第3話 祝福
俺の意思が固まったのを読み取って、テマリが満足そうに頷いた。
「さてさて、セイは腹を括ったようじゃな」
「はい」
「よろしい! では、我ら三柱の神より祝福を授けようと思う」
ミュシャが祝福を与えてくれるのは教えて貰っていたが、他の二人の神様からも貰えるのか。
そんなに祝福して貰ったらいきなりLv999の勇者にでもなってしまうんじゃあないか?
「おぬし、何か祝福を変な方向に取り違えておらんか?」
俺の変な顔を見て察したのか、テマリがニカッと歯を見せて笑って告げた。
またしてもいきなり最強キャラから始める転生物を想像していた俺の考えはあっさりと否定された。
「わらわが与えるのは≪完璧言語≫じゃ! ありとあらゆる言葉を完璧に操れる。」
な……なるほど。
今から異世界に行くわけだからこれほど心強い祝福は無い。
テマリが俺の額に軽くキスをする。
頭の中に一瞬何かがパーンッと弾けたが、特に痛みも無く祝福は授けられたようだった。
「但し、言語以外にも文化や風習、宗教なぞもを理解していなければ会話は成立せんからの。そこで、ウィタスに居る種族の情報も引き出せるようにしておいたからな」
「ありがとうございます」
(次はわたしが)
おおっ! シオの音がしっかりと音声として聞こえる。
早速テマリの祝福のありがたみが分かった瞬間でもあった。
(わたしが授けるのはモノです。この立方体を授けましょう)
そう言うと、俺の前にシオのキューブの一つが分離し、フワフワと移動してきた。
ポケットに収まるサイズの小さなキューブ。
(中には小世界が広がっています。私と貴方、いずれかに許可された者しか出入りできません。実際入ってみましょう)
言うが早いが俺はキューブの中に吸い込まれた。
中は半径百メートルも無い円形の空間で、一面草原になっていた。
見上げると空があり、満天の星空であった。
(ここは端になりますね。中央に井戸と……二本の木があります。井戸の水は常に清浄で、木々には一個ずつ木の実が生ります)
「はい」
くるぶしまでの下草を踏みしめながらシオと中央まで歩くと、石で補強された井戸と、膝丈くらいの木が二本見えた。
(木の実はどのような種族でも食べることができる上に、大変滋味に富んでいます。食べてしまっても種から核を取り出して食べてしまわない限り、貴方の時間感覚で六十時間ほどでまた生ります)
「二、三日ごとに食べれる果物が二個」
(はい。長い旅路になることでしょうから、支えになる事と思います)
「ありがとうございます!シオ様」
(ははは……シオで良いですよ。私もセイとお呼びしますので)
出入りは念じるだけで良いそうだ。
中は快適だし水と食料もある。荷物を持ち運べば倉庫代わりにもなるなと考えた。
二人揃って外に出るとミュシャとテマリはソファに座ってたいやきを食べていた。
「んぐんぐ!」
「どうぞ、テマリ様」
びっくりしてたいやきを喉に詰まらせたテマリにミュシャがお茶を差し出す。
「なんじゃ! いきなり帰ってきおって! びっくりするではないか」
そういわれましても……俺の考えてた神様とのギャップの差が激しい。
特にテマリは主神と言うくらいだから、かなり上位の神様なんじゃないのか?
その神様がたいやきを喉に詰まらせて目を白黒させるというのはかなりシュールな気がする。
今、目に涙を浮かべたテマリが俺をキッと睨んだ気がするんだが気のせいだろう。
俺は上着のポケットにキューブを入れようとしたが、ポケットは破れていて、キューブはコロリと地面を転がった。
よく考えてみれば、俺は血まみれのスーツ姿だったんだ。
服を後でなんとかしなくちゃな。
「最後は私ですね」
ミュシャが立ち上がり、緊張した面持ちで俺の前まで来た。
テマリは我が子を見るような眼差しでミュシャを見、シオはキューブの明滅を早めた。
「私が授けるのは≪悪食≫です。どの様な物を食べても死なずにエネルギーへと変換できます。もちろん普通の食事のほうが美味しくは感じますけれど」
なるほど、食物関連は重要だ。
これから先は異世界で文字通り食べていくわけだから、合う合わないも出てくるだろう。キューブの木の実で食い繋ぐにしてもそれだけじゃ足りないだろうしな。
ミュシャは背伸びして俺の頬にキスをした。俺は少しかがんだ。
口から喉に抜ける清涼感があり、それが食道を下り体内に浸透したような感覚があった。
「ありがとう、ミュシャ」
俺がそう言うと、ミュシャは少し照れてはにかんだ。
「私は貴方から産まれたようなものです、セイ。私は自我を得たときから貴方の役に立ちたいと願っていました。それが叶ってすごく……嬉しいです」
「俺はミュシャが居なければ今頃こうして息をしていない。そう考えれば俺はミュシャに感謝し続けても足りないくらいさ」
俺はミュシャの方に手を置いた。
ミュシャは感極まったのか泣き始めた。
少し後、泣き止んだミュシャとテマリは俺の服を選び始めた。
空間からシャツやズボンを引っ張り出して、こっちが似合う、あの色が良い、と大はしゃぎだ。
唐突に男性下着を引っ張り出して二人でキャーキャー言ってる所を、俺とシオはボーッと見ていた。
俺は時々マネキンをさせられたが、シオは全く興味が無いのかキューブを組み合わせてミュシャの形を模したりして遊んでいた。
「シオは男性なんですか?」
(ん? ああ……私には性別は無いよ。この体も三次元に合わせて作った仮初の肉体さ)
「洋服選びに参加しないから男性なのかと思ってしまいました」
(服を着る、という概念が無いからね。理解は出来ても余り意味は無いね)
結局服は俺の自由意志無しで決定された。
俺はミュシャとテマリの選んだ服を着込む。
まだ開けた事の無かったドアが開いて、誰も居ない小部屋が見えたのには助かった。
その瞬間ミュシャが「えっ」と声を上げ、テマリが舌打ちしした所を見る限り、シオが手配してくれたんだろう。
旅装、といっても過言ではない頑丈そうな衣服に、編み上げのブーツ。
良かった……テマリが良いと言っていたショッキングピンクの柄シャツじゃない……実用的な衣服だ。
着替えている内に、体に付着していた血も掻き消えて清清しい気分になった。
これもシオのサービスなんだろうか?と思いつつ元の部屋に戻ると、テマリがシオに絡んでいた。
「シオどのには分からんだろうが! わらわはセイが恥じらいながら着替えるのを楽しみにしておったのじゃ! くぅぅ~!」
おいおい、そこのフリーダム女神? あとミュシャも何故コクコクと頷く?
俺の冷たい視線に気づいた二人は、パッとソファに座ってお茶を飲んでるフリをした。
「おお! 馬子にも衣装じゃな! 流石わらわとミュシャが選んだだけの事はあるわ!」
白々しくこちらを向くテマリ。
頑なにこちらを向こうとしないミュシャ。
(これは背嚢です。中に路銀を入れておきますね)
助け舟を出したのか、間髪いれずシオが会話を繋いだ。
テマリは少しホッとした顔をした。
「セイ、これがウィタスでの通貨です。これが一スロン青銅貨、こっちが十スロン銀貨で、これが百スロン金貨。無駄遣いしなければ一年くらいは持つはずです」
しれっとミュシャが横に来て、背嚢の中にあった皮袋を開け、通貨の説明を始めた。
大体ウィタスの都市部で昼食が七スロン程であるらしかったが、皮袋が弾けそうな位の硬貨が入っていたので確かに一年くらい持ちそうだ。
金が尽きたら通訳でもしながら食いつなぐのが良いかな?
そんな事を考えているうちに、遂にその時が来てしまった。
(セイ。ウィタスへの門が開きますよ)
唐突に光の門が目の前に現れた。
それはウィタスへの門であり、未来への階段。新天地への切符。そして別れのポータル。
ミュシャは背嚢に皮袋をゆっくりと落とし込む。本当にゆっくりと。
背嚢の口を結び、俺の肩口にショルダーベルトを引っ掛けようと背伸びする。
俺は彼女を気遣って少し屈んだ。
ミュシャは素早く俺の頬にキスをし、少し照れたような顔をして離れた。
「……いってらっしゃい。セイ」
「ああ、行って来るよ」
「向こうでも元気でな! わらわはセイを信じておるので大丈夫じゃ」
「ええ、俺は津波になりますよ」
「その意気じゃ!」
(ウィタスに神が産まれたら、その神を通じてこちらと会話ができるようになりますよ)
「そうなれば、またここに来れますか?」
(ええ、もちろん。その時が来るまで、私はセイを待ちましょう)
俺は光の門をくぐり抜け、遂に異世界ウィタスへと辿り着いた。
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