!」


 豹娘がバランスを崩した所に追撃が入った。

 斧が豹娘の膝に狙いを定め、弧を描いて振り下ろされるが、流石に豹娘も負けては居ない。

 彼女はその斧の軌道に槍を差し込み、穂先を地面に埋没させると、斧頭を柄で受けきった。

 イスティリはそのまま斧頭を槍に滑らせるようにして豹娘の手を狙う。

 豹娘は槍を手放して飛び退った。


「あの嬢ちゃん。結構えげつないな……あのまま槍掴んでたら指、飛んでるよな」


 近くに居た冒険者がポツリと言った。


 武器を失った豹娘は腰に手をやりナイフを掴んだ、までは良かったが……イスティリの前蹴りを喰らって膝から崩れ落ちる。

 それでも豹娘の闘志は途切れない。

 彼女は倒れる寸前にイスティリに向かって目視もせずナイフを一本投げ、もう一本を取り出した所で地面に四つんばいになってしまった。

 投げられたナイフは見当外れだったが、それでも手にしたナイフを素早く顔の前に出して眼前に迫ったイスティリの蹴りに対向する。


「やるねぇ。偉そうな事言うだけあるわ」


 斧を投げた巨漢が感心していた。


 イスティリは蹴るのを諦めてつま先を地面にめり込ませ、豹娘に砂を浴びせかけた。

 たまらず豹娘は砂から目を庇い、一瞬だけ隙が出来てしまった。

 その一瞬の隙を付いて、イスティリは豹娘の側面に回り込み斧を振りかぶった。


「そこまで!」


 巨漢が止める。

 勝者は言うまでもなくイスティリだった。

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