第8話 奴隷の少女 ①
「この子を購入したい」
その言葉で部屋にいた全員が……少女も含め……硬直し、言葉を失った。
ゴスゴをチラっと見ると今にも気絶しそうな顔をしていた。
「は? ご購入を検討されるんですか?」
間抜けな声を出しつつも真っ先に反応したのは奴隷商であった。
「ああ。幾らだ?」
俺は柄にも無くイライラして少し高圧的に返答した。
奴隷商は思案している様子だったが、危険極まりない厄介者を金に出来る……そう顔に書いてあった。
「二百……いえ百五十金貨で……いかがでしょうか?」
「ちょーと待った! 待った! 待ったぁぁぁ! だんな! 魔王種なんて制御できる訳ないでしょ! <呪紋>の制御がある状態であれだけ反抗できるんですよ? 下手打ちゃ死にますよ!?」
ゴスゴは両手を広げて腰を落として早口でまくし立てた。
「後ですね! 魔王種の奴隷なんざ買おうと思ったら一桁足んないんですよ! 捨て値も捨て値! それだけコイツが危険だって事なんですぜ! だんな! 早くここを出ましょう」
更に熱弁を振るい俺の手を引いて店から出ようとするが、俺は頑として動かず奴隷商の次の言葉を待った。
「お……お待ち下さい。それでは百……いえ七十金貨にさせて頂きますので……」
俺の沈黙を値段交渉と勘違いした奴隷商は一気に半値以下にしたが、俺の考えている事とは全く違った。
「そこじゃないよ。俺はその子を買うといった。なら、まず拘束を解いてやってくれ、もっと丁寧に扱ってやって欲しいんだ」
俺は少し冷静さを取り戻して奴隷商に語りかけた。
奴隷商はアゴで拘束を解くよう指示を出し、部下と奴隷たちは恐る恐る少女から離れた。
少女は俺をチラッと見てからゆっくりと立ち上がり、奴隷商を射殺さん勢いで睨みつけた。
「……」
奴隷商は脂汗をかきながら少女を見ていたが、襲ってくる様子が無いので俺に向き直って説明を始めた。
キチンと説明しようとするあたり、やはり商売人なのだろう。
「で……では説明に入らせて頂きます。こいつはお伝えしました通り魔王種です。共通語の読み書きは勿論、十二部族全ての言語を習得しております。出身はクラフトマンズ・ネスト。オルセー神聖騎士団によるネスト撲滅の折に捕縛され、奴隷階級に落とされております。また技術者として使い物にならぬよう、右手の手首より先を切り落とされ欠損しております」
「ネスト?」
「ご存知では無いのですね?」
「ああ。辺境で生まれ育ったからな」
地球は凄く辺境だろう……嘘はついていないよな?
「では、簡単にではございますが説明させて頂きます。基本的に魔王種は『ネスト』と称される隠れ里で養育されます。ネストには特色があり、不死者を多く抱えるイモータルズ・ネストや獣人が大半を占めるライカンスロープス・ネストなどがございます。魔王種はそのネストによって大きく特性が変わります」
「そのネストとやらと、この子の手の切断と何の関係があるんだ?」
「クラフトマンズ・ネスト出身の魔王は両手が兵器を作る、と言われておりますゆえ。八代前の魔王ザサールはクラフトマンズ・ネスト出身でしたが、遠方からの重投石器でドゥアの住人が七割死にました。ようやく王都から騎士団が到着した際にはドゥアには瓦礫しか残っておらず、魔王はというと解体した重投石器を巨人に引かせて次の都市を攻略し始めておりました」
「その為、片手を切り落とされたというのか」
「はい。ネストを失った魔王種に魔王が降臨することはございませんが、魔王の配下に加わる可能性は否定できませんので」
合間にゴスゴを見ると白目を剥いていた。
「分かった。七十金貨だったな」
「は、はい! ありがとうございます!」
取引が成立し、少女は驚いた顔をしていた。
ゴスゴは今にも死にそうな顔をしていた。
部下に連れられて他の奴隷たちが姿を消す。
俺を睨み、悪態をつきながら彼らは出て行った。
早速奴隷商は売買契約書らしきものを取り出し俺に渡し、デスクで書くよう促した。
契約書の文字は全く分からなかったのでゴスゴに読み上げて貰う。
読み上げて貰えればこっちのもんだ。
ゴスゴはかなり抵抗したが最終的には観念して読み始めた。
読み上げて貰った後で、小用をしたいと言って一旦外に出て、セラの井戸の近くに置いた金貨を取りに行って戻る。
そして俺は契約書に「工藤誠一郎」と漢字で署名してしまい奴隷商を困惑させてしまったが、こればかりは仕方が無い。
なんたってウィタスの文字は一文字も知らんからな!
署名が終わると同時に蜂に似た刺青が俺の手の甲に浮かんだ後、スーッと消えていった。
「これで主従関係は成立しました。奴隷が主人を攻撃するとその度合いによって奴隷は劇的な苦しみを味わい、場合によっては死にます。また基本的には主人への攻撃は抑制されますが……お気をつけ下さい」
怖いこと言うなよ、と思いつつも少女に微笑みかけてみる。
……少女は鋭い犬歯をガチガチと鳴らして俺を威嚇した。
「<呪紋>を使えばその様な行動も制限出来ます。むしろ全てを意のままに出来ますので、上手にお使い下さい」
奴隷商が教えてくれる。
俺達三人は奴隷商に見送られて外に出た。
奴隷商の晴れやかな笑顔は少しイラついた。
<呪紋>の効果は絶大で、奴隷商の言う通り少女の動きを支配しようと思えば出来る強力なものだった。
感覚的にどうすれば彼女を制御できるかはこの呪われた魔法が教えてくれた。
しかし彼女は自分の意思で俺について来てくれる様子だったので、とりあえず何もしなくて良さそうだった。
とは言え、フラフラと足取りも覚束ない少女を蜘蛛に乗せようとしたが、体に触れる事はおろか半径三メートルに近づく事も出来なかった。
常に距離を取り、ナナメ下四十五度の角度でガンを付けられ、ペッとツバを吐いて、お前はどこの昭和ヤンキーだ! と思う有様だ。
「と、とりあえず、飯にするか」
「ですね……」
「そっからこの子に服を買ってやろう」
「ですね……」
ゴスゴのテンションは氷点下というより絶対零度であった。
少女のおなかがキュ~ッと可愛らしく鳴いた。
一瞬少女は顔を赤らめたが、すぐに無表情になってしまった。
「ハハハ。腹減ってんだろ? そんなに警戒すんなよ。今からお前も含めて飯だ。好きなだけ食べて良いからな」
少女はプイッとそっぽを向いてしまったが、彼女との距離は半径三メートルから二メートルに近づけるようにはなった。
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