第3話 アナタの隣にいるのはダレですか?

 その森は、深く、暗い。

 暖かい日差しの降り注ぐ草原から一歩。一寸でさえ、足を踏み入れれば、ひんやりとした冷たい空気が肌に沁みていく。知らずに鳥肌が立ち、ラ・ベルは両腕を抱いた。


「暗いけど、外から見た霧は出ていないみたいだね」


 今のところ暗い以外は視界良好。森の奥へと続く道らしきものもある。


「この森の奥にあの人は…本当にいるのかしら?一人で…こんなに暗く寂しいところに」


 前を行くラ・ベルにエクスが話しかけると、ラ・ベルは誰に聞こえるでもない小さな声でぽつりと呟いた。

 この森の奥に、美女と野獣のもう一人の主役、野獣がいる。そしてきっとその野獣がカオステラーだ。野獣は何を思って自分の運命を変えようと思ったのか。森を閉ざし何を考えているのか。それを確かめるべく一行は道を進む。


「ねぇ、ベル。野獣に会ったらなんていうつもりなの?」


 小さく肩を震わせながらレイナが言った。ラ・ベルは振り向くことはせず、ただ森の奥をじっと見つめて歩く。


「分からないわ。どうして?としか、声が出ないかもしれない。本当は聞くのも怖い…でも確かめなければ、いけないの」


 運命の書で結ばれた二人のはずなのに、もし、拒絶されたら―――。

 そんな不安がこの森の深さくらいある。

 パキっと足元に落ちていた小枝を踏み潰した瞬間。どこからともなく獣の咆哮が聞こえた。


「おや。またヴィランが来そうな予感ですよ!」


 いつの間にというくらい既にエルノアにコネクトしたシェインが矢をつがえ、木々の間を睨む。


「チビスケ!上だ!」


 クロヴィスの声にシェインは瞬時に頭上目がけて矢を放つ。木の枝に隠れていたヴィランが靄に帰すと同時に、森の奥から狼の姿をしたヴィランがぞろぞろと向かってきた。


「こりゃまた多いな」

「ベル下がっててね!」


 ヒーラーにコネクトしたレイナとファム、ディフェンダーであるエイダにラ・ベルを任せ、エクスは再びジャックとしてヴィランに向かっていった。道はあるとはいえ、森の中での戦闘は動きずらい。まして獣タイプのヴィランは勝手知ったる様子で悠々と森の中を駆けてくる。


「獣には火か鼻っ面をぶちかませばいい」

「もちろんクロヴィスさんはぶちかます方ですね」


 そういうシェインもエルノアの必殺技を木々に邪魔されぬ角度を狙ってぶちかましている。もちろん、クロヴィスはコネクトしたとはいえ、己の拳で着実にヴィランを靄にしていく。


「…!霧が…」


 だいぶヴィランの数が減ってきた頃、それを待っていたかのように辺りにどこからともなく霧が立ち込めてきた。


「…嫌…」

「ベル?」


 その様子にラ・ベルは声を震わせた。声だけではない。身体も微かに震えている。そんなラ・ベルの顔は何か怖いものでも見るかのように顔は青白くなっていた。震えるラ・ベルの肩を抱き、ファムはまるで生きているかのように忍び寄る霧を睨んだ。


「この霧…何かあるかも」


「霧が深くなる前にヴィランをやっちまうぞ!」


 次第に濃くなる霧にタオが叫んだ。そして、一時、自分の指さえも目の前にかざさない限り見えないほど霧が濃くなり、また次第に霧が薄まっていく。その頃にはヴィランは一匹も残ってはいなかった。


「やっと終わったみたいね…ベル大丈夫?」


 レイナはコネクトを解き、震えが止まったラ・ベルに声をかけるが返事はない。


「ベル?」


 もう一度声をかけると、ラ・ベルは震えこそないものの、青白くした顔のまま、レイナを見た。


「わ、わたくし、なぜここにいるの?何をしに来たのかしら?何を思ってここにきたのかしら?」

「え?」


「レイナ。大丈夫だった?」


 戸惑うレイナたちの所へエクスたちが戻ってきた。


「ベルの様子がおかしいのよ。何か記憶が抜けちゃったみたい…?違う…あれ?エクス…?」


 ラ・ベルの様子を説明しようとしたレイナも、エクスを見た瞬間言葉を失った。

 を考えて、が消えていく。


「…一旦、町へ戻ろう。仕切り直した方がきっといいよ」


 ファムのその言葉に一同は静かにうなずいた。


「…実はシェインちゃんもちょっとおかしいんだよね」


 引き返す最中、ファムがこっそりエクスに耳打ちした。シェインは言葉こそ出さないが確かに時折タオを見ては少し表情に焦りを感じさせた。思案しては思ったような答えが出なくて不安になる。それは、ラ・ベルもレイナも同じだった。




 町に戻り、ラ・ベルの家に行った。本当の物語であれば、財産一切を失った簡素な家のはずなのに、その家はまさに様々な物語に登場する大金持ちの家であった。家には父親しかいなかったが、父親が出迎えると「やっぱり」と呟き、ラ・ベルを自室に向かわせると、エクスたちを客間に通した。


「やっぱりってどういうことですか?」


 運ばれてきた温かい紅茶が人数分おかれると、目の前に座った父親が重々しく口を開いた。


「ベルは、本当はもうすでに、何度もあの森に行っているんだよ」


 その言葉にファムとクロヴィス以外は「え?」と息を吐いた。


「やっぱりね~道理で迷いなく森を歩けたわけだ」


 ふんふんとうなずきながら一人余裕の表情でお茶を飲むファム。その言葉に他の全員も何か思い出したように納得した。

 ラ・ベルの家族は財産を失ってこの町に流れ着いた。その数日後に父親が失った財産を取りに行った帰りに初めて父親だけがあの森に踏み入れることになっていた。だからラ・ベルはまだあの森に入ったことがない、そのはずだった。なのにいくら道があるとはいっても暗く不気味で、分岐点もあった森の中を何の迷いもなくラ・ベルは歩いていた。


「たぶんだが、一度は野獣とかいう奴の屋敷の前までたどりついている。そしてあの霧に阻まれたか、野獣と会ったか…二度と屋敷までたどり着けないように記憶を消されたんだな」

「記憶じゃないよ、クロ君」


 カップをソーサーに戻して、ファムはいつの間にか自室から客間に入ってきたラ・ベルを見つけてにっこりと笑った。


「消されたのは『愛』。愛する心、そして愛する人。そうだよね?」


 ラ・ベルは小さく震え、レイナとシェインもハッと顔を見合わせた。


 愛を消され、を愛していたのか。本当にその感情はあったのか。

 あの霧に大切なものを融かされ、今まで大切に抱いていたモノが消えたことに、不安と恐怖を覚えた。

 


 

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