第10話 奴隷の少女 ③

 ボクの夢は……悪夢はまだ続く。

 クルグネによって捕縛されたボクを待っていたのはまさに悪夢だったのだ。


 雷撃による気絶からようやく意識を取り戻した時、手足は完全に拘束されご丁寧に目隠しに猿轡まで噛まされていた。

 特に右手がロープに縛られすぎている様子で、感覚が完全に麻痺していた。


 朦朧とする意識の中で、かつての鍛錬の日々を思い出し、まずは情報収集のためそのまま気絶しているフリをして耳を澄ます。

 どうやらクルグネと別の誰かが会話をしているようだ……。


「流石はクルグネ卿! ほぼ無傷でネストを落とし、その上魔王種を生け捕りにするとは!」

「ほっほっほっ、この程度のネスト、無傷で落とせないほうがどうかしておりますわ」


 ボクはその言葉を一生忘れないだろう。

 ……脱出した暁にはクルグネを投石器の石代わりにして彼女の城にぶつけてやる!


「我がオルセー聖騎士団と致しましても、卿のご尽力には感謝する所存でございます」

「そんな事より……約束、守ってくださいね♪」

「は……この魔王種を卿の所有とする。それはかねてよりの取り決めでございますゆえ……」

「そそ。アタシこの子を売って一山儲けるの♪ その為にネストに取り入った振りをして機会を伺ってたのよー」


 この蝙蝠め! 代々魔王側の密偵として勇者側の情報を流し続けた一族が何を言うか!


「しかし……成体ではないとは言え魔王種。世界で最も危険な種を購入したがる酔狂が居りますでしょうか?」

「ほっほっほっ、購入者がどの様な目に遭おうとアタシには関係ありませんからね♪ アタシの興味はこの子がどれだけの金貨を産み出すか、ただそれだけ♪」

「なんと……!」

「とは言え、何の手段も講じないままに魔王種を野に放つようなマネはしません。アタシが殺されてしまいますから♪」

「それは、どの様な手でございましょうか?」


「クラフトマンズ・ネストの力は、両手の印で作られる異空間への門。その門から前もって作成しておいた兵器群を自由に取り出す事が出来る、これに尽きます」


 少し真面目そうな声で語った後、クルグネは心底嬉しそうにこう付け足した。


「ですからぁ、この子の右手、切り落としておきましたぁ♪」



「千!」

「千三百!!」

「一……千五百だ!!」

「……千七百」


 どんどん釣り上がって行くのはボクの値段。

 ここは都市レガリオスの奴隷商が開催する闇競売所。

 奴隷商は表向きの顔は健全な商売人であったが、裏の顔は合法・非合法を問わずどの様な品でも売買する闇競売所の総元締めであるらしかった。


 肌の透ける薄いヴェールを纏わされ、屈辱で頬が紅潮する。

 競売の参加者たちが下なめずりをしてボクを見る。

 ナメクジのような目線が体を這う。


 ただただ、それら屈辱にボクがじっと耐えているには理由があった。


「売れなければ殺します♪ 売れてしまった後、ワ・カ・サ・マがどんな事をしようとアタシには関係ありませーん♪」


 つまりは死にたくなければ黙って売られろ、という訳だ。

 しかし重要なのはそこから先だ。

 取引さえ成立し、クルグネが金を手に入れてしまえばひとまずは生き残れる……。


(その為にも日々研鑽を積み、そして生き残ること、この2つを肝に命じて日々精進なされますよう)


 ゴア……そして死んでいったネストの者達の為にも、ボクは死なない。

 いつの日にかクルグネを殺し、ネストの屈辱を晴らし、汚名を雪ぐ。その為にもボクは死ねないのだ。


 ボクを競り落とした男は、購入したことを後悔しただろう。

 漏れ聞いた話では大手の奴隷商であるらしかった。楽しんでから転売しよう、と男は護衛たちに話していた。


 呪紋の手続きが終わり安心しきった男。

 その男の屋敷に到着した直後から徹底的に暴れ倒す。

 まずは手始めに契約上の主である男の延髄に手刀を叩き込み失神させる。

 失神させた程度でも体中に激痛が走り気を抜けばこちらも失神しそうな勢いだ。

 そして男の護衛、出てきた使用人、恐らくは家族。目に留まった者全てを半殺しにして廻る。

 これもまた凄まじく激痛が走るが無視して扉を、部屋を、調度品を、階段を、門を破壊して廻る。


『この者に連なる全ての者に危害を加えることを禁ず』


 契約書の一文を盗み見た事は本当に役に立った。

 ……運が良かったと思った。

 その一文を知らなければ、恐らくは男の護衛あたりを殺してしまい、その時点でボクの復讐劇は幕を閉じていただろう。


 徹底的に暴れ倒し満足した所で、契約書を男に破棄させようとした。

 そこに闇競売所から到着した魔道士団。

 またしてもボクは拘束されてしまった。

 そして食事を与えられず衰弱させられてから別の場所に移動させられた。


 その後は更に悲惨だった。

 徹底した食事管理で逃亡はおろか、用を足すにも足が震える。

 そもそも、何も出ない。

 いつしか心は折れて、自身の死を願うようになっていった。


 そしてその日は訪れた。


 「ガチャリ」と鍵を開ける音がして目が覚める。

 隣の部屋の奴隷たちが出て行く足音がした。

 なんだ……隣か、死ねると思ったのに。

 混濁しつつある思考が不明瞭なことを考える。


 再度「ガチャリ」と音がした。

 微かに光が差し込む。


「間違えるな。そっちの部屋は開ける必要がないぞ?」


 ボクは最後の力を振り絞ってドアに体当たりした。

 逃げるならこの瞬間しかない!

 

 ……ボクはそこで目が覚めて飛び起きた。


「ここは……?」


 いつの間にかベッドで寝ていた。

 周りを見渡すと男が一人、床で震えながら寝ていた。

 確かボクを購入した男だ……名前は……覚えてない。

 というか知らない。


 ただ、奴隷であるはずのボクが毛布を使い、男は震えながら床で寝ている、その構図がおかしくって少し笑ってしまった。


 この男は優しい。ゴアの様に優しい。


 ボクは少しだけこの男に興味を持った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る