第9話 奴隷の少女 ②

 俺たちは結局岩石採掘亭に戻ってきて食事をすることになった。


 理由は簡単だ。ぼろきれしか身に纏っていない少女を連れて入れる店が無かったのだ。

 しかし岩石採掘亭でも肩身は狭い。

 あくまでゴスゴの客だからお目溢しされているに過ぎなかった。


 隅っこのテーブルで三人静かに料理が来るのを待っていた。

 食事が来るのを一番待っていたのは勿論少女だろう。

 彼女はソワソワしながらも大人しく椅子に座っている様子だった。


 女性ゴブリンの給仕がパンの入ったバスケットとスープを一皿持ってくる。

 空気を読んだのかまずは少女に配膳し、次を持って来るために厨房に戻っていった。


「先に食べ始めな」


俺は声を掛ける。少女は俺たちを見、そしておずおずとスプーンを手に取り食べ始めた。

そうこうしている内に俺たちにもスープが配膳され、続いて鶏肉のパイ、ピクルスに似た漬物、ダイス状に切ったチーズ、焼いた川魚が並ぶ。


 スープを高速で飲みほした少女の手がパイに伸びる。

 右手が無いために上手く手元に引き寄せられないのをゴスゴがさりげなく寄せてやる。

 またたくまにパイを平らげ、川魚に齧り付く。

 合間にバスケットのパンをムシムシと食べ、チーズを口に放り込む。

 ピクルスだけ華麗にスルーされていた。


「スープもう一皿飲むか?」


 彼女の動きが止まり、高速で首を縦に振る。

 そして空になったパイ皿をチラッと見た。


「分かった分かった。パイは鳥以外もあるからな、今度はそっちを頼んでやるよ」


 そこでピタっと少女の動きが止まる。

 うつむき、鼻をすすり始める。泣いているのか……?


「あ……ありがと……う」


 微かに聞こえたのは感謝の言葉。

 かすれてはいるが年相応の少女らしい声だった。

 俺とゴスゴは顔を見合わせて少し笑った。


 そこに頼んでいたエールが二つ、ようやく届く。


「ゴスゴ、今日は悪かったよ。これで手打ちにしてくれないか?」

「あっしも……この子見てるとセイさんが正しかったような気がしてきやす……」


 エールのジョッキを掲げ、ゴッとぶつけ合う。

 俺のジョッキが欠けた。

 だがそんなのはお構い無しに、二人で思いっきり笑って一気に飲み干した。


 お腹が一杯になったのか、少女は目を擦ってウトウトし始める。

 さっきの女性ゴブリンが「娘のお古だけど」と気を利かして服を手渡してくれた。

 服を買うのは明日にしよう。

 この服を着て店に入れば今日みたいに追い出されたりはしないだろう。

 ゴスゴも飲みすぎたのか今日は客引きもせずに帰宅するそうだ。


 俺は少女の手を引いて部屋に戻る。

 今にも寝落ちしそうな彼女はされるがままだ。


 そのままベッドに誘導し、寝かしつける。

 手入れもされずボサボサになった黒髪、打撲痕や擦り傷の残る白い肌、うっすらと開いては閉じる黄金色の瞳。

 毛布を掛けてやると、彼女は安心したのかそのまま寝入ってしまった。


 結局名前も聞けずじまいだったな。

 俺はそう思いながら床に座り、壁にもたれ掛かっているうちに、いつの間にか寝り込んでしまった。


◇◆◇


 ボクは夢を見ていた。

 まだネストが健在で、配下の工匠たちと日々研鑽を積んでいた頃の夢だ。

 投石器を作り、大型弩砲や破城槌の研究を重ねる。

 そうして来たるべき魔王降臨に備えるのだ。


 ボクの養育係ゴア……シャドウミスリル氏族のドワーフが、大きな黒板に攻城兵器の利点と欠点を書き出す。


「さて、若様。ザサール様は重投石器を軸に据えた戦術を好まれました。しかしこれには巨人系のネストが生き残っている事が前提となります」

「はい、ゴア。重投石器の重さと奇襲性能の低さを、巨人族の膂力で補えるからです」

「よろしい。つまりは魔王降臨の時点で生き残っているネストを把握し、戦術・戦略を組まなければなりません」

「はい」

「またネストとの相性も重要となります。先代魔王コスゴリドー様はサイクロプスズ・ネストの出身、つまりは巨人系ではありました。ですが攻城兵器に対する理解が無かった為に、我がネストは生き残ってはこそ居りましたが、貴方様の先代は魔王からの信頼は得られず、活躍の機会に恵まれませんでした」

「はい」

「しかし今回はかなりの数のネストが生き残っておりますし、無作為に魔王が選出されると言いましても、同系統の魔王が連続で降臨した事例はありません。ゆえに若様の活躍の場は存分にある事と思います」

「はい」

「その為にも日々研鑽を積み、そして生き残ること、この2つを肝に命じて日々精進なされますよう」

「はい、ゴア」


 ボクはまだ性別が未分化だった頃、てっきり男性になるものと信じていたゴアに男の子として育てられていた。

 その名残から、彼は女性化したボクを未だに若様と呼ぶのだ。


 ボクはゴアが好きだった。

 堅物ではあるが、闇に落ちた種族とは思えないほどに高尚な戦士であり技術者だった。

 ネストの工匠や兵たちも、ゴアの影響か他のネストよりも協調性のある落ち着いた雰囲気で、それぞれの役割を全うしていた。


 そう……あの日が訪れるまでは……。


 結界が突破され、雪崩れ込んで来る聖騎士団。

 またたくまに工匠や兵たちは切り殺され、工廠には火を付けられる。

 長年に渡り作り続けた様々な兵器群が音を立てて炎上し崩れ落ちてゆく。


「若様! どうぞお逃げ下さい!」

「クルグネが裏切ったのだ!あの蝙蝠め!」


 ゴアと直属の親衛隊が盾となってボクを逃そうとする。

 例えネストが陥落したとしても、その主さえ死ななければ、いずれは魔王の配下となり世界を蹂躙する。

 その為にもボクはここを脱出し、生き延びなければならない……でも……ゴア……。


「いたぞ! あそこだ!」


 そこに聖騎士団の本隊が現れ、ゴア達はなす術もなく切り殺されていく。


「わ、わか……さ……おにげ……さい」


 ボクは踵を返してネスト最深部まで逃げる。

 そしてそこに隠された秘密のトンネルを抜け、外へと脱出した。


 しかし次の瞬間、何十という<雷撃>を受け地面に倒れ伏す。

 激痛と感電で体が動かない。


「ほっほっほっ、ねずみが一匹引っかかりましたね」

「き……きさまはクルグネ……」

「そうです。裏切りと黄金が大好きなクルグネちゃんです♪ さてさて、おねんねのお時間ですよ~♪」


 コボルドの女魔術師クルグネ。

派手な魔術ローブを着た中年コボルド。

 ボクは彼女とその配下の魔術師団からの<雷撃>を、気絶するまで受け続けた。

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