第2話 捨てる神あれば拾う神あり

 俺は少し気分を良くしてパネル群を見て回っていた。


 よくよく見てみると俺の視線に合わせて移動してくるパネルや、明滅してアピールしてくるパネルもあり、そうなるとこちらも真剣にならざるを得ない気分になってくる。

 猫女神はティーカップにお茶を注いでくれて、そっと手渡してくれた以外、少し離れたところでニコニコと俺を見ているだけだった。


 ふと、軽いノック音の後でドアのひとつが開き、女性が入ってきた。

 猫女神より頭2つ背が高く、俺と同じくらいの背丈だった。

 彼女はサラサラの金髪に白磁の肌、トーガの様なものを纏っていた。

 外見は人間そっくりだが、特徴的なのは目が三つあった事だ。

 縦に切れた第三の目をぱちくりと瞬きすると、にっこりと笑いながら彼女は話しかけてきた。


「やーやー、君が分岐を作った世にも珍しい人間だね。わらわはテマリじゃ。お初にお目にかかる」

「テマリ様! いらしてくださったんですね」


 俺が返事を返すより先に、猫女神が彼女に飛び付いて歓迎の意を表していた。


「これこれ! お客様の前で」


 そう言いつつも彼女は猫女神の頭を笑顔でなでぐり回していた。


「始めまして、俺は工藤誠一郎といいます」

「うんうん、礼儀正しいのは嫌いじゃないよ。親しみを込めて、君の事はセイと呼ばしてもらおう。わらわの事はテマリと呼ぶが良い!」

「わ、私のこともミュシャって呼んでくださいね! いつまでも頭の中で猫女神って連呼するのやめてください!」


 えらくざっくばらんな神様だな。

 しかし猫めが……ミュシャは思考を読んでるのを自分でバラしたな。

 あとで尻尾をニギニギしてやろう。


「ぴゃっ」


 ミュシャは尻尾を慌てて内股に入れて隠した。


「わらわも今でこそ輪廻を抜け、修行の末に神としてここに居るが、元はお主のように人であったゆえ、親しみが沸くのぅ」

「議会制だったり修行だったり、俺の考えてた神様と随分イメージが……」

「ははは、そんなもんじゃ」


 テマリは笑いながらミュシャの両耳を持ち上げるように摘んだ。


「ぴゃっ」


 その時、パネル群がザーッと二つに割れて場所を空けた。

 空間が歪み、大小さまざまなキューブが何百個と群体になった物体が出現した。

 キューブの大きさは親指サイズからバスケットボール大の物まであり、それが中央にある一際大きなキューブを核にして1つの形を形成していた。


「シオ様!」

「おお、シオどの。息災であったか?」

(カッコキュシャ! ココッカ)


 このキューブも神様であるらしかったが、まったく異質すぎて流石にびっくりした。


「始めまして、俺は工藤誠一郎といいます」


 先程同様、シオ様にも挨拶してみる。


(カコッシャリリ カ カココキュカカ)

「シオ様はよろしくよろしく、私もシオと呼んでくれ、とおっしゃっています」

「じゃあ俺のこともセイと呼んで下さい」

(カカッ)


 キューブを回す・擦り合わせる・弾く、といった方法でシオは会話を成立させているようではあったが、俺には到底理解できなかった。


「シオ様は四次元界きっての善神で、すっごく優しい方なんですよ」

「ミュシャや?わらわの事も紹介してくれてよろしくってよ」

「はわわわ……テマリ様は私が属するテル神族の主神であらせられます」

「すっごく優しい方なんですよ」


 テマリは自分で付け足した。

 ミュシャは主神の意図が読めず顔を真っ赤にしていた。


「さて、セイは行きたい場所は決まったかえ?」

「いえ、ここにある世界が俺を必要としてくれている、そう考えたら少し迷ってしまって……でも一つ聞きたいんです」

「なんじゃ?」

「この世界の中で……その、破滅や崩壊が一番早い世界はどれですか?」

「ほう……!」


 パネルが一つ一つ消えてゆく。

 中には名残惜しそうに俺の周りを一周してから消えるパネルもあった。

 そうして最後に1つのパネルが残り、俺の前まで来て静止した。


「……セイがミュシャに繋がる理由もよく分かる。今この場で、最も優しい選択をそなたは行った」

「そんな、買いかぶりすぎですよ」

「いいや! もしわらわが同じ人の身であったならば、同じ選択ができたであろうか? いや、出来なかったであろう」


 テマリは俺の目を見てそういうと、ニッコリと笑った。

 ミュシャはテマリと俺を交互に見て、それから涙をポタリ・ポタリと流し始めた。


「この世界はウィタス。滅びに瀕した種族らが最後に縋る安息の地。そう、死を迎えた世界から脱出した種が、この地に移り住み繁栄し、新たな新天地を目指して旅立っていく、そんな世界だった」

「過去形なんですね」

「そうじゃ。この世界を作った二柱の夫婦神は真の善神であった。だが死んだ。管理するものの居なくなった世界は滅びるのは定めであり理。あと二十年もせんうちに地は痩せ、奪い合いが始まる。そこからは坂道を転がる如く、負の連鎖じゃ……」

「手立ては無いんですか? 例えば他の神様を派遣して維持して貰うとか」

「崩壊までの時間を引き延ばすことは可能なのじゃがな、根本的な解決にはならん。世界の維持に必要なのは、その世界を作った神が存在すること……あるいはその世界から新たな神が産まれ出ること、じゃ」

「新たな神が産まれること……」

「うむ。世界崩壊までにおぬしが広げるであろう波紋、それが津波となってウィタスを翻弄し、新たな神を産む。世界:ウィタスはそれを望んでおる」

「そんな事が可能なんでしょうか?ミュシャが産まれるまでに一億年掛かったと聞いているのですが……」

「普通に考えれば無理であろうな。神の誕生より世界の崩壊のほうがはるかに早い」


 それでも……一縷の望みに掛けてウィタスのパネルは残ったんだんだろう。

 その希望に俺は応えられるのだろうか?


 当初俺は女神のサービスで好きな世界を選んで、チートな祝福を貰って無双する、そういったのを少し想像していた。

 しかし蓋を開けてみれば、崩壊手前の異世界で、神を産み出す手助けをする事なるとは思っても見なかった。


 前途多難ではあるけれども、正直心が躍る。どうせ地球に戻れていたとしても、リストラされ面接合否待ちの日々、預金残高とにらめっこしながらの毎日。


 ……もうあの世界には戻れたとしても戻りたくない。


 俺の心は決まった。

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