第7話 宿場町ドゥア ③

 次の日、俺とゴスゴは旅の足を買いに来ていた。

 つまりは馬とかそういった類だ。

 しかし実際には馬は乗れないし高価だったので断念し『蜘蛛屋』という店に来ていた。


 町でも時々見かけた騎乗用の蜘蛛で、平べったい大型の蜘蛛に専用の鞍とたずなを付けて乗る。

 レンタルと購入があるようだったが、購入を希望しているとゴスゴが番頭に伝えると使用人が出てきた。


「いらっしゃいませ、旦那様。本日はどういった蜘蛛をお探しで?」

「おう、頑丈で足回りがいい奴をこちらの方がお探しだ。長旅で乗る」


 厩舎の様な所を見て回ると、茶色に緑のマダラのはいったタランチュラに似た蜘蛛達がゴソゴソやっていた。


(ヒト ダ)

(ヤサシイ ト イイナ)


 知能は低くないらしく俺達を見てコソコソと会話していたが、あくまで動物だからか脳内に説明が出たりはしなかった。


「こっちの子なんかいかがです? 丁度六齢に脱皮したてのオスです。足に欠損も無く攻撃性も低いおとなしい子ですよ」


 説明されている蜘蛛は八本足の前二本を上げて挨拶した。

 その蜘蛛の後ろには別の蜘蛛が2匹、陰に隠れるようにして居り若干弱っている様子だった。


「後ろの奴は?」

「ええ、二匹とも少し体調を崩したみたいでして……」


(アシ クギ ササッタ イタイ。コッチ ウソ マネ ズル)


 挨拶した蜘蛛が教えてくれる。


「こっちのは釘を踏み抜いたのか怪我してるな。そっちのはズル休みだ」


 使用人がびっくりしてこちらを見、弱っている蜘蛛に近づいて脚を見て回った。


「……本当だ。釘が刺さっていて化膿している。治療しなきゃ欠損してたな。……旦那、あんた何者だ?」

「ただの旅人さ。ただ、ちょっとばかり勘が良いんだ」

「いや、本当に感謝する。しっかしこっちのはズル休み? ハハハ」


 ズル休み? と言われた方の蜘蛛がビクッと体を震わせてしぶしぶ前に出てくる。

 使用人は呆れた、という顔をしていた。


 結局俺は最初に挨拶していた蜘蛛を七百スロンで購入した。

 使用人が「旦那様なら大事にしてくれそうだ」と随分値引きしてくれ、更にゴスゴが交渉して鞍などの備品も安くで手に入った。


(ヨロシク ダンナ サマ)

「ああ よろしくな」

「セイさん? 何ワシャワシャいってるんですかい? まさかその蜘蛛と話してる??」


 その通りなんだが、な。そう思いながら蜘蛛に騎乗してみた。


 そのまま町を散策する。


「所でセイさんは王都に行かれるんで?」

「まあそんな所かな」

「じゃあ傭兵を雇うか奴隷を購入して護衛させると良いですよ」

「傭兵はともかく奴隷はなぁ」

「とりあえず予算はまだ余裕ありますかい?」


 奴隷という響きに凄く抵抗があるのは仕方ない。

 なんたって先日まで日本で暮らしてた元サラリーマンだからな。

 そう思っているとゴスゴは奴隷商の店前で立ち止まった。

 町中をウロウロしていると思ったらここに向かっていたのか。


「傭兵はあくまで契約ですから場合によっちゃあ裏切ったりしますが、奴隷は<呪紋>で契約するので裏切りませんぜ?」


 キックバックを期待して、というより心底俺のことを思ってゴスゴはここに連れて来た様子だった。

 俺は見るだけだからな! と釘を刺しつつ店内に入る。

 屈強な男に簡単なボディチェックをされ、奥まった部屋に案内される。


「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件で?」


 上等そうな衣服を身に着けた男が豪華なデスクから立ち上がり、両手を広げて俺たちを歓迎した。

 彼が奴隷商であるらしかった。

 ゴスゴが「旦那様が旅の護衛を探しに来た」そう伝えると、彼はベルを鳴らして部下を待機させる。


「フム。ではヒューマンあるいはドワーフの元戦士、ハーフエルフの元狩人、ナーガの呪術士が最適でしょうか? ナーガは割高ですが第三位までの稲妻魔術が使えます」

「分かった。その四人を連れてきて貰えるか」


 ゴスゴがそう伝えると奴隷商がアゴをしゃくり部下が素早く消える。すぐさま四人の奴隷を連れて来て整列させた。

 全員が男性。ナーガ以外屈強そうな髭もじゃで、全員が俺を射るような目付きでガン見してきた。


「ナーガは四十金貨。後は三十金貨です。それぞれ共通語を習得していま……」

【解。ウィタスでの名称:ドワーフ。ゴブリン同様、鍛冶と冶金分野で活……】


 奴隷商と≪完璧言語≫がそれぞれ説明に入った直後、先程奴隷が入室してきたドアの向こう側からガタン! ゴゴッという物音が響き「にっ、逃げた! 脱走だ!」という大声が響き渡る。

 そしてそのドアからボロ切れに身を包んだ一人の少女が飛び出してきた。

 ドアの向こうから数人の男が飛び出してくる。


「捕らえろ!」


 奴隷商の怒号と共に部下と四人の奴隷が動く。

 「ギャッ」と悲鳴を上げると少女は床に取り押えられた。


「し……失礼しました」


 奴隷商は冷汗を拭いながら俺達に頭を下げた。

 少女は、「フーッ! フーッ! フーッ!」と荒い息をしながら俺達を睨み続けている。


【解。ウィタスでの名称:魔王種。魔王の肉体のストックとして作成される。あるいは魔王の受け皿にならなかった者。強力な魔力を持つ希少種】


 いきなり脳内で情報が出るが……魔王種とはこれまた凄い種族だな。

 興味が沸いたので魔王種についてもう少し調べてみる。


【解。魔王は用意された肉体にランダムで憑依する形で降臨する。その為に用意された人造魔族を魔王種と称する。魔王の降臨を阻止するためには魔王が憑依出来る肉体を破壊しつくす事が最適解である。これに対し魔王側はストック:魔王種の数を増やすことによって対抗している】


 うーん。なんか言ってる意味の半分も分からないんだが?


「こいつは魔王種でして。そのせいか<呪紋>も余り効かず……本店で暴れ倒してウチに押し付けられたんです。……今は食事制限をしてギリギリ死なないように調整しつつ、魔道士あたりが購入してくれなければ処分ですね」


 処分、の言葉に少女がビクリと震える。


 俺は思案した。

 魔王種という色眼鏡ではなく、死の淵に追いやられていく少女、俺にはそうにしか見えなかった。

 この子はいずれ処分、という名目で殺されるのだろう。


「この子を購入したい」


 俺はほとんど無意識の内に発言していた。

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