第6話 愛を手にしたモノだけ

 刀身にこびりつく血を拭い鞘に納めるとレイナはコネクトを解いた。


「さあ、行くわよ」


 レイナは仕切り直すように力強く言葉を発した。

 待ち伏せを警戒し、タオとエイダで館の扉を引くと軋みながらも容易く開いた。館の中は燭台で思ったよりも明るく、一直線に通る廊下には重厚な絨毯が敷かれ、左右に並ぶ石像には埃一つとない。


「ヴィランもいないようだな」


 警戒はしたまま、エイダを先頭に一行は館の奥へ歩き出した。


「ねえ、あのラ・ベルのこと知っていたの?」


 廊下を進む中、エクスはラ・ベルに話しかけた。森の中で霧に囲まれ不安げだった顔から一転して、表情こそ真顔に近いが、瞳の奥に何かを宿したような鋭く前を見つめるラ・ベルが気がかりだった。


「思い出したのよ。私の中に引っかかっていた、あることが。あの女を見てはっきりしたわ…。あの女のせいで私がこんなことになった…」

「こんなこと?」


 エクスが言葉の意味を問おうとしたが、先頭を行くエイダの歩みが止まり、足も言葉も止まってしまった。

 目の前には左右に分かれる階段の真ん中に扉があり、ラ・ベルの流した血が点々と続いている。


「間違いない。この奥にカオステラーがいるわ」


 確信を持ったレイナの言葉と同時に扉はラ・ベルの手で開かれた。


「うわ…」


 エクスは視野に入る光量に目を細めた。

 燭台とシャンデリアが煌々と火を灯し、飾られた絵画や陶器、そして床の大理石にその光が乱反射され眩い。そこは外の景色とは打って変わって別世界。豪華絢爛の広間だった。


「まじかよ…」


 タオは息を呑んだ。

 その広間の中心。今にも息絶えそうなか細い声でラ・ベルが身の丈が人の倍以上ある野獣と思わしき獣に寄りかかりながら一行を睨みつけていた。野獣はラ・ベルを守るように支えながらも、一行の中にいるラ・ベルを赤く濁った眼で捉えると唇を獣の威嚇行動のように震わし、息を荒げた。


「…来たわね…この人には手を出させない…この命に代えても!」


「来るぞ!」


 ラ・ベルが野獣のもとから駆け出し、どこからともなく大剣を振りかざすと、広間に大量のヴィランが出現した。


「お決まりだけど、メガ・ヴィラン様までいらっしゃるねぇ。補助魔法かけるかー」


 間の抜けた声でヒーラーにコネクトしたファムが詠唱し、攻撃力が上がったことを確認してそれぞれヴィランの大群と大剣を振り回すラ・ベルに対峙する。


「いつ野獣も来るか分からないから早くヴィランはやっつけるわよ!」


 未だに戦闘には加わる気配のない野獣は、しかし機会を窺うように爛々と目を見開いている。


「あのラ・ベルにも…野獣はもはや言葉が伝わるか分からないけど何か聞けるといいんだけど…」

「またそんな甘いことを言っているのか。たぶんもう何も答えてはくれない。とっとと鎮めて巫女に調律してもらえ」


 一陣の旋風を巻き起こし目の前のヴィランを靄へ帰しながらエクスはこうなってしまった原因を聞きたかった。しかし、同じくヴィランに素早い連打を繰り広げているクロヴィスに冷たく言い放たれた。


「でも…」


 それでも、と言いかけて、エクスは動きを止めた。


「少し貸してちょうだい」


 いつの間にか傍によって来ていた一緒に来ていたラ・ベルが、驚いているエクスの手から大剣を奪うと、素早い動きでヴィランをかき分け大剣のラ・ベルのもとへ走っていった。


「まさか…ベル! まっ…」


 エクスが止める間もなく、ラ・ベルが、ラ・ベルに大剣を振りかざす。


「色々と鬱陶しいのよ!」


 突如現れたラ・ベルに驚愕し、敵のラ・ベルは咄嗟に大剣で大剣を受け止める。しかし、大剣は割れ、エクスから奪い取った大剣の鋭利な刃先がラ・ベルの身体を切り裂いた。


「あぁぁぁ…」


 切り裂かれたラ・ベルは真っ赤に染まりながら大理石の床に倒れた。


「…この、偽物のくせに。のくせに何してくれてるのよ」

「ぐっ」


 ラ・ベルが床に伏せるラ・ベルの頭を踏みつけた。途端にラ・ベルの身体から光が沸きだし、現れたのは、淡く光を放つ薄い金糸の髪の仙女だった。


「仙女って…あの王子を野獣に変えた?」


 仙女の力が弱まったのか、ヴィランが新たに沸くこともなく、広間は突然の静寂を迎えた。


「その仙女がどうして野獣と一緒にいるんだ?」

「ほっほーまさかのまさかかな?」


 目の前の光景に戦慄を覚えながらも、真実に迫る状況に皆が注目した。


「…黙れ小娘。愛を無くし、愛することを放棄したお前に、愛を求める資格などない!」


 血を吐くほどの声音で絞り出すように仙女が頭上のラ・ベルに言い放つ。ラ・ベルは冷たい視線を下ろしながら、仙女の背中に大剣を突き刺した。


「私は求めてなんかない。ただ、この本のせいで求めざるを得ないだけ。愛なんていらない。愛されたくもない。書かれてもいないのにこんな野獣に愛を捧げる貴女の方がよっぽど醜く、この世界にいる資格なんてありはしない」


「もうやめるんだベル!」


「…ぐおぉぉぉぉおおおおお!!!!」


 エクスがラベルを仙女から離した瞬間、地響きと空気を震わす咆哮を上げ、野獣が一向に向かって走り出した。

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