第5話 宿場町ドゥア ①

 俺とセラは旅を再開した。


 時々セラの中に入って水を飲む以外はひたすら歩いたが、木の実のエネルギーが抜群なのか疲れもせず空腹になる事も無かった。

 腹が減ったら≪悪食≫頼りに雑草でも食べて見るかと思っていたが、そうはならなかった。


 そうして太陽が中天に差し掛かる頃、俺は狼の顔を持つ種族とすれ違った。

 梱包された荷物を背負子で背負い、腰には短剣を挿していた。

 初めて会う異世界の知的生物である。


 どんな種族なんだろう? と漠然と考えていると脳内にテキストが表示され音声が流れ始めた。

 音声はテマリの声をもっと低音にした感じだった。


 【解。ウィタスでの名称:コボルド。主要十二部族ではない為冷遇されている】


 なるほど、テマリが言っていた、『ウィタスに居る種族の情報も引き出せるようにしておいたからな』はこういう事か。

 読み上げられたテキストには続きがあり、俺の興味が沸いた所が自動的にピックアップされ、自由に読んだり音声として流したり出来るようだった。


「こんにちは」

「よう」


 俺は思い切って声を掛けたが、コボルドは余り乗り気では無い様子で若干警戒すらしていた。

 彼は仕方なく立ち止まってくれたが正直メンドクサイという顔を隠そうとはしなかったし、腰の短剣には手を添えていた。


「街に行こうと思うのですが、ここから後どれくらいでしょうか?」

「なんでぇ、お前コボルドでも無いクセに流暢にしゃべるねぇ。こっからだとドゥアだな。宿場町だよ。十クオ【約十二キロメートル】位かな? 二ザン【約百二十分】もあれば着くぜ」


 どうやらコボルト語が警戒の壁を取り払ってくれたようだった。

 コボルドは腰に手をやって休めの姿勢を取りながら教えてくれた。

 距離や時間の単位は≪完璧言語≫が勝手に翻訳してくれたので非常に助かった。


「ありがとうございます。良い旅路を」

「おう。お前さんもな」


 俺は感謝を伝え、コボルドと別れた。

 しかしコボルドはあの重そうな荷物を持って一時間に六キロメートルも歩くのか……いや江戸時代の飛脚は一時間に八キロは移動したと聞いたことがあるから普通なのかな。

 まあ俺には無理だけどさ。


 結局俺が街に着いたのはそれから随分経ってからだった。


「宿場町ドゥアへようこそ!」


 俺は二人の門番に槍を交差されて止められた。

 なんだよ、歓迎してくれると思ってそのまま進んだら槍ガードとかありかよ、と思ったが素直に止まり相手の出方を伺った。

 見た所、二人とも人間そっくりの外見をしていた。


 【解。ウィタスでの名称:ヒューマン。宇宙中に播種された標準的な種族。主要十二部族】


 ちょっと待て、今凄いことサラっと言わなかったか? 宇宙中に播種された標準的な種族? 

 ……後でセラに聞いてみよう。


「お手数ではありますが、荷物を拝見させて貰ってもよろしいですか?」


 任意ではなく強制というやつだ。

 俺は肩を竦めて背嚢を開けて見せる。中には路銀しか入って無い筈だ。

 ……あれ? ミュシャそっくりのフェルト人形が入っていた。人形の背中にはへたくそな日本語で「お守り」とある。

 可愛いな。


 門番の一人が人形を見てクスリと笑った後、皮袋から溢れんばかりの貨幣を見て驚いた顔をした。

 そして俺をヘッドロックして門の陰まで連れて行き、「馬鹿野郎。どんなお上りさんか知らんが金貨は隠しとけ! 銀貨も使わない分は隠すんだ。分かったな!」と怒られてしまった。


「コホン……お荷物拝見致しました。どうぞ! お通り下さい」


 門番は何事も無かったかのように振る舞い、俺を通してくれた。

 優しい門番で良かった。

 そして俺の警戒心の無さに愕然とした。

 あの門番の言う通りなので、早速路地裏に入って人が居ないのを見計らってセラの中に入る。

 銀貨数枚と青銅貨を皮袋に入れ、残りは井戸の付近にとりあえず積んでおく。


 何の気無しに木の方を見ると、朽ちて土に還る一歩手前になっており、種を植えたところからは若芽が出ていた。

 早く育てよ、と思いながら井戸から水を掬って何度か掛けておいた。


 路地裏から出るともう黄昏時で、大通りでは宿屋の客引き達が大声を張り上げていた。


「ウチは何と夕食がついて十七スロン! 連泊してくれるんなら二日目から十五スロンにします! どこよりも安い! 今日の夕食はカボチャのスープに大きなパンがつきます!」

「是非とも大熊亭をご利用下さい! 何といってもドゥア名物の黒エールが三スロン! 最安値! もちろん味も品質も特級品!」


 俺は残念ながらウィタスの文字はからっきしだが、これなら宿を取るくらい簡単に出来そうだ。

 客引きの口上に感心して眺めていると小柄な男がちょこちょこっと近づいてきて「だんな、だんな、お宿はお決まりですかい?」と聞いてきた。

 全身緑色で乱杭歯、長い耳は垂れ下がっていたが先端にオシャレなのかピアスを付けていた。


 【解。ウィタスでの名称:ゴブリン。ドワーフと並んで冶金・鍛冶産業で活躍する。主要十二部族】


 なるほど、ゴブリンという種族なのか。

 あと今ので分かったのはドワーフってのも居るんだな。

 それと「ウィタスでの名称」って所が引っかかるが、元々ウィタスは他の世界からの移民で構成されている筈だから、本来の名称があるのかも知れないな。

 そうは思ったが≪完璧言語≫からは特に反応が無かった。

 もしかしたらウィタスの事以外には反応しないのかも知れない。


「ああ、宿は決まってない。丁度探している所なんだ」

「でしたらウチで決まりですね! 岩石採掘亭! ウチは質が良いんだよ。完全個室でシーツは清潔、食事は別料金だから外で食っても良いですし!」

「岩石採掘亭って凄い名前だな。で、一泊幾らなんだい?」

「へい! うちは引退した鉱夫達で出資した宿なんでさぁ。一泊二十五スロン、と言いたい所だけど即決してくださるんなら二十二にしやすぜ」

「食事が別で二十二スロンかぁ。さっき聞こえたのは十七スロンで食事ありだったよ?」

「ははは! 雑魚寝の大部屋で十七スロン? 高い高いボられてますよ! 食事なんて薄いスープにまずいトラ麦のパンですぜ」


 ゴブリンは自信満々に言い切った。


「そうなんだ、宿選びも大変なんだな。分かった、今ここで即決するから二十スロンにしてよ」

「だんなぁそりゃ無理だ、と言いたい所だけど……即決ってお約束なら二十一でどうです?」

「商売上手だなぁ。分かったよ、二十一スロンで」


 俺はゴブリンに案内されて宿に到着した。

 宿は結構繁盛しているようだった。

 テーブルの八割が埋まっており、ゴブリンの給仕たちが忙しく料理や酒を運んでいた。

 厨房からはひっきりなしに「スー席さんの料理できたぜ!」「リー席さんのエールだぁ」と聞こえる。多分テーブルにスーとかリーとか符丁があるんだろう。

 俺は前金で三日分の宿賃を払い、二階にある部屋に案内して貰う。


 案内が居なくなったのを見計らって、早速セラに先程の疑問をぶつけてみる。


「セラ、人間って宇宙に結構居るの? てっきり地球だけの生き物かと思っていた」

(はい、名称こそ違いがあれど、ごく一般的な種ですね。特性が「長距離移動」と「集団行動」なので播種しやすいのだと聞いたことがあります)


 播種しやすい……。

 まあそこは置いても、ここ何日かで俺の常識はひっくり返ってばかりだな。

 頭の中がパンクしそうなので、一旦飯でも食ってリセットするか。


「セラ、俺はご飯食べるけど、君も何か食べる?」

(わたくしは基本的には何も食べなくとも大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます)


 食事は旨かったが、木の実の神掛かり的な美味さを体験した後では少し味気ない気がした。


 部屋に帰ってから、明日は毛布を買って必需品も揃えよう、情報収集もしなくちゃな……と考えている内に睡魔に襲われる。


 素直に寝ようと毛布に包まった。


「おやすみ、セラ」

(おやすみなさい、セイ。毛布はちゃんと掛けて寝るんですよ? 風邪引いちゃいますからね)


 セラは以外に過保護だなぁ……と思ってる内にいつの間にか寝てしまった。

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