第11話 名前

「ぶぇっくしょい!」


 俺は昨日酔っ払ってしまい床で爆睡した。

 明け方になって寒さで目が覚める。

 雪山で遭難する夢をみたのはこのせいか……。


 寝ぼけて日本語でセラにおはよう、と挨拶する。


(んー?今のは朝の挨拶でしょうか? わたくしに分かる言葉、使ってくださいね)

「ごめんごめん。寝ぼけた」

(昨日は大変でしたね? あの女の子、ずっと囚われてたんでしょうか?)

「セラはこっちの言葉分からないのに良く理解できるね。俺には到底無理だ」

(うふふ。褒めたって何も出ませんよ?)


 セラは定位置であるポケットに入っていても外の情報は良く見えている様子だった。

 俺は大きく欠伸をして伸びをする。


「ん~っ」


 ふと俺を凝視している少女と目が合った。

 先程のカコカコ会話している所を見られたらしい。

 冷たい汗が背中を伝う。

 しかもセラはポケットの中だ! 俺が朝から変な儀式でもやってるとでも思ったんじゃなかろうか?


「や……やあ、起きてたんだ」


 少女は毛布をギュっと握り締めて硬直していた。


「い、今セラと話してたんだ」

「……セラ?」


 少女はあたりを見回し、自分と俺しかいない事を確認するといぶかしげな視線を向けた。

 俺は、俺の名誉のためにポケットからセラを取り出して床に置く。

 空気を読んだのかセラがフワーっと浮いて『カココッ』っと大きな音を出した。

 流石セラさんである。


「これ……生き物なの?」


 思ったより食いついた。

 興味津々で聞いてくる。


「生き物、というか四次元世界の天使?」

「天使? 天使ってもっとこう羽の生えた人型じゃないの?」


 そう、俺もそう思っていた時代がありました。

 しかしウィタスにも天使っているのか?


【解。神の眷属としてかつては存在した。現在は休眠状態であ……ぶぇくしょい!】


 おいおい、お前祝福なのに風邪引くの? 突っ込み所満載である。


【解。我は≪完璧言語≫を補助する目的で作られた擬似人格である。宿主からエネルギーを貰って活動している……ので風邪は引くな】


 ウィタスの事柄でない事を答えたと思ったらコレだ。

 さすがテマリの祝福といった所か。


「それにしても完璧……。どんな技術を使ったらこんな完璧な立方体ができるんだろう……」


 少女はうっとりとセラを見て、それからそっと手を伸ばし触れる。

 セラは自由に触らせていた。


「ああ、そうだ。腹、減ってないか?」

「お腹は……すいています」

「ちょっと待ってて」


 俺はセラの中に入ってようやく生ったばかりの木の実を二つとももぎ取って戻ってくる。


「ひゃっ」


 流石にこれは驚くか。

 消えたと思ったらすぐ現れたんだからな。

 木の実を一個手渡す。

 どんな反応をするだろう、とわくわくしながら俺は見守った。


 彼女は恐る恐る木の実に齧り付く、目をまん丸に見開いてそこからはあっという間だ。

 種だけになった木の実を残念そうに床に落としてから、俺のほうに「んっ」と左手を差し出した。

 なるほど、もう一個クレという訳か。

 俺も食いたかったんだけどなぁ、と思いながらも渡してやる。

 満面の笑みで受け取り、果肉を喉に押し込むようにして一気に食べてしまった。


「んっ」

「残念。それで最後なんだ」


 彼女は昨日よりも死にそうな顔をした。

 種があればまた二-三日で生るんだよ、と教えてやると慌てて床に落とした種を拾って渡してきた。

 ぼろきれから覗く手足からは痛々しかった打撲痕や擦り傷が消え、健康そうにスラリと伸びていた。

 やはりあの木の実には神秘的な何かがあるに違いない。


「あの……この木の実はいったい?」

「セラの中には小さな世界が広がっていてね。そこで生るんだ」

「小さな世界?」


 俺は「おいで」と言い彼女の手を引いて小世界に降り立った。


「わぁ」

「ここはセラが管理している世界さ。中央に井戸があるから、その近くに種を植えよう。そしたらまた木の実を食べれるよ」

「本当!? 次も食べていい?」

「ああ、次は生ったらすぐセラに知らせて貰おうか」


 空間がカコッと鳴った。流石空気の読める天使セラさんである。


 草むらを歩きながら中央に向かう間、話しかける。


「さて。今日は君の服を買いに行こう。それとも、もう何日か体力を回復させてからのほうが良いかな……」

「服?」

「そうだよ。そのぼろきれじゃあ風邪引いちまう」

「……どうしてここまで良くしてくれるんですか? ボクが魔王種だから? ボクの持ってる力を必要としているから?」


この子、一人称がボクなのか。いわゆるボクっ娘というやつか?


「どっちでもないよ。俺が君を救ったのは俺がそうしたかっただけ、ただそれだけで深い意味なんて無いんだよ」

「そうしたかっただけ……」


 井戸の近くに種を植える。

 彼女は膝を付いて「早く育て早く育て早く育て……」と種に一生懸命語りかけていた。

 そうしてから立ち上がると俺のほうを振り返り、意を決したように改めて膝を付いた。


「ボクの名は……イスティリ=ミスリルストーム。このご恩を賜りましたことを心より感謝致します。どうかボクを死の淵から救った貴方様の、お名前をお聞かせ下さい」


 彼女、イスティリ=ミスリルストームから蒼い炎が噴き出したかのような錯覚にとらわれる。


「俺は工藤誠一郎。皆からはセイと呼ばれている」

「クドゥセイイチロゥ様」

「セイで良いよ」


 俺は歯を見せて笑った後、イスティリの手を取って立たせた。


「ボクは貴方の役に立ちたい」


 彼女は真剣な眼差しで俺を射た。

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