第5話主治医契約
彼女は泣いていた。そして怒っていた。グチャグチャに濡れたその顔から、僕は目を離せなくなったんだ。
「えーと・・・大丈夫?とりあえず、顔拭く?」
僕の差し出した、きっちりとアイロンのかけられたチェック柄のハンカチを、彼女は一瞬不思議そうに見つめて目線を僕に移した。
「えーと・・・いらないかな?」
差し出したハンカチが可哀そうになりだして手を引こうとした時、僕の手からハンカチが抜き取られた。
「・・・借りるわ」
小さな声で、でも凛とした言い方で彼女は僕のハンカチに顔を埋めた。それからしばらくの間、僕は黙ったまま彼女の傍に座っていた。お互いに話しかけもしなかったし、チラチラ横目で見たりもしなかった。僕は踊り場の格子の間から見える景色に意識を飛ばしていた。
「・・・これ、洗って返すわ」
飛ばしていた意識を引き戻された。彼女を見ると僕のハンカチを小さく振っていた。顔を背けているせいで表情は見えなかった。
「泣いてた理由、聞いてもいいかな?」
何となく彼女の事が知りたくなっていた。こんなに強そうな彼女の瞳に涙を溢れさせたのは一体どんな理由だったのだろう?僕が質問すると、彼女は一瞬痛そうな表情で抱いていたウサギのリュックを強く抱き締めなおした。
「この子・・怪我しちゃった」
よく見るとウサギの片耳が痛そうに裂けている事に僕は気付く事が出来たんだ。
「痛そうだね」
僕の呟きに彼女はもっと痛そうに顔をしかめた。
「どうしたらいいか分からないの」
本当に悲しそうに呟く彼女を助けてあげたくて、いや違うかな・・また会う機会を逃したくなくて僕は提案した。
「僕がその子の主治医になろうか?」と。
心の中で小さい頃から自分の事は自分でせざるを得なかった環境を作ってきた両親に初めて少し感謝した。
少しだけね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます