猫を救ったら地球を出入り禁止になったので異世界に!?

星辰

第1話 俺は気が付くと一度死んでいた

 俺は気が付くと大きなソファに座っていた。

 一張羅のスーツはボロボロで、乾いた血のシミが所構わず付着しており、血の気が引いた俺は慌てて体を弄るが、どこにも怪我は無いらしく痛みも無い。


 俺は大きくため息を吐いて、ソファに座り直す。

 ソファ? 俺は何故こんな所に居るんだろうか、と視線を泳がせ辺りを見回してみて分かったが、四方にドアのある二十メートル四方ほどの部屋に俺は居るらしかった。

 ソファ以外に家具は一切無く、調度品の類も無く閑散としていた。


 俺が正面に見据えているドアが開き、うら若い女性が入ってきた。


「お気づきになりましたか?」

「ええ……まあ、はい」


 俺は女性の外見に驚いて間抜けな返答をした。

 女性は全身が柔らかそうな乳白色の毛で覆われており、猫耳と地面すれすれまで伸びる長い尻尾があったのだ。


「始めまして。私はミュシャと申します。先程あなたが救った猫、その子孫から一億年後に誕生する女神です」

「は、始めまして……女神、さま?」

「……はい」


 彼女は節目がちにそう告げると、空間からティーセットを取り出し、いつの間にか設置されたテーブルでお茶を注ぎ始めた。


「ちょっと状況が飲み込めないんですけど?」

「どうぞ、緑茶に似た飲み物ですので、お口に合うとは思います」

「あ、はい」


 俺は珈琲派なんだけどな、と思いつつも折角なので口をつける。

 うん、普通に美味い。お茶を飲んで少し落ち着いたのか、少し思い出してきた。

 俺は猫のサクラを救うために車道に飛び出したんだ。迫りくる車、固まって動かないサクラ。


「はい」


 心を読んだかのように猫の女神が返事をした。


「その通りです。あなたは十四時間ほど前、身重の猫を救うために車道に飛び出し、車に撥ねられて……死にました」

「俺、死んだの!?」

「ですが! 私が蘇生させましたので!」

「そ、それでサクラはどうなったんだ?」


 俺が死んだ事よりもサクラの事のほうが気になった。

 大家さん家のアビシニアン、手のひらサイズの時から、住人全員で可愛がってた。

 たまに脱走して俺たちは駆けずり回って探したものだ。


 そう、さっきも大家さんに俺、サクラがお世話になったブリーダーさんと談笑していた時に脱走したんだった。


「サクラにはカスリ傷一つありませんでした」

「そうか……良かった」

「そして、あなたが身を挺して私のご先祖様を救って下さったお陰で、私は今、ここにいるのです」


 俺の頭は混乱した。

 お茶の残りを一気に飲み干して、落ち着こうと努力した。

 猫の女神はサクラの子孫であるらしかったが、わざわざ俺を救う為に1億年未来から手を差し伸べられるなら、ハナからサクラを救ってしまえば俺も死ぬ必要ないし、それでいい話なんじゃないか?


「いいえ」


 猫の女神は首を横に振り、俺の考えを否定した。

 やはり思考を読まれているのだろうか?


「本来、私は誕生しえない神でした。本来の時間軸ではあなたはサクラを救えず、彼女の血脈は絶えてしまうからです。ですが、貴方は自身の生を代価に未来を分岐させました。その分岐した未来で私が誕生したのです」

「つ、つまりは俺が犠牲にならなきゃ未来は分岐しない。未来が分岐しなきゃ貴女は生まれないから、貴女がサクラを事故から救う事は不可能という事?」

「その通りです」


 卵とニワトリの寓話を思い出す。

 だが結果的にはサクラを救ったし俺も復活したらしい。

 一張羅が台無しになった位目をつむろう。

 俺は一人納得して立ち上がると猫女神に告げた。


「わかりました。じゃあ帰ります。面接の合否の電話もあるかも知れないし、スーツも新調しなきゃいけないし」

「それが、まことに申し上げにくいんですが……地球には戻れません」

「え? 何故ですか?」

「地球は今、貴方の死によって新しく確定した未来に向かって、動き出してしまいました。そこに復活した貴方を戻すことはできないんです」

「はい?」

「何故なら、貴方の≪自己犠牲≫が中核となった分岐世界ですので、その地球に貴方を戻すことは世界の崩壊を意味します」

「うーん」


 俺は腕を組んで考え、そして閃いた。

 未来が分岐したって言うんなら分岐する前の地球に戻して貰おう! それなら問題ない気がする!


「残念ながら……」


 答え言うの早くない? というか明らか考えてることは読まれてるね!


「分岐前の地球の神は、貴方の引き取りを拒否しました。また分岐を作られてしまっては困る、と警戒しているようです」

「神様のクセに小せえなぁ。でも他に分岐した地球があるんならそこでも良いんだけど、そういったのは無いの?」

「地球には、本来のあるべき姿である≪正史地球≫と、分岐未来の≪外史地球≫の二つしか存在しないのです……」


 ああ……なんか詰んだ。


「そ、そこで私は他の神々に対して議会を開きました。そして貴方の地球以外の惑星や次元への移住が承認されました!」

「でも地球には帰れないんでしょう?」


 俺は意地悪な言い方をした。

 だがこの女神が居なければ俺は死んだままな訳だし、仕方ない気もした。

 せめて身辺整理したかったし、親や親友に別れの挨拶くらいしたかったな。こんな事なら玉砕覚悟で斉藤さんに告っとくんだったなぁ。


 色んな考えが頭の中をグルグル回っては消えていく。

 しかし神様になっても議会制って、以外に窮屈だな。


「こ、この中から好きな世界を選べます」


 猫女神が空中に両手をサーッと広げると、部屋中に何百というパネルが出現した。

 近くに出現したパネル群をじっくりを見てみると、どうやら二足歩行するトカゲ人間が生息する惑星や、ジャガイモに針が生えたような知的生命体が他の種族を支配する惑星、そういった説明が脳内に直接流れ込んできた。

 人間そっくりの種族が農作業をしている世界もあり、そこがパッと見では一番魅力的だったが。


「貴方が適合できる世界しか表示していません。のちほど祝福を授けますので、どの世界でも快適には過ごせると思います」


 祝福がどんなものかは分からないが、右も左も分からない新世界に行くわけだから多少のサポートは欲しいよな。

 しかし他の世界に俺が移住することによって、その世界の未来が変わる可能性は無いんだろうか?


「それはありえますね。そしてその分岐を望んでいる……渇望している世界もこの中には多くあります」

「分岐を望む世界もあるのか」

「はい。滅びに向かっている……滅びにしか向かっていない世界。あるいは袋小路に入り、抜け出せなくなってしまった世界。そういった世界や神が、新しい波紋が欲しい、と」


 俺は新しい波紋なのか。

 でもそう言われて悪い気はしないし、歓迎されているなら嬉しい限りだ。

 なんたって≪正史≫の地球の神は俺を放逐した様子だったしな。

 それと比べれば天地の差だ。


 俺は少し気分を良くして、改めてパネル群を見て回ることにした。

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