第12話 ブカブカゴブリンさん、服を買う

 セラから出た後、昨日服をくれた女性ゴブリンさんがタライに水を張って現れた。

 名前はマグと名乗った。

 何でも女の子が臭う、というのは我慢ならないらしい。


「女の子は臭う、じゃなく匂う、でなくちゃならないんですよ?」


 これには俺も恐れ入った。

 なんでもゴスゴの従姉にあたる人らしく、彼の一族はしっかりした人物が多いのかも知れない。

 イスティリも体を綺麗にできるのは嬉しい様子で、頬を紅潮させながらマグさんにお礼を言っていた。


「さあさ! 殿方は部屋から出る!」


 そう言われて俺は放り出されたので、食い損ねた朝飯を食いに一階に降りた。

 少ししてから綺麗さっぱりになったイスティリがブカブカの服を着て降りてきた所に、いつもの朝の手伝いを終えたゴスゴが顔を出したので声を掛ける。


「ゴスゴ、おはよう。早速なんだけど頼みがあるんだ」

「へい! と言いたい所ですが内容によりやす」


 ゴスゴさん、なんか以前より警戒してないか?


「この子との呪紋を解除したいんだけど」


 ゴスゴはその言葉に口に含んだ蜂蜜水をゴパァっと吹き出してむせ返った。


「だ、だんな? 昨日の酒がまだ残ってたりするんですかい?」

「いや、残ってないよ。単にこの子を解放しようと思ってさ」


 次の瞬間案の定というか何というか、ゴスゴが目玉をひん剥いて凄い剣幕で捲くし立ててきた。


「セイさん! 失礼とは思いますが今日は言わせていただきやす! 昨日買った奴隷を今日手放す莫迦がどこにいるんです? 7万スロンをドブに捨てて魔王種を世に放り出す!? ナニ考えてるんですかい!!」

「え? ボク捨てられちゃうの?」


 イスティリはどう勘違いしたのか眉を八の字にして今にも泣きそうな顔になっていた。

 ゴスゴはイスティリを見て更に目玉をひん剥いた。

 昨日との落差がありすぎる! と顔に書いてあった。


「ちょ……だんなだんなセイだんなさん。あれからこの子にナニしたんですかい?」

「いや、特に何も。朝ごはんあげたくらい?」


 混乱したゴスゴの問いに正直に答えるが彼はジトッと疑いの目を向ける。


「ボクは自分の意思でセイ様に従う。命の恩は命でしか返せない」


 ブカブカのゴブリン服を着たイスティリがそう告げる。


「セイで良いよ」

「いえ! セイ様はセイ様です」


 イスティリは以外に頑固な所があるようだった。


 ゴスゴは少しだけ納得したようだった。

 ハーッっと深いため息をついてから仕方なく、というふうに話し始めた。

 冒険者ギルドに行き、解呪士を斡旋してもらうのだと言う。


「じゃあ今から服を買うついでに寄るか」

「ボク、解呪しなくて良いよ! セイ様との繋がりだもん……」


 イスティリは何故かモジモジしながら自分の意見を言った。

 しかしそういう訳には行かない、と俺は伝えいつも通りゴスゴに案内を頼む。


 ゴスゴは今日は団体客がくるから案内は出来ないんですが道順を教えやす! と言ってくれた。

 そういえばずっと俺に付き合ってくれてはいたが、店の事も考えなきゃならないもんな。


「そういやセイさんは冒険者ギルド・カードはお持ちでしたっけ?」


 何のことかさっぱり分からないので首を振ると詳しく教えてくれた。

 何でも自分の能力を数値やテキストにしてくれる魔法のカードであるらしく、一応身分証代わりになる為、旅をするなら冒険者でなくとも持つ事が多いらしい。


「セイさんもこのまま旅を続けるんならそういった身分証は何種類か作っておくといいですよ。身分を提示できない、というのは不利になる事はあっても有利になる事はありやせんからね」


 そういえば俺はまったく身分証に該当するものを持っていない事に気づいた。

 身分証代わりになるなら一つ作っておくか。


 まずは当初の予定通りイスティリと服を買いに出る。

 服屋に入るなり彼女は「旅装を下さい!!」と店員に告げ、女の子が着るような可愛らしい花柄などに見向きもせずに皮のジャケットや厚手のズボンを試着する。

 下着だけは俺の見えない所でコソコソと見ていたようだったが、俺が店内をウロウロしている間にブカブカゴブリンさんはさしずめ男装の麗人になって颯爽と登場した。


「おお。見違えた! 可愛らしくなったな」

「ありがとうございます。本当は皮手袋も欲しかったんですが……」


 少し困ったような顔で右手を挙げてみせる。

 と、彼女が急に震えだす。困惑し今にも泣きそうになりながら「セ、セイ様……セイ様ぁ!」と右手を差し出してきた。

 よく見ると切断面から肉が盛り上がり、僅かではあるが再生していた。


 イスティリの動揺さ加減から見ても、魔王種だからといって勝手に肉体の欠損が回復するものでもないらしい、となると。


「「あの木の実」」


 二人は見事にハモった。

 考えられるのはただ1つ、セラの世界になるあの木の実だろう。


「イスティリ、これからあの木の実はいつでも食べていいよ」

「……はいっ!」


 イスティリはポロポロと泣き出してしまった。

 俺は彼女が泣き止むまで肩をさすっていた。


 泣き止んだ後のイスティリはその日終始ご機嫌だった。

 俺だって切断した手が再生するかもって言われたら世界がバラ色になる自信があるな。


 途中雑貨屋に寄り、赤色のピアスを選んで包んでもらう。


「ボ、ボクにですか?」

「マグさんにお礼をしようと思ってね」


 そう伝えるとイスティリは少し残念そうだったが、ボクがマグさんに渡したい! と言ってきたのでピアスの袋は持ってもらうことになった。


「冒険者ギルドに行く前にお昼にしようか」

「はいっ!」


 二人で腹一杯食ってから、俺たちは冒険者ギルドに到着した。

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