第6話 宿場町ドゥア ②

 朝になってから目が覚めた。

 以外に疲れがあったようだ。


「おはよう、セラ」

(おはようございます、セイ。ちゃんと寝れましたか?)

「うん。セラは寝た?」

(うふふ、わたくしは寝なくて大丈夫なのです!)


 少し誇らしげなセラであった。


 挨拶をすませると朝食を食べに降りる。

 同じ宿の客が三々五々朝食を摂ったり、出立の準備をしていた。


「や、だんな。朝メシですかい?」


 あくびをしながら昨日の客引きゴブリンが厨房から出てきて俺に声を掛けてきた。


「やあ、おはよう。夕食も旨かったしよく眠れた。ドゥアに居る限りここで泊まるよ」

「でしょでしょ? あっしはだんなだから声をかけたんですぜ?」


 ゴブリンは調子の良い事を言いながらまた厨房に入っていった。

 何でも昼過ぎまでは仕込みを手伝って、それから客引きをするらしい。


 朝食はふかしたパンのようなものにハチミツを垂らして食べるがドゥア流らしかった。

 旨かったのでもう二個頼んで食べていると、仕込みが一段落したから休憩だ! とか言いながら客引きゴブリンがテーブルの向かいに座った。


「あっしの名前を伝えてませんでしたね。ゴスゴって言います。ご用があればゴスゴに」

「ありがとう。俺の名前はセイだ」

「セイ様ですね。わっかりやした!」


 セイだけで良いよ、というとゴスゴは一瞬キョトンとした顔をした後で破顔した後で「ではセイさんと呼ばしていただきやす!」と言った。


「早速だけどゴスゴ、頼みがあるんだ」

「任せてくだせい! 替えの服ですかい? 護身用の短剣? ああっ、もしかしてランタン油が切れた?」

「惜しい! 今言ったの全部持ってないけど、一番欲しいのは毛布なんだ。あと何が要るか把握してないから雑貨屋に行きたい。もちろん手間賃は弾むよ」

「わっかりやした!」


 ゴスゴは割りと冴える男のようだ。

 もちろん職業柄という事もあるんだろうけど、打てば響くような反応は生来のものだろう。

 彼は「仕込みが終わったら案内しますよ、部屋でのんびりしててくだせぇ」と言い残して再度厨房に消えていった。


 ◆◇◆


 俺はゴスゴに案内されて雑貨屋に来ていた。正直に背嚢と皮袋以外持ってない事を店主に告げ、旅が出来るように見繕って貰う。


【解。ウィタスでの名称:ナーガ。海の覇権をシレーネと争って破れ、内陸に拠を構えるようになった。主要十二部族】


 突如脳内に情報が湧き出た。

 どうやら店主はパッと見ではヒューマンであったが別の種族であるらしかった。

 どこが違うかは店主がカウンターから出てきて商品の説明をする時にようやく分かったのだが、なるほど下半身が蛇なのだ。

 後はシレーネか……どんな種族だろう?


【解。ウィタスでの名称:シレーネ。水妖として魔王に支配されていたが造反。種族として再起した。少数民族だが極めて好戦的。主要十二部族ではない】


 うーん。書いてある事を全部読み取るのは無理だな。ただ……『魔王』、この一文が気に掛かるかな。


 考え込んでいると店主がメモを渡してくれた。なるほど……分からん!


「悪いけど口頭で頼むよ」


 そう言うと店主は、毛布四十スロン、調理用ナイフ二十一スロン、ランタン六十六スロン……と希望した商品と金額を伝えてくれる。


「ああ……そうだ。地図も欲しいな」

「地図? 地図は高いよ? それに精度も悪いからオススメしないなぁ」


 店主は商売人らしからぬ言葉を呟いた後、一応ドゥア付近の地図を見せてくれる。


「じっくり見るなら五スロン。買って帰るなら二百スロンだ」


 見るだけでも金を取るのか! と思ったが普通は見るだけで購入しないのが当たり前であるらしかった。

 確かに金は無限ではないのでじっくり見て覚えて帰るか。


「分かりました。見て帰るのでその間に合計いくら掛かるか計算してください」

「だんな、だんな、あっしにも分かる言葉でしゃべってくだせいよ!」

「ん?」

「あっしはナーガ語なんてちんぷんかんぷんですぜ?」


 ようやく意味が分かった。

 どうやら俺は意識せず対象によって言語を切り替えているフシがあるようだった。

 意識して共通語に切り替えられるか四苦八苦していると、店主が共通語に切り替えてくれたのでそれに合わせるようにして切り替えに成功する。


「失礼しました。お上手なナーガ語でしたのでつい」


 店主は母語だとフランクなのに共通語だと丁寧だった。


 地図をゴスゴに教えて貰いながら見る。

 ドゥアは宿場町というだけあって複数の街道の中継点であるらしかった。

 俺が来た道は……とドゥアからツーっと指でなぞると、その先にはやはり街があるらしかった。


「だんな、そっちは行くなよ? コボルドの街だ。よそ者には厳しい」

「そうなのか?」

「正しくはコボルドの領主クルグネの飛び地ヘレルゥですね。コボルド以外からは通行料をとるので、大抵の旅人は迂回します」

「急ぎの奴ぁ仕方なく通るときもあるぜ! あと金持ちとかな!」


 店主も補足してくれる。

 なるほど、それで俺がドゥアに来るまでに出会ったのはコボルド一人だけだった訳か。

 そういうものかと疑問に思わなかった。

 そして俺はさしずめ「迂回せずヘレルゥを通過した金持ちのお上りさん」という訳か……。


「コボルドは主要十二部族ではないので、金に汚いんですよ。いつ転落するか分からないから貯め込むんです」


 しかめ面をしながら店主は教えてくれた。

 何かコボルドに嫌な思い出でもあるようだった。


「この地図では見切れてますが、ドゥアから北上すると王都があります。途中に三つ中継がありますが、どれも大きな街ですよ」


 そう言うと店主は地図をクルクルと丸め始めた。

 どうやら五スロンではここが限界らしい。

 俺は店主に礼を言い、荷物をゴスゴに持って貰って清算を済ませた。


「悪いな、荷物持ちさせてしまって」

「いやいや! これしき……しっかし腹が減りましたね」

「ははは、何か食って帰るか。もちろん俺の奢りだ」

「やた! そこの辻を曲がると旨い肉饅頭屋がありやす! そこで昼メシにしましょう!」


 二人して腹一杯食ってから宿に戻った。


「なあ、セラ?」

(なんですか?)

「俺ってもしかしてセラと話してる時、カコカコ言ってたりする訳?」

(何を言ってるんですか今更? 当たり前じゃないですか)

「まじか」

(あの犬さんと話していた時はキャウンキャウン言ってましたよ? わたくしまったく意味が分からなかったんですけれども)

「まじか」


 俺は愕然とした。

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